第九話 止まり木亭にて ②

「なっ……それじゃあユキちゃんは今、パラベラを単体で滅ぼすような化け物と1人で戦ってて、衛兵隊も救援を出せないって……そういうこと!?」


 衛兵隊員からの簡潔な説明を受けたのち、ハルニアはそう問うた。

 ただでさえ大きなアメジストの瞳が、さらに大きく見開かれている。


 衛兵隊員は、そんなハルニアに対しどこか申し訳なさそうに目を伏せ、


「……我々の戦力は少ない。他の地区の避難が遅々として進んでいない以上、救援にまわせるような人員はいないんだ。我々の分隊もすぐに、他の地区の応援に向かわなくてはならず……」

「「……」」


 再び視線を合わせる、アルとハルニア。


 そこに言葉はないが、互いが何をするべきか、自ずとそれだけで決まっていた。


 次の瞬間、負い紐で魔導銃を背負ったアルが疾走。

 その紅いざんばら髪をなびかせ、衛兵隊員が乗ってきていた馬にひらりと飛び乗った。


「悪いが……少し借りる」

「な!? 借りるだと、貴様!」


 突然足を奪われそうになった衛兵隊員は、当然慌てる。

 彼もまた急いで馬に駆け寄ろうとするが、


「待って!」

「!?」


 彼の片腕に抱き着くようにして、ハルニアがそれを押しとどめた。

 豊かで柔らかな胸が二つ、腕を挟みこむようにして押し当てられる。

 その刺激は若い男性である彼には中々に強烈だったらしく、衛兵隊員はあからさまに狼狽うろたえて足を止めてしまう。


「お願い、馬はあとで必ず返すから。今は行かせてあげて」

「だ、だがそれは……!」


 加えて、ハルニアは美人だ。

 その顔立ちも、流れるような濃藍の長髪も、幻惑魔法など使わなくとも十分に美しい。

 そんな相手に間近から真っすぐ見つめられ、真剣な表情でお願いされれば、任務中の衛兵隊員と言えども無碍には扱えない。


 そしてそんなことをしている間に、アルは馬を走らせ去ってしまった。


「あっ!? くそ!」


 見る見る小さくなっていくアルの背中に向け、悪態をつく衛兵隊員。

 そしてその腕に組みついたまま、ハルニアは小さくつぶやく。


「……アル、頼んだわよ」


 彼女の幻惑魔法は、人間相手には凄まじい威力を発揮する半面、魔物相手には効果が薄い。

 特に自身を上回る魔力量を持つ相手には、なおさらだ。


 得意の幻惑魔法が通用しない以上、無理に彼女がついて行っても足手まといになるだけなのである。


 故に今回は、相方にすべてを託さざるを得なかった。


 だが、ハルニアは信じていた。


 アルトフェン・D・クロイセル。通称、アル。


 遺跡冒険者ルインズエクスプローラーとしてギルドに認められるほどの実力を持つ彼ならば、今まで色々な困難を共に乗り越えてきた彼ならば、ユキを助け出すことができるに違いない、と。



 ……くそ、あのバカ。考えなしの、大バカめ!


 一方、馬を駆り街路を疾走するアルは、内心で毒を吐きながら眉根にしわを寄せていた。


 ユキが化け物と戦っていると言われるセルナル平野、街の南に向けひたすらに馬を走らせながら、考える。


 思い返してみれば、最近の、あのセルナ=イストでの遺跡探索から戻ってからのユキは、自分が護られてばかりだったことをやたらと気にしていた。


 そして同時に、他者を護ることに異様に拘るようにもなっていた。


 彼女にとって、”誰かを護る”と言うことは、何か特別な意味を持つのだろう。


 だがまさか、そのためにこんな……街の人間たちを護るために、単身で伝説級の魔獣に挑みかかるような無茶をするなんて、考えてもみなかった。


 しかも衛兵隊員の話だと、案の定と言うべきか、相手に一切の攻撃が通じず苦戦していると言う。


 その上、彼女が操るあの”白い矢じり”は、使用に時間制限があると本人が言っていた。


 このままでは確実に、ユキは殺されてしまうだろう。


 なぜ、どうしてこんなことに、と、そんな言葉が頭をよぎる。


「ッ……!」


 瞬間、グッと奥歯をかみしめ、アルは思った。


 ……これでは、と同じだ。俺は……。


 そう、あの時。

 自分は無力だった。

 すべてが終わった後に、なぜ、どうしてこんなことに、と嘆くことしかできなかった。


 ……俺はあの時と、何も変わらないのか。


 手綱をキツく握りつつ、アルはあの日……妹のレイシアがいなくなったあの日のことを、思い出していた。

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