第12話

「これって、駐在の血、なんてことはないよな?」


「私に聞かれても分からないわよ! もしそうだとしてもどうしようも出来ないし」


「何でこんな時に駐在がいなくなっちまったんだよ……」


「……まだ血だとは限らないじゃない」


 そう言ってみたものの、どう考えても血にしか見えないシミ。


「そ、そうだよな……血とは限らないよな」


 修三は自分に言い聞かせるように呟いていた。


──ジャリッジャリッ


 砂利を踏む音が聞こえてきて修三と顔を見合せた。


 足音が近いため、おばあさんちの敷地に敷かれている砂利を踏む音だと考えられる。


『最近度々誰かが忍び込んでいる』


 駐在の言葉が蘇り、口元に人差し指を宛てがい、修三に静かにするように伝えると、修三は口を手で覆い頷いた。


 家の中に入ってこられるとすぐに見付かってしまうため、床の間のある部屋から廊下に出た。


 この家は部屋がコの字に廊下で囲まれている造りになっている。


 廊下で息を潜めていると、ガラガラと戸が開く音が聞こえ、誰かが部屋の中に入ってきたようだった。


「……全く……いつも雑用ばかり押し付けやがって……これじゃ話が違う……」


 声の主は男のようだ。


 不安があるようでブツブツと何かを呟いている。


 ドサッとものを置く音が聞こえ、次いでチャプチャプとした水音が聞こえた。


 雑巾でも絞っているようだ。


 ゴシゴシと木の板でも拭くような音がし、しばらくすると声の主は家を出て行った。


 用心しながら廊下から部屋を覗いてみたが、やはり誰もいなくなっていた。


「もう行ったみたいよ?」


「……」


 何やら修三の顔色が悪い。


「どうかしたの?」


「……なぁ? さっきの声に聞き覚えはないか?」


 聞き覚えがあるような気がするが、そもそも修三の声は覚えたが、家族と修三以外の声を覚えるほど聞いてはいない。


「言われてみれば聞いたことがある気がするけど、分からないわ」


「そうか……」


 以降、修三は黙り込んでしまった。


「どうしたのよ?」


「……」


 いつもはうるさい男が黙り込むなんて異常事態以外の何物でもない。


 しかし、幾ら声を掛けても修三は黙ったまま、口を開かなかった。


「じゃ、帰るわね」


「……」


 寺内のおばあさんの家の前で別れ、私は家へと帰った。


 翌朝、家族で朝食を囲んでいると、激しくガラスの割れる音が響いた。


「な、何だ!?」


 父が立ち上がろうとした瞬間、再びガラスの割れる音がして、茶の間に石が飛んできた。


「キャー!!」


 母が私を庇うように覆いかぶさりながら悲鳴を上げた。


「お前達は危ないから奥に隠れていろ!」


 そう言うと父は壁に添いながら移動して窓際に近付いていった。


「父さんも危ないわ!」


 思わず声を掛けると、父は振り返り「大丈夫だ」と口元が動いた。


 ガタンと激しく戸が開く音がして、複数の足音がなだれ込んで来た。


「修三坊ちゃんをどこへやった!!」


「お前らだろう!! 紅子の仕業か!?」


「また人を喰らったか!?」


「坊ちゃんを返せ!!」


 言っている言葉から、修三がいなくなってしまったのだと分かり愕然としたが、母に促されて奥座敷へと避難した。


 複数の怒号と足音がし、父の怒号も聞こえてくる。


「大丈夫よ、大丈夫」


 震えながら母は私を抱きしめ、繰り返しそう呟いている。


「知らん!! 何なんだお前らは!!」


 父の言葉など無視するかのように、足音は家中を無遠慮に歩い回っているようだ。


 我が家の奥座敷は隠し扉になっており、家の造りを知らない者には決して見つけられない。


 何のために造った部屋なのかと疑問に思っていたが、もしかしたら過去にもこんなことがあり、それで造られたのかもしれない。


 私を探しているのか、足音は近付いたり遠ざかったりを繰り返していたが、しばらくすると静かになった。


 雨戸を閉める音がし始め、少しして父が奥座敷に入ってきた。


「もう大丈夫だ。出てきてもいいぞ」


「あなたっ! 一体何なんです? 何でこんなことに!?」


「修三くんが昨日の夜から行方不明なのだそうだ。だから、鬼喰である我が家が、特に最近一緒にいることが多い紅子が疑われたようだ」


 やはり修三が行方不明になったのだ。


 奥座敷から外に出ると、雨戸を締め切ったせいで部屋の中は暗かった。


 電気をつけて改めて家の中を見ると、家中が嵐でも通り過ぎたのかというほど荒れていて、土足で上がり込んたもの達の足跡があちこちに付いていた。


 他の家にはないだろう、玄関の雨戸も閉められており、もしまた誰かが来たとしても、そう簡単には家の中に入ることは出来ないだろう。


「紅子? 父さんはお前を疑っちゃいない。これは確認だ。昨日、お前と別れた時の修三くんはどんな様子だった? 村を出て行くような素振りはなかったか?」


 言うべきかどうか迷ったが、私は寺内のおばあさんの家で見たこと、聞いたことを話し、その後の修三の様子も伝えた。


 両親の顔色が見る間に変わっていったのが分かった。


「紅子! お前、何て危険なことをしているの!」


 滅多に怒らない母がそう怒鳴った。


「……それで、修三くんは家の方に帰ったのかい?」


「おばあさんの家の前で別れたから、家に戻ったのかは知らないけど、寺へと続く道を歩いて行ったわ」


「そうか……」


 父は考え込むように黙ってしまった。


 それから家族で家の中を片付け、しばらく家を出なくても済むようにと、父は畑から野菜を取りに外に出て行った。


「私が合図をしない限りは、誰であろうと戸を開けてはいけないよ?」


 うちの雨戸は中からしか開けられない仕組みになっているため、父はそう言い残し出て行った。


「無事に帰ってきてね」


 母が泣きそうな声で父を見送っていた。


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