鬼を喰らう
ロゼ
第1話
「お前の先祖って鬼を食ったんだろ?」
「ってことはお前の中にも鬼の血が流れてるんだな!」
「「やーい、鬼の子!」」
私を馬鹿にする声が響く。
周囲の者達は見て見ぬふりをしている。
こんな事には慣れきってしまった私は、顔を上げて馬鹿にしてくる二人を睨んだ。
「な、何だよ! 事実だろ!」
「鬼を鬼って呼んで何が悪いんだよ!」
私がこの二人や、直接は言わないにしろ周囲の者達に「鬼」と呼ばれるのは、名前のせいである。
『
これが私の名前。
鬼喰家の一人っ子として生まれた私は、幼少期から「鬼」と言われてきた。
皆、怖がって遠巻きにしか私を見ず、友達と呼べる者は誰一人出来ないのに、虐めてくる者は後を絶たない。
この姓の由来を知っているはずの大人達でさえ、私を、我が家を嫌悪する。
『鬼を喰らう』と書いて『鬼喰』というこの姓だが、実際には逆である。
『鬼に喰われる』
その昔、この村が未曾有の飢饉に陥った際、私の先祖である少女が人身御供として鬼に喰われた。
この村では、全ての厄災は鬼の仕業だとされており、鬼の怒りが鎮まれば厄災も収まるのだと信じられていた過去がある。
今では人身御供なんて馬鹿げた儀式はなくなったが、私の先祖が鬼に捧げられたとされる時代には、本当にそんな風習が存在していた。
少女を喰った鬼は怒りを鎮め、村の飢饉は終息したと言い伝えられており、村の危機を救った一族ということで『鬼喰』の姓を名乗ることになったという。
その当時は姓を賜ることは大変名誉なことだったのかもしれないが、時が流れた今では、この家に生まれただけで「鬼」と呼ばれるのだから、迷惑な話だ。
村に唯一ある寺には、その少女の肖像画とされる一枚の絵が保管されているのだが、その絵が私と似ているのだそうだ。
だからこそ余計に、私は嫌われる羽目になった。
家族は皆、私を可愛がってくれるが、村人達は「先祖返り」と気味悪がった。
寺で何度かその絵を見たことがあったのだが、劣化して顔すらよく分からない程ボロボロの、 輪郭だけがやたらハッキリした絵のどこが私に似ているのか、皆目見当もつかない。
いつかこの村を出てやると思っているが、私は鬼喰家の一人っ子で跡取り。きっと一生この村から逃げられないだろう。
──ガンッ
鈍い衝撃が背中を直撃し、一瞬、息が吸えなくなった。
「ゲホッ、ゲホッ、ゴホッ」
息が出来たと思ったら、急に肺に空気が入ってきたことで咳き込み、その場に崩れ落ちた。
石でも投げ付けられたのか、背中がズキズキと痛い。
「鬼退治だ!」
あいつの声がした。
『
今、私を虐めている主犯格の男子で、この村にある唯一の寺の息子であり、私の先祖を人身御供に選んだ当時の住職の子孫でもある。
先祖を通しての敵であり、一番嫌いなやつだ。
「修ちゃん、やりすぎだよ!」
修三にいつもくっ付いている腰巾着の『
「石くらいじゃ鬼は死なないって!」
やはり背中に石をぶつけられたようだ。
「鬼って言ったって、相手は女の子だ! キズモノにしたら、修ちゃんが責任取らされるって!」
「ふんっ! こんなやつがキズモノになったって、誰も気にしねぇよ!」
顔を上げて修三を睨み付けた。
「何だよ、その顔は! お前、鬼のくせに生意気なんだよ!」
修三が再び石を投げてきて、それが額に当たった。
痛みと衝撃でクラっとしたが、視線だけは修三から外さなかった。
「修ちゃん!!」
保の悲鳴のような声が響き、額から生温かい何かが流れ伝う感覚がし、左目の視界が赤に染った。
血が流れたのだと分かったが、それでも睨み付ける視線だけはそらさない。
「……私が鬼なら、お前は人殺しの末裔だ!」
「な、何だと!?」
「そうじゃないか! お前の先祖の住職が、うちの先祖を人身御供にしたんだ! 鬼に喰わせるために! 立派な人殺しじゃないか!!」
この村の者ならば誰もが知っている事実。
だが、堂守家は単に寺の住職の家系というだけではなく、昔はこの一体の地主でもあったため、今でもその力は強く、誰も何も言えない。
堂守家が右と言えば、皆、違うと分かっていても右を向くほど、この村の者達は堂守家には逆らわない。
我が家は村人達から忌み嫌われているため、あらゆることから除け者にされており、村で何かあっても傍観しているだけである。
だからある意味では、堂守家の権力に屈しない唯一の家と呼べるのかもしれない。
「私の中に鬼の血が流れているんだとしたら、お前の中には人殺しの血が流れてるんだ! うちの一族は、鬼は喰っても人は殺さない! お前らとは違う!」
「うちは人殺しの一族なんかじゃない! 黙れっ!」
修三が再び投げた石は肩を直撃したが、修三を睨み付けていた。
「コラッ! 何してる!」
「ヤベッ!」
「あ、修ちゃん、待って!」
大人の声がして、修三達は走り去って行った。
額から血を流す私を見て、男は一瞬ギョッとした顔をしたが、すぐに気まずそうに視線を逸らした。
「……家に帰って手当してもらえ」
それだけ言うと、立ち上がるために手を貸すでもなく、男は立ち去った。
私の扱いなんてそんなもんだ。
もう慣れたつもりでいてもやはり胸が痛んだ。
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