第十二話 ある遺跡冒険者の追憶 ③

 借金取りによって奴隷のごとく働かされる毎日を、一年ほど過ごしたある日のこと。


 すっかりやせ細りながらも、それでも兄の前では健気に笑い、元気にふるまおうとする妹を見て……。


 アルは思った。


 このままではいけない。

 妹は、いや自分自身も、このままではいずれダメになってしまう。 

 どうにかして、この生活から抜け出さなくては。


 そんな時耳にしたのが、この国のあちこちに遺る遺跡と、そこに潜る冒険者の噂だった。


 なんでも、古代の遺跡からとんでもないお宝を持ち帰り、それを売って大金を得た冒険者がいたんだとか。

 この国は今、領土内の遺跡の発掘に躍起になっていて、そこから掘り出されたものには何であれそれなりの値がつくだとか。

 中でも武器として使われていたようなものを持ち帰れば、帝国が大喜びで買い取ってくれるらしい。それはもう、びっくりするほどの高値で。

 そのため、たくさんの冒険者たちが競うようにして遺跡に向かい、一攫千金を狙っているそうだ。


”いいか? アル。兄と言うものは、いつだって、妹を守ってやるものなんだぞ”


 父の言葉が、脳裏に浮かぶ。


 そうだ、レイシアを、妹を守らなくては。


 妹を守るには、金が要る。

 金がなければ、また失う。奪われる。

 金だ、金。金が要る。


 そんな心境だからこそ、遺跡にもぐり、大金に化ける遺物を持ち帰る冒険者たちの姿が、アルの目にはとても眩しく映った。


 故に、アルがこう思うこともまた、当然と言えた。


 そうだ、冒険者になろう。冒険者になれば、金が稼げる。


 遺跡の探索はとても危険で、潜った冒険者のほとんどは還らないとの噂もあったが、知ったことではない。


 金がたくさん手に入るなら、それでいい。



 何か行動を起こす前に、アルは自分たちを管理する借金取りの大人たちに”冒険者になりたい”と話した。


 自分か妹のどちらかが勝手なことをすれば、二人とも殴られたり蹴られたり酷い目に遭う。

 それを、以前の経験で身をもって知っていたからだ。


 とはいえ、これは賭けだった。


 もしダメだと言われたら、どうしようもない。


 勝手なことをしてバレても、痛い思いをするのがアル一人なら別にいい。

 けれど、妹のレイシアまで暴力を振るわれるとあっては、勝手なことをするわけにはいかなかった。


「いいんじゃねぇか? お前が大金を稼いできてくれるなら、俺たちも助かるからな」


 けれど幸いなことに、大人たちはあっさりと許してくれた。

 彼らもまた、金さえ手に入るのならアルが何をしていようと別に良いと考えているらしい。


「でもよ、お前、武器はあるのか? 丸腰じゃ冒険なんざできねぇぜ?」


 大人たちは、今のアルに武器を買う余裕なんかないことを知っていたのだろう。

 借金取りの一人が、ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべて言った。


「……ある」


 だがアルは、ちゃんと武器を所持していた。


 父親が遺した唯一の財産、旧式の魔導銃が一丁。

 当時すでに落ち目になりつつあったマルニ工房が、その最盛期に開発した魔導銃・MSR-12だ。


 部屋にこっそり隠していたそれを引っ張り出し、負い紐で背負って出てきてやると、借金取りたちはみな驚いたような表情でアルを見た。


 その大人たちの内の一人がヒュゥッと下手くそな口笛を吹いて、


「なんだ、そんなもの持ってたのかよ」

「……」

「すいぶん古いタイプの魔導銃だな。そんな装備で大丈夫か?」

「……大丈夫だ、問題ない」


 実際の所、初心者冒険者にとって魔導銃とは、それなりに高価である点を除けばかなり扱いやすい武器である。


 なにせ、グリップを握って銃本体内にある魔力チャンバーに自身の魔力を満たせば、あとは引き金を引くだけで攻撃魔法が撃てるのだ。誰でも、簡単に。


 杖や剣を媒体に攻撃魔法を放つ場合には、”それらを介して集めた魔力を攻撃魔法の形に整形し、目標に向かって投射する”という過程を自分で行わなくてはならず、実戦に耐えうる攻撃魔法の使い手――魔導士になるためには、攻撃魔法を撃つ練習をひたすらして魔力を上手に操作できるようになる必要がある。


 だが魔導銃の場合は、魔力の加速・射出はバレルが、攻撃魔法への整形はマズルアタッチメントが代わりにやってくれるため、攻撃魔法に不慣れな者でも簡単に攻撃魔法を放つことができる。


 魔導銃さえあれば、戦闘経験のない子どもであっても、他者を殺せる攻撃魔法を放てるだけの戦闘力を簡単に手に入れられるのだ。


 しかし、当時13歳だったアルの身長に対して、その魔導銃……MSR-12の銃身長は明らかに長すぎた。


 防具も何も身に着けていない、麻のボロ切れを纏ったやせぎすの少年が、身の丈に合わないサイズの長銃ライフルを背負って立つその姿は……。

 冒険に出た次の日には死体になって帰ってきそうな、何とも頼りないものだった。


 だがそれでも、借金取りの大人たちは面白がってアルを送り出したし、冒険者としてのギルド登録もあっさりと終わった。


 当時のギルドは冒険者の数が圧倒的に足りず、深刻な人手不足にあったのだ。


 より厳密に言えば、冒険者を志す者は数多くいるものの、皆がこぞって遺跡探索に挑みそのほとんどが未帰還者になるので、人材が入ってくる端から溶けていく状態にあったのである。

 故に、登録時の審査もかなりぞんざいで、担当した職員の態度も「まぁこいつも、どうせ数日後には帰ってこなくなっているだろう」とでも言いたげな投げやりなものだった。


 だがアルにとって言えば、それはとても都合がよかった。


 出自やら体躯やら戦闘経験やらで弾かれたら、どうしようかと思っていたからだ。

 とにもかくにも、冒険者にさえなれば金が稼げる。

 そう考えていたからだ。


 その日の帰りの足取りは、とても軽かったのを憶えている。


 これからは俺が、たくさん金を稼いできてやる。


 金がないせいで、苦しくて辛くて悲しい目に遭うことは、もうない。


 ちゃんとした服を買って、ふかふかのベッドで寝て、うまいものを腹いっぱいに食える。そんな生活を、妹に送らせてやれる。


 それを知れば、妹はどれだけ喜ぶだろうか。


 最近は無理やり作ったような笑顔ばかりだったが、この話をすれば、昔のように屈託のない笑顔を見せてくれるに違いない。


 ふわふわした気持ちで家に帰り、妹に冒険者になった話をちょっぴりの自慢も交えてしてやると――……。


 その反応は、アルの予想とは正反対のものであるのだった。

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