第十一話 ある遺跡冒険者の追憶 ②

 両親がいなくなって数日後、とうとう屋敷そのものも商人の手に渡り、アルとレイシアはそこに住むことすら叶わなくなる。


 クロイセル家は時の帝から「帝国貴族として恥ずべき振る舞いをした」として取り潰しの命を受け、名実ともに消滅。


 こうして多くを失った兄妹に残されたものは、家財を売り払ってなおも残された1000万を超える額の借金と、父が遺した旧い魔導銃が一丁のみであった……。


 貴族としてのクロイセル家が消滅した以上、アルもレイシアも一民衆、ただの孤児に過ぎない。


 だが”自分たちの税金を使い込み、借金までして破産した領主家の兄妹”に対する周囲の反応は冷たく、皆が関わることを避けた。


 もはや故郷に、兄妹の居場所はどこにもなかったのだ。


 その後二人は、住みづらくなった故郷を離れ、別の地で生活していくこととなる。


 その生活とは、商人の手下……借金取りたちの監視のもと、ひたすらに労働を強いられる厳しいものであった。



 故郷である帝国ノス地方を離れ、兄妹が連れていかれたのはこの国の中央、帝都セントベルムであった。


 のどかな田舎であった故郷と違い、帝都は建物や人がみっちりと詰まっているようで、どこか息苦しい。


 だがそれでも、常に冷たい視線に晒される故郷にいるよりかは、幾分か気持ちが楽だった。


 さて、アルとレイシアはそこで、商人の手下……借金取りたちによって仕事をあてがわれ、働かされることとなる。


 その仕事とは、街に設置された街灯にひたすら魔力を補充していくこと。


 人が手に持って魔力を送り込んで使う魔導ランプと違い、街灯は誰かが定期的に魔力を補充しなければすぐに光らなくなってしまう。

 故に、街中の街灯を周って魔力を継ぎ足していく仕事が存在するのだ。


 アルもレイシアも、本来は貴い身分の人間であり、こんな仕事など当然やりたくはなかったが……やらねば食べ物も買えない以上、生きていくためにはやるしかなかった。


 二人は、街に立つ街灯を必死で周った。


 報酬は歩合制、補充を済ませた街灯の数が多ければ多い程、お金が多くもらえた。


 暑い日も、寒い日も、雨の日も、雪の日も……。

 借金取りの管理のもと、彼らが用意したぼろ小屋みたいな家に住み、寝起きする毎日。

 汗がたくさん出てフラフラになろうが、手がしもやけで真っ赤になろうが……。

 来る日も来る日も、街灯柱に取り付けられた蓋を開け、中の取っ手を握って魔力を注いでを繰り返す。


 母譲りの優れた魔力量を誇る兄妹だけに、二人は一日につきかなりの量の仕事をこなすことができた。


 けれど、稼いだお金は仕事を仲介した借金取りたちによって「借金返済」を理由にほとんど持っていかれ、手元に残るのは僅かなもの……。


 日々を生きるため、一日一個のパンを買うだけで精一杯であり、とてもじゃないが他に何かを買ったりする余裕はない。


 床に藁を敷いただけの身体がチクチクするような寝床ではなく、ふかふかの身を包まれるようなベッドで眠り……。

 着るとゴワゴワする粗末な麻の服が一着だけ、ではなく、柔らかな肌触りの絹の服がたくさんあって……。

 硬くて冷たい黒いパンではなく、美味しく温かい食事を三食お腹いっぱいに食べられたあの頃が、どれだけ幸せだったか……兄妹は心底思い知らされた。


 だが、そんな奴隷のような厳しい生活の中であるからこそ、だろうか。


 兄妹の互いを想い合う心はより強くなり、妹のためなら、兄のためなら、自分はなんだってできると、そう思うようになっていく。


 兄にとって妹は、妹にとって兄は、世界でたった一人の味方であり、家族であり、誰よりも大切な人であったのだ。

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