第十話 ある遺跡冒険者の追憶 ①

 それは13年ほど前、アルがまだ12歳だったころの話である。


 ある日、両親が「旧い知り合いに会いに行く」と言って出かけたことがあった。


 「夕方には帰る」と言って出ていく二人の言葉を、アルも妹のレイシアも全く疑わなかったが……それっきり、両親は帰らなかった。

 乗っていった馬車の御者や付き人ともども、姿を消してしまったのだ。


 帝都セントベルムからも少数ではあるが軍が派遣され、捜索に当たったが、その足取りはほとんど追えず……。


 近隣の村に立ち寄った後、出発する馬車を村人数人が見ていたが、それ以降に両親たちの姿を見た者は誰もいなかった。


 突然のことに戸惑うアルとレイシア、そして家に仕えていた者たちだったが、そこをさらなる悲劇が襲う。


 帝国内のある商人から、両親が莫大な借金をしていたことが判明したのだ。


 アルたちクロイセル一家は、帝国北方の地方貴族という身分ではあったが、別段豪奢な生き方をしているわけではなかった。

 民から必要以上に税をむしり取るようなこともなく、帝国貴族として必要最低限のつつましやかな生活を送っていたのだ。


 故に、クロイセル家に仕える者たちも、アルたち自身も、まさか両親が借金をしていただなんて全く思ってもみなかったし、信じられなかった。


 だが、商人が持つ誓約書には両親の字でしっかりと記名、そして指印が残されており、皆がそれを事実と認めざるを得ず……。


 結果、2000万Gにも及ぶ借金、その返済義務が幼い兄妹二人に容赦なく圧し掛かることとなった。


 さて、こんなクロイセル家の有様を、周囲はどう見たか?


 両親が行方不明になった当初こそ多くの人がその無事を願い、心配してくれていたが、こう言った状況になるとそれも変わってくる。


 すなわち、皆がこう思ったのだ。


「クロイセル家夫妻は、かさんだ借金の取り立てから逃れるために姿を消したのだ」


 ……と。


「子どもたちに借金を押し付けて、自分たちは雲隠れか……」

「お兄さんが12歳、妹はまだ10歳でしょう? 二人ともまだ幼いってのに、捨てていくだなんて……酷いことをするわね」


 周りの大人たちの無遠慮なささやき声が、幼い兄妹たちの心を深くえぐったのは言うまでもない。


 ……自分たちを捨てた? あの、優しかった両親が?


 ……どうして? なぜ?


「兄さま、私たち……要らない子だったのかな……」


 自分と同じ紅い目を泣きはらし、震える声で言いながら俯く妹に対して……。

 アルは何も言えず、その手をぎゅっと握ることしかできなかった。


”いいか? アル。兄と言うものは、いつだって、妹を守ってやるものなんだぞ”


 父はそう、口癖のように言っていたが、そのためにどうすればよいかは何も教えてくれなかったから。

 そしてアル自身の胸中にも、答えのない不安と疑問がぐるぐると渦巻いていたからだ。


 なぜ、どうして。

 どうして、こんなことに……と。


 戸惑いと悲しみに暮れる幼い兄妹たちだったが、現実は待ってはくれなかった。


 まず、商人が幾人もの仲間を引き連れて現れ、家財を好きに持ち去り売り払い始めた。

 誓約書には、”借金返済の目途が立たなくなった場合、家財を好きに売り払ってよい”と、そう記してあったのだ。


 加えて家人たちの中にも、給金が支払われないのならばと屋敷の中の物を勝手に持ち去る者が出るようになる。


 両親がいなくなってしばらくは、”かわいそうだから”と世話を焼いてくれた者が数人いたが、彼ら彼女らもすぐに顔を見せなくなり……。


 物も人も見る見るうちに消えてなくなり、広い屋敷の中はあっという間にがらんどうになってしまう。


 幼い兄妹は文句も言えず、大人たちが好き勝手にする様をただ呆然と見ていることしかできなかった。


 ……否。


 ただ一度だけ、アルは家財を持ち出そうとする大人に問いかけたことがあった。

 なぜ勝手に家の物を持っていくのか? と。


 その相手が、元家人だったか、商人の手下だったか。アルはもう、憶えていない。

 だたそいつが言ったセリフだけは、今も一言一句漏らさずに憶えている。


「そりゃあお前、お前らに金がないからだよ」


 その言葉は、アルの心に深く、深く、まるで呪いのように刻みつけられ、その後消えることはなかった。


 そうか、金がないから。

 だから自分たちは、こんな目に遭っているのか。

 金がないから、両親は消え、家人たちも家を離れていくのか。

 金さえあれば、こうはならなかったのか。


 故にアルは、こう考えた。


 金がなければきっと、妹もまた失うことになってしまう。

 逆に言えば、金さえあれば、妹を守ることができるに違いない、と。

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