第14話
雨戸を締めて家の中に引き篭って二日して、我が家の玄関の戸を叩く音がした。
──トントントン
父も母も顔に警戒の色を浮かべている。
「紅子は奥座敷のそばにいなさい。何かあったらそこに隠れること、いいね」
そう言うと父は着いていこうとする母を制して玄関へと近付いて行った。
奥座敷へはすぐ行ける。
誰が来たのか気になった私は、そっと玄関での音が聞こえるところまで近付いた。
「誰だ!」
父が声を上げると、外から男の声がした。
「無事ですか? 私です、堂守 実嗣ですよ。少し戸を開けてはくれませんかね?」
声の主は実嗣だった。
「……断る! 何の用か知らないが、うちに修三くんはいないし、いなくなったことに関わってもいない! 帰ってくれ!」
「誤解ですよ! そのことでお詫びに伺ったのですよ。こんな状態では何ですからね、戸を開けてはくれませんかね?」
「……開けて、また襲われたらたまったもんじゃない! 用があるならそこで話してくれ!」
「はぁ、致し方ありませんね。……この度はうちの愚息のせいで鬼喰家には迷惑をかけてしまって申し訳ありませんでした。うちの馬鹿息子ですが、失踪でも何でもありません。あれは親子喧嘩の末の家出なんですよ」
修三が実嗣と親子喧嘩など有り得るのだろうか?
体中に傷が残るほどの折檻を受けている様子だった修三が、実嗣に反抗など出来るものなのだろうか?
「私に叱られた修三が家出をしただけなのに、それを知らない村のもの達が鬼喰家に乗り込んでしまった……悲しい話ですよ。私も昨日の夜にその話を聞くまでは、まさかこんなことになっているとは思ってもおらず……本当に申し訳ないことをしました」
実嗣がこの村で起きたことを知らないなんてことがあるのだろうか?
寺には常に村人がいて、村のことならば何でも知っていると考えて間違いなさそうなこの男が、うちに起こったことを知らないなんて腑に落ちない。
「ほら、お前達も謝りなさい!」
「すまなかった!」
「申し訳ない!」
「悪かった!」
うちに押し入ったもの達なのか、何人かの謝罪の声がした。
「この通り、村の皆も反省していますしね。こんな状態で閉じこもっているのも辛いでしょう。皆でお詫びにと色々こしらえて来たのでね、これだけでも受け取ってはもらえませんかね?」
「本当に悪かったよ!」
「謝っても謝りきれねぇ!」
少々芝居じみた謝罪の声に反吐が出そうだった。
「あんたらは信用出来ない! 帰ってくれ!」
「はぁ……仕方がありませんね。それだけのことを仕出かしたのですから、信用してもらえないのは尤も。今日のところは帰ります。あ、作ってきた料理はここに置いておきますから、皆で召し上がってください」
そう言うと実嗣達は立ち去ったようだったが、警戒を解かない父はしばらく戸を開けようとはしなかった。
夕方になり裏口から玄関に向かった父は、包みを抱えて戻ってきた。
風呂敷に包まれていたのは五段重で、開けてみるとお煮しめや玉子焼き、煮魚などの料理がみっしりと詰められていた。
「本当に作ってきたんだな……」
父はそれを見て少し驚いたような顔をしていたのだが、母が口を開いた。
「ねぇ? これ、おかしな匂いがしない?」
父と二人で匂いを確認してみると、寺内のおばあさんの家の中に漂っていた線香の香りのようなものが混ざっていた。
「花の香りか?」
「これ、堂守の寺で売ってる線香の匂いよ」
「線香……こんなに匂いがつくもんなのか?」
「……これ、どうします? 食べますか?」
三人で顔を見合わせた。
正直言って、線香の匂いがするものを食べたいとは思わない。
「味を見てみましょうか?」
そう言って煮豆を口に入れた母だったが、すぐに顔をしかめた。
「駄目だわ、料理に線香の匂いが染み込んでるみたい」
「……そんなことがあるのか?」
父もお煮しめのゴボウを一つ口に入れたのだが、やはりすぐに顔をしかめた。
「後味がこれでは、とてもじゃないが食えたもんじゃないな」
私も気になったので手前にあった花型に切られた人参をつまんでみたのだが、口に含んだ瞬間と、口に最後に残る後味が最悪で、吐き出したくなった。
「作ってもらって申し訳ないけど、これは食べられないわね」
せっかくの料理だが、美味しくないものを無理して食べる気にはなれない。
「食べ物を無駄にしてはいけないよ」
おばあちゃんがよく言っていた言葉が浮かんできたのだが、きっとおばあちゃんが生きていたとしても、これだけは食べられなかっただろう。
料理は裏にある焼却炉に破棄し、重箱だけは綺麗に洗い、置いてあった玄関先に戻すことになった。
翌日も実嗣は何人かの村人と共に我が家を訪ねてきて、また料理の詰まった重箱を持ってきたのだが、やはりあの香りがして破棄することになった。
「いらない」と言っているのに毎度置いて行かれるので、父も母も呆れていた。
それが謝罪の気持ちなのかもしれないが、あんなに線香の匂いが染み込んだ料理を村人達は美味しいと食べることが出来るのだろうか?
「最早嫌がらせのようだな……」
三日連続で重箱入りの料理が置かれたので、父がうんざりといった顔でそう呟いた。
四日目、実嗣が訪ねてきた際、父は少しだけ玄関の雨戸を開いた。
「おぉ! やっと私達の誠意が、謝罪の気持ちが通じましたか!」
果たして、誠意とはあんな食べられないものを置いていくことを言うのだろうか?
毎日実嗣と共にやってくる村人達が言う謝罪の言葉に心がこもっていないことなど分かるというのに。
「もういい、料理は置いて行かないでくれ! 誠意だか謝罪の気持ちだか知らんが、もううちに来ないでくれ!」
父がそう言うと、実嗣が大袈裟にため息を吐いた。
「それで鬼喰家の皆さんが心穏やかになるのでしたら、そうしましょう。ですが、一度だけ、チラッとで構わないので、ご家族の無事を確認させてもらえませんかね?」
「断る! 家族は皆無事だ! だか、お前らに会わせる義理はない! いいから帰ってくれ!」
「やれやれ……分かりました。帰りましょう。また日を改めて謝罪しに参りましょう」
「もう二度と来るな!」
父の怒鳴り声が辺りに響いていた。
鬼を喰らう ロゼ @manmaruman
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