第10話
「とにかくな、お前は目立つんだよ。だから、こっそりなんてのがそもそも無理だと思うぞ」
「そうなのかしら?」
「そうだよ。それに、うちにはいつだって誰かしら村のやつらがいる。お前が寺に来たら、下手したら大騒ぎだぞ?」
「……確かにそうかもね」
敵対しているわけではないが、我が家のものは寺には近付かない。
寄り合いなどでどうしても行かなければならない時以外は絶対に近寄らない。
それは祖母が死んだ時もそうで、わざわざ外部から僧侶を呼び、葬儀を行ったほどだ。
村に墓はあるが、寺が管理している墓ではなく、我が家独自の墓として、うちから近い山の中腹に建てられている。
盆や彼岸にお経をあげるが、堂守の寺とは全く違う宗派のお経だし、そもそも堂守の寺の教えを知らない。
この村までわざわざ来てくれる坊さんには毎回多めにお礼としてお布施をしていると聞いたことがある。
それほどまでにして避けているのに、私が行ったらそりゃ騒ぎにもなりそうだ。
「でも、見つからなければ」
「どうやって? 変装したって、こんな村だ。『ありゃ誰だ?』と余計に注目を浴びちまうぞ?」
「今の時期なら、昼間ならみんな家にいるでしょう」
「寺にはいる」
集う場所がないからなのか、寺には本当にいつだって人がいる。
いないとすれば誰かが死んだ時だろう。
村で葬儀があると、そこに村のものたちが集まってあれこれと手伝いをしているのを見たことがある。
うちの祖母の時は村の誰一人来なかったのに……。
「誰かの葬儀でもあれば」
「お前! 何てこと言うんだよ!」
「例えばの話よ」
「例え話でも縁起悪すぎるぞ」
「……そうよね、ごめん」
「でも、葬儀あると、俺も手伝いに回されるからな、どっちみち無理よ」
いい案だと思ったが、修三まで駆り出されるとなると、寺に行ったところでどうしようもないだろう。
「じゃあ、あんたに、頑張って書き写してきてもらうしかないわね」
「待てよ! お前、正気か!?」
「それ以外に方法はないでしょ? 私も見てみたいもの」
「何でそうなるんだよ……」
「頑張って書き写してちょうだいよ」
ブスくれながらも修三は了承してくれた。
こうやってきちんと関わってみると、案外扱いやすい男である。
単純で、声が大きく、猪突猛進なところはあるが、保のことを未だに心配しているし、優しいところもある。
だからって好きになれるかと問われるとまた別の話ではあるが。
「写してきたぞ!」
修三がそう言ってきたのは、十日経った時だった。
小さな帳面に汚い文字が書き殴られており、非常に読みづらい。
「あんたね、もう少し綺麗に書きなさいよ」
「あのな! 親父が説法してたり、経上げてる時を見計らって、急いで書き写したんだぞ! そんな余裕、あるわけないだろ!」
「元の字が汚いよの、あんたの場合」
「そりゃ悪かったな!」
そこにはやはり「鬼生」の文字が書いてあった。
ペラペラとめくって行くと、寺内のおばあさんの名前を見つけた。
先祖であろう、見知らぬ名前の一番最後におばあさんの名前があり、やはり鬼生年月日が記されてある。
「……ねぇ? これは何?」
おばあさんの名前の下には『鬼完』の文字があった。
「分かんねぇけど、書いてあったからそのまんま書いてきた」
他のページにもチラホラと鬼完の文字が見て取れた。
どうやら血筋が途絶えた家にその文字はあるようだ。
「やっぱり、あんたんちの寺って、鬼が神様仏様だったりしない?」
「仏の対極のものとして鬼が説法の中に出てくるけど、そんなもん崇めてねぇよ」
「こうも鬼の文字が出てくると、疑いたくもなるわよ」
ペラペラと更にページをめくっていくと、武田家のページに差し掛かった。
「健介には……ないわね、鬼生年月日」
「あったら怖ぇよ」
更にページを進めると、保の名前を見つけたのだが、やはり鬼生の文字はなかった。
「やっぱり、この鬼生年月日、その人が亡くなった日にちじゃないのかしら?」
「じゃあ、寺内のばあさんは死んだってことなのか!?」
「それは分からないけど、この村からいなくなった保や健介には書いてないんだから、そう考えるのが自然だわ。先祖らしき人達のところにはあるのだし」
「でも、死んだら葬式上げるだろ!? それもなく、家は急にもぬけの殻だ。みんな口を揃えて『施設に行った』って言う。そんなことあるのかよ?」
「……とにかく、何かおかしいのは分かったわね。それが何なのかは皆目見当もつかないけど」
「一体どうなってるんだよ……」
「あんたが一番その核心に近い場所にいると思うのよね。そのあんたが分からないことを、私が分かるわけがないわ」
「そうだけどよ……何なんだよ、一体……」
外ではまだ生き残っている蝉が忙しなく鳴き狂っている。
「これ、私が預かってもいい?」
「いいよ、やるよ。俺が持ってて、親父に見つかったら、殺されちまう」
おどけたように笑った修三だったが、声には少しだけ緊迫の色を感じていた。
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