第11話

 修三が帰った後、自分の部屋で過去帳の写しを見ていた。


 我が家の名はないが、この村のほぼ全ての家の名前があり、家族の名も載っている。


 じっくり見ていくと、所々に○や‪✕‬の記号を見つけた。


 女性の名前の横に書いてある。


「何かしら、このマルバツ?」


 そのマルバツにだけ注意して見ていくと、少し思い当たることがあった。


 だが確信は持てない。


 仮に私の名前も載っていたとすれば、きっと名の横にマルの印が書かれているのかもしれない。


 マルの記号が書いてある人物を思い浮かべると、皆一様に髪が長い。


 私ほど長いものはいないが、それでも肩よりも長い髪をしている。


 全員を知っているわけではないので確実ではないが、思い当たるのはそれ以外ない。


 バツの印があるもの達で知っている顔を思い浮かべてみると、やはり全員髪が短いのだ。


 それ以外の共通点を探してみたのだが、生まれた年も日もバラバラ、背の高さもまちまちで、この村で生まれたこと以外の共通点が見つけられない。


 だから何だという話だが、なぜか妙に気になった。


 当然だろうが、過去帳には堂守の名は記されていなかった。


 それ以上見ていると気が滅入ってきそうだったので、その日は見るのをやめた。


 それから数日後、駐在がうちを訪ねてきた。


「寺内家に度々誰かが忍び込んでいるって言ってきた人がいてね、また紅子ちゃんと修三くんが忍び込んだんじゃないかと思って注意をしに来たわけですよ」


「また」と言ったということは、前に忍び込んだことは把握しているということなのだろう。


「……確かに前に一度忍び込みましたけど、あの一回きりで、それからは行ってないです」


「それは本当に?」


「本当です。修三にも聞いてみるといいです」


「……君達が忍び込んだ時、あの家で何かを見なかったかい?」


「何か? 何ですか? あの家、何もなかったですけど」


「例えば不審な人とか、おかしな物音とか」


「さぁ? 裏山の方に真新しい荷車か何かの車輪の跡は見ましたが、それ以外は何も」


「そうか。ありがとう。いいかい? 例えもう無人の空き家だといっても、勝手にそこに忍び込んじゃいけないよ?」


「はい……すみません」


「危ないことに積極的に首を突っ込まない方がいい」


「危ないこと?」


「ものの例えだよ。君は女の子なんだからね、修三くんに付き合って、好奇心に任せて行動すべきではないよ?」


「はい……」


 それだけ言うと駐在は帰っていった。


 そして、その日を境に駐在の姿が村から消えた。


「駐在がいなくなった!」


 私にそのことを知らせてきたのは修三だった。


「いなくなった? どうして?」


「知らねえよ。ただ、村のやつらが言うには、前の駐在と同じで『女と逃げた』やら『借金で首が回らなくなり夜逃げした』やらばっかだ」


「女と逃げた? あの駐在が? 恋人の一人もいなさそうだったのに?」


 いつも村のあちこちを巡回して、駐在所に留まっている方が少ないくらいだった駐在。


 特に堂守家の近くで見掛けることが多く、てっきり堂守の犬なのだろうと思っていたが、修三の話では寺にはほぼ近付いていなかったという。


 そんな男が女と逃げたりするもんだろうか?


 借金にしてもそうである。


 こんな娯楽もない村で借金まみれになる方が難しいと思う。


 都会ならば様々な誘惑に駆られ、警察官といえどもその甘美な誘惑に負けて、気が付けば借金まみれになっていたなんてよくありそうな話だが、飲み屋の一軒もないこの村ではどうにも腑に落ちない。


「駐在には奥さんと子供がいるぜ。別の町にだけどな。だから、女と逃げるなんて有り得ないんだよ」


「妻子持ちだったの? 随分若そうだったのに」


「前に奥さんと子供の写真を見せてもらったんだけどよ、鼻の下伸ばして家族の自慢してきてたよ」


「そんな人が他の女にうつつを抜かすなんて、有り得ないわね。この村じゃ出会いすらないでしょうに」


「だろ?」


「昨日、あんたんちにも駐在行った?」


「俺ん家に? 何で?」


「うちに来たのよ。最近寺内の家に忍び込んでいないかって聞きに」


「うちには来てねぇよ?」


「変ね……」


「どうしちまったんだろう……」


 昨日の駐在の言葉が頭をよぎった。


「ねぇ? 寺内のおばあさんち、行ってみない?」


「何でよ!?」


「だって、昨日、それをうちに聞きに来たのよ? 最近度々忍び込んでるやつがいるって」


「……あの時の一回きりだもんな、俺達」


「あの家に何かあるんじゃないかしら?」


「おっかないこと言うなよ」


 渋る修三を連れて、再び寺内のおばあさんの家に向かった。


 私が目立つというので、今日は普段着ない面白味のない服を着て、髪は団子に結わえた。


「そうなると別人みたいだな」


 服と髪型を少し変えただけで地味になるようだ。


 寺内家は前に行った時と同じで何も物がなく、シーンと静まり返っていた。


「やっぱ何もねぇな」


 サッと見渡してみても何もないのだが、何か気になって、部屋を全て見て回ることにした。


 床の間のある部屋で、異変に気付いた。


「ねぇ、あれって」


「……血か?」


 手前の部屋からでは分からなかったが、床の間の隅に赤黒い跡が点々と飛び散っている。


「前に来た時、こんなのなかったわよね?」


「ねぇよ。こんなのあったら気付くだろ? お前もいたんだし」


 ザワザワと広がる得体の知れない何かが迫ってきているように感じていた。



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