第6話
「よう!」
「また来たの……」
うちの前で倒れて以来、修三は毎日うちに来るようになった。
「あんた、保以外の友達いないの?」
「お前に言われたくねぇ」
最初のうちは追い出していたのだが、追い出すことにも疲れたので、今は勝手にさせている。どうせ飽きれば来なくなるだろう。
私への疑いは解けたようだが、こいつと馴れ合う気なんてないので迷惑な話だ。
「保、どこ行っちまったんだろうな……」
「知らないわよ」
修三と話が弾むわけがなく、私は本の世界へと意識を投じ、修三はそんな私とただ一緒にいる。
「ムニの花も終わりかー」
聞き慣れない花の名に、私の意識は本の世界から引き戻された。
「ムニ? 何それ?」
「夏が始まるとそこいらに咲くじゃないか、ムニの花」
「そんな花、知らないけど」
「お前、ちゃんと辺り見てるのか? 白い花が咲くだろ」
「クリの花のこと?」
「栗? 木に咲く花じゃねぇぞ?」
「うちじゃ、あの白い花は『クリの花』って呼んでるわ。ムニの花なんて聞いたこともない」
「村のやつら、みんな、『ムニ』って呼んでるぞ?」
「初耳だわ」
「……お前、村のやつらと交流ねぇもんな」
「それ、好きでやってるとでも思ってるんだとしたら、殴るわよ?」
私だって友達も欲しいし、村の人達と仲良くしたいと思った時期もあった。
その思いを尽く打ち砕いたのはこの村の人間達だ。もう、そんな人達に何も期待なんて抱けるはずもない。
「……お前ん家、何でこんなに嫌われてるんだろうな? 村の英雄だろ、本来なら?」
「そんなの、こっちが聞きたいわよ。そもそも、あんたも私のこと嫌いでしょ。あんたがその理由、一番よく知ってるんじゃないの?」
「今は嫌いじゃねぇよ……結構いいやつだしな、口は悪いがよ……だから、な、その……すまなかった!」
修三が突然、畳に頭を擦り付けるように土下座をしたので、面食らってしまった。
「ガキの頃からずっと、鬼は悪だ、鬼に喰われたら鬼になる、なんて説法聞き続けてきたからなのか、お前のことをちゃんと知りもしないのに嫌ってた! 怪我をさせたことも本当に申し訳なかった!」
「……今更」
「謝ったって許されないことをしたのは分かってる! でも、謝らせてくれ!」
「その謝罪は、自分の中の罪の意識を薄れさせるための行為でしかないわ。やめてよね、気持ち悪い。本当に悪いと思ってるなら、今後の行いで示すことね。まずは、もう家には来ないで欲しいんだけど」
「それは断る!」
「何でよ? 私が嫌がることをしない、そういうことが行動で示すってことよ?」
「分かってるが、あえて断る!」
「呆れたわ……」
本当にこの男は何がしたいのだろう?
「まさか……あんた、私と友達になろうだなんて思ってないわよね?」
「思ってるが、悪いか?」
「……あんた、本当に帰ってよ」
虐めていた側はどうなのかは知らないが、虐められた側の傷は見た目では分からない程に深く、恨みは残る。
私の場合はその対象が多すぎるため、誰かを恨むなんてことも諦めてしまったのだが、本来、虐めた側と虐められた側が本当の意味で和解するなど極めて困難だ。
修三は私のことを馬鹿にしたりはしてきたが、無視をすることだけはなかったので、その点では村のやつらとは違っていた。
「俺はお前と友達になりたい! だからこれからも毎日来る!」
「はぁ……あんた、猪みたいね。本当に帰って欲しいわ」
「なぁ? お前ん家からはうちの寺、見えないんだな」
私の話を無視して、窓の傍に立った修三がそんなことを言った。
「家からは見えないわね。他の家からは見えるの?」
「うちの寺、少し高いところにあるだろ? だから大抵の家からは寺が見える」
「へぇ、知らなかったわ。で? それが何? あんたが帰らない理由になるの?」
「寺が見えないって不思議だなと思っただけだ」
「見えないのが普通だったから、不思議だとも思わないわね」
家から村へと伸びている道は一本だが、途中で大きく右に曲がっており、そこに背の高い木ばかり生えた雑木林があるため、寺の方を見ても木しか見えない。
そもそも実嗣を思い出すため、寺なんて見えない方がいいから助かっている。
直線で辿れば、我が家と堂守の寺は対角線上に位置しているのだが、あちらは小高い場所に建っているとはいえ村の中心地に近い位置にあり、我が家は村の外れにある。
「そういえば、鬼に喰われたら鬼になるって何よ? そんな説法があるの?」
「あるな……でも、よく考えたらおかしい話だよな。鬼に喰われたら人間なんて生きちゃいられない。鬼の腹の中で溶けて終いだ。なのに鬼になるなんてな」
「家が忌み嫌われる理由って、それよね」
「親父の説法はあてにならないって身に染みて分かったわ。本当に悪かったな」
「本当に悪いと思ってるなら、さっさと帰りなさいよ」
「帰ってもなぁ、することもねぇんだよ」
「寺の手伝いがあるでしょうに」
「俺がやることって言ったら、朝の本堂の掃除くらいなもんだ。そこ以外は親父と村のやつらがやっちまうから、俺なんていなくていいのよ」
ゴロンと畳の上に寝転がりながら修三が少し寂しそうにそう零した。
「あんた、あの寺の跡取りなんでしょ? 住職になる修行みたいなことはしないわけ?」
「親父が言うにはな、その時が来たら自ずとそうなるんだとよ。意味が分からねえけどな」
それだけ言うと、修三は目を閉じた。
私もまた、本の世界へと戻って行った。
本をめくる音と、修三の寝息だけが部屋の中に響いていた。
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