第9話

「お前が言ってたことが少し気になってな、ちょっと調べてみたんだよ」


 残暑がまだ厳しい昼下がり。いつものようにうちに来ている修三が口を開いた。


 暦の上では秋なのだが、未だに蝉が鳴き、嫌な暑さが続いている。


「何の話よ?」


「前にお前、『人がいなくなりすぎだ』って言ってたろ?」


「いつの話よ? 随分前の話じゃない」


「そうだけどな、あれからずっと気になってたからよ、うちにゃ過去帳があるなって思って、ちょっくら調べてみたわけよ」


「何よ、その過去帳って?」


「んあ? 過去帳も知らねぇのか?」


 過去帳とは檀家の家族構成や亡くなった日付などが記載されたものらしい。


 この村では我が家以外は全ての家が堂守の寺の檀家であるため、村人の情報が全て分かってしまうようだ。


「気持ち悪いわね」


「まぁ、俺も普段は絶対見せてもらえないもんだしな」


「勝手に見たの?」


「へへ……」


「呆れた……バレたら叱られるわよ?」


「バレなきゃいいのよ」


 修三の行為には呆れたが、興味を引かれるには十分すぎる。


「で? 何か分かったの?」


「お! やっぱり食いついたか!」


「うるさいわね!」


 おちゃらけている修三に腹が立つ。


「まずな、この村には六十八件の檀家があってな、その総人数は百三十四人」


「随分いるわね」


「この村、意外と小さくないのかもな」


 田畑用地が広がっているため、土地的には広い村だが、家はポツポツとまばらにしか建っていないし、店だって村に一つしかない。


 寺だけが村のシンボルのように高台に堂々とそびえており、観光名所も名物も何もない。


 そんな村に、未だにそれだけの人間が住んでいることに驚いた。


「でな、パラパラ見てたのよ。そしたらよ、変なんだよ」


「変? 何が?」


「過去帳なんて初めて見たから、他との違いなんて分かりゃしないんだけどな、変なんだ」


「だから、何が変なのよ!」


「普通よ、亡くなった人の没年月日ってあるだろ?」


「あるんでしょうね、知らないけど」


「それがよ、うちの過去帳にはさ『鬼が生まれる』って文字があってよ」


「鬼が生まれる? 何よ、それ?」


「鬼と生まれるって文字なんだけどな、何て読むか分かんなくてよ」


「『鬼生きせい』かしら? それとも『鬼生きしょう』?」


「まぁ、どっちだっていいが、過去帳にはな鬼生きせい? 年月日が書いてあったのよ」


「え? 何よそれ?」


「没年月日だと思うんだよな、本来なら。でも、それが書かれてるはずのところに、鬼生年月日が書いてあったのよ」


「……あんたんとこの寺の教えって、死んだら鬼になるなんて、馬鹿げた教えなわけ?」


「そんなはずねぇだろ! んな話聞いたこともねぇよ。まぁ、鬼の話はしてるけどよ、他は普通だよ。仏の教えに従ってー、とかそんな話を有り難そうに語ってるだけだ」


「じゃあ、何で鬼生年月日?」


「そんなの俺が聞きたいっての。意味が分からねぇよ」


 寺の息子である修三が知らない「鬼生」という単語。


「鬼が生まれる日という意味なのか、鬼に生まれ変わる日という意味なのか……どっちにしてもいい意味ではなさそうよね?」


「だよな……」


 鬼に喰われた先祖がいる。それだけで忌み嫌われ続けてきた我が家からしたら、死んだら鬼になるなんて洒落にならない。


「そんでな、もっとおかしなことがあったんだよ」


「何よ?」


「寺内のばあさんのな、鬼生年月日が書いてあったのよ」


「え? 何で? どういうこと?」


「そりゃ、俺が聞きてぇよ! 寺内のばあさん、死んだのか?」


「知らないわよ。施設か何かに入ったって言ってたじゃない!」


「俺もそう聞いたんだよ。でもな、いなくなったあの日が鬼生年月日として書いてあったんだよ」


「どういうことなのよ……」


「分かんねぇよ……」


 意味の分からない現状に、二人とも黙り込んでしまった。


「ねぇ? まさかとは思うけど、保や健介だっけ? その二人にも鬼生年月日、書かれてたりしないわよね?」


「何言ってんだ!」


「可能性の話よ。例えばそれが、死んだ日じゃなく、この村から出てった日って可能性もあるじゃない?」


「ビックリさせんなよ……まぁ、そうだな、寺内のばあさんのことを考えたら、そういう可能性もあるよな」


「で? 書いてあったの?」


「……そこまでは見れなかったんだよ。親父がいない間にこっそり見たから」


「そうなの……それ、私が見ること、出来るかしら?」


「お前が?」


「興味があるのよ。こっそり行けば見れるかしら?」


「うーん……お前さ、自分がどれだけ目立つのか、自覚してるか?」


「……それ、鬼だからとか言わないわよね?」


「そんなんじゃねーよ! かー! 自覚なしかよ!」


 どうやら私は、鬼と呼ばれる以前に目立つ存在らしい。


「その長い髪に、この辺じゃ珍しいくらいに整った顔、なまっ白い肌、モデルみてぇなスタイル。身に付けてるもんも、ここいらじゃ見ないような洒落た服ばっかりだろ? 嫌でも目立つんだよ、お前」


 確かに私は長い髪だし、鬼と蔑まれるから家からも必要以上に出ないから色白だ。


 あまり動かないからか少食で、そのおかげで太らないし、服はおじさんが送ってくれたり、母が作ってくれるものを着ているため、この村では見かけないかもしれない。


「だからって、目立ちはしないわよ」


「自分じゃ分かんねぇもんなのか?」


 そんなことで目立っていた自覚もないので分かるはずもなかった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る