9 さっそくの自主トレ

「ディシェーネン姫はさ、呪文の詠唱が長過ぎるのよ!」

 ディア姫が魔法を放つのをしばらく観察していたスモーリン・ドスコーイが指摘する。

「中学の時、基本的な魔法の呪文を習ったでしょ? あれはね、長い年月と多くの実践を重ねて積み上げられてきた究極とも言える呪文詠唱用の文言なのよ? 一文字でも変えようものなら、威力が落ちたり、発動スピードが落ちたり、魔力消費が増えたりするの! それは改良じゃなくて、改悪ね!」

 そんなことは、ディア姫だってわかりきっている、とグングニールは思った。

 これまでだって散々、中学や高校の魔法学の教師達に言われ続けていたのだから。

 幼い頃からのディア姫の家庭教師であるオモイモ魔術師長も、ディア姫独自の呪文の詠唱に良い顔はしなかった。けれども……。


「ほら、基本的な呪文の詠唱をしてご覧なさい。そっちの方がよっぽど、効果的なはずなんだから!」

 スモーリンに促され、ディア姫は基本的な魔法の呪文を詠唱してみる。

 それは、決して投げやりであったり、いい加減であったりするものではなかった……のだが。

「えっ? なんで今ので呪文が発動しないのよ?」

 そうなのだ。呪文が発動しないのである。

「うーん……」

 腕組みをして考え込むスモーリン。

「まあ、いいわ。疲れたでしょ、ディシェーネン姫。グラビ茶でも飲んで休んでなさい。次はグングン二エール君のばんね」

「えっ? 俺? 俺も初歩的な魔法とかやらなくちゃいけない訳? それと、俺の名前は……」

「あんたは、自分の得意な魔法を使って良いわよ」

 ("あんた"だと?)

 グングニールは内心でむっ、とした。こっちは、王宮騎士団の親衛隊の身分だ。単なる一学生とは、意味が違う。

 スモーリンが大学を卒業して、考えられる最高の職業に就職出来たとしても、王宮騎士団親衛隊を上回る可能性は限りなくゼロに近い。

 が、そんなことを主張するのはかっこ悪いと思い、黙って魔法に集中する。

 スモーリンには敵わないが、俺の魔法だって大したものだぜ、見せつけてやる。 

 とばかりに、自己最大火力での火球呪文ファイヤーボールを放った。

 周囲に熱気が放出され、練習場内の人々の視線が集まる。

 (どうだ、見たか、スモーリン!)

 しかし、当のスモーリンは、腕組みをしたまま首を傾げ、なにやら考え込んでいる。

 がっくりするグングニール。

 と、

「さすがね、グングニール。いつ見ても素晴らしいわ」

 ディア姫が拍手してくれた。少し気が晴れるグングニールであった。

 スモーリンがふたりの前に来て言う。

「次は私の番ね。でも、ここじゃ本領を発揮出来ないから特別室へ行きましょ?」


 (やっぱり、ディシェーネンからは魔力が感じられないわね。基本呪文の詠唱で魔法が発動しないのも、ディシェーネンに魔力が無いのであれば、納得出来る)

 スモーリンは考えていた。ディシェーネンには魔力が無い。にも関わらず、彼女は魔法を使用して見せる。どういうことなのだろう?

 魔力使用ゼロで魔法が使えるはずがない。魔法には、使用者自身の魔力と大気中に存在するマナが必要不可欠なのではないのか?

 色々と考えて、一つの仮説が思いついた。

 と、その時、前方から熱気が吹きつけてきた。グングニールの火球魔法ファイヤーボールだ。

 (グングン二エール君、なかなか大したものね)

 それよりも、ディシェーネンのことを探るには、ここでは不十分だ。設備等の整った特別室へ赴く必要があるだろう。

「次は私の番ね。でも、ここじゃ本領を発揮出来ないから特別室へ行きましょ?」


 凄まじいまでの熱風が吹きつけてくる。

 スモーリンの火球魔法ファイヤーボールは、威力が桁外れだった。

 高校の魔法学教師がデモンストレーションで見せた火球魔法ファイヤーボールも、ここまでの威力ではなかったはずだ。

 ドラゴンですらも狩れそうな程の魔法を見せつけられて、グングニールは格の違いを思い知らされた。

 M1王者とは、かくも凄いものなのか?

 当のスモーリンはというと、特に勝ち誇るでもなく、淡々としていた。心ここにあらず、というふうに見えなくもない。

「現在の室内のマナの量は、と……」

 なにやらメモに記入している。

「さあ、ディシェーネン姫。あなたの魔法を、もう一度見せてちょうだい」

 ディア姫が立つ10m程先に標的が現れる。呪文の詠唱を始めるディア姫。固唾を飲んで見守るスモーリンとグングニール。

 魔法が発動して、火球が標的を捉える。

 再び、室内のマナの量を調べるスモーリン。

「やっぱり、そういうことね……」

 呟くスモーリン。一体何が『やっぱり』なのか? 今ので何がわかったというのか?

「ディシェーネン姫、あなたの魔法は、体内魔力を使わず、直接大気中のマナに働きかけているのね?」

 スモーリンの問い掛けに、ディア姫が驚いた顔を見せている。しかし。

「そんなこと、出来るはずが……」

 グングニールが口を挟むも、

「そう指摘してきたのは、あなたが初めてよ? スモーリンさん」

 ディア姫が答える。つまり、何か? ディア姫は、本当に体内魔力を使わずに、直接大気中のマナに働きかけて魔法を使っているというのか? そんな莫迦な!

「ディシェーネン姫、あなたが何故、その学力に反して低レベルの魔法しか使えないのか、これで合点がいったわ。体内魔力が無いあなたは、直接に大気中の魔法に働き掛けるしか魔法を使うすべがなく、そうだとすると、どうしても高度な魔法なんて使えないものね?」

 体内魔力がない? ディア姫が? そんなの、魔法使いになる前提条件がそもそもないということではないか? まがりなりにも、大学の魔法学部に入学しているんだぞ? しかも、一流大学と言われる天下のミノー大学の魔法学部だ。魔法学のエリートにしか、門をくぐることが許されていない名門中の名門である。まさか、魔力の無い者が、ミノー大学の魔法学部に入学するなど前代未聞ではなかろうか?

 しかし、スモーリンの言うことが本当であれば、グングニールにも思い当たるふしはある。

 そうか、そういうことだったのか!

 しかし、だとすると、合点がいかないのは、ディア姫の家庭教師であるオモイモ魔術師長のことである。

 ミノー王国屈指の魔術師が、そのことに気が付かないとは到底思えない……★

「もし、ディア姫に体内魔力が備わっていないのだとすれば、ディア姫の家庭教師であるオモイモ魔術師長が気付くはず。だから……!」

 グングニールは言っている側から、自らで気付いてしまった。ディア姫が深く頷く。

「そうね。おそらくは、その魔術師長がディシェーネン姫の魔力が無いことに関わっていそうね」

 スモーリンが言葉を選んで言う。

 グングニールにも、わかってしまった。ディア姫の父親であるミノー王国の国王は、ディア姫が魔法を使うことに難色を示していた。

 とはいえ、娘に甘い父親であったから、直接禁止などして、娘から嫌われたくはなかった。

 そこで、家庭教師という名目で、見張り役を付け、ディア姫の魔法の実力の向上を妨げ、あるいは直接、ディア姫から魔力を奪ってしまったのではないか?

「オカイモがわたくしの魔力を封印してしまったのは気付いていましたわ。きっとお父様の命令だったのでしょう? ただ、わたくしも魔法を諦めることは出来なかった……」

 ディア姫の瞳から、涙がこぼれた。実の父親から魔法を奪われ、それでも、魔法への憧れを捨てきれなかったディア姫。

 そうして辿り着いたのが、自己の体内魔力に依存せず、魔法を使う方法だったという訳なのか。

 幼い頃から、ディア姫の側にいて、ずっと見てきて、誰よりもディア姫のことを知っているつもりだった。

 けれども、実は何も知らなかったのだな、俺は……。

 グングニールの瞳からも涙がこぼれる。

 ディア姫の血の滲むような努力を見続けてきたのである。しかも、ある時からは、ディア姫は魔力そのものを奪われて、それでも、努力を続けてきたのだ。

 その憤りをどこにぶつけたら良いのか?

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