3 ホルベア大学名誉教授ワカヅマ・サカエ

「グングニールっ! ぐずぐずしてないで早く行くわよっ!」

 ミノー大学の入学式当日。まるで、入学が待ちきれない小学生のようなテンションのディア姫がいた。

 補欠合格である。別学部へ進学した者がいたため、魔法学部に1人欠員が生じ、ディア姫がそこに入ることとなったのである。

 それまで、死んだ魚のような目をしていたディア姫は、水を得た魚のように元気溌剌はつらつになり、大学で習う予定の魔法学に関する予習もしていた。

 ディア姫はミノー王国の王女であり、たったひとりの跡継ぎであるため、のちは女王として国を治める可能性も大きいのだが、本人としては、魔法使いになる気満々である。

 父である国王は、悩みの種が残ったのであるが、一方で、娘のディシェーネンが、努力をして成果を上げたことを、嬉しく思う気持ちもないではなかった。


 ミノー大学の校門を抜け、中に入ると……。

「ディア姫様よ!」

「噂に違わず、お美しい!」

「グングニール様もおいでよ」

 ……的な声が周囲から聞こえてきた。

 ディア姫は、ミノー王国の王女というだけではなく、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能ということでも知られていた。

 ここらで、ディア姫──真の名をディシェーネン・デアナハトという──を紹介しておこう。

 身長170cmになんなんとする長身に、スラリとした細身の身体からだつき。

 ミノー王国一美しいとも称される、その美貌は、腰まで届く髪の色、及び、吸い込まれそうになる程の美しい瞳の色、更には自由奔放な性格も合わさって、『瑠璃揚羽るりあげは』の異名を持っていた。

 瑠璃色の髪に、瑠璃色の瞳、そして蝶のように、自由気ままに振る舞うさまから、名付けられたのである。

 魔法実技が壊滅的にダメである点を除いては、まさに完璧な王女様である。

 故に、魔法実技が不得手なことは、まさしく、"玉にきず"であった。

 ディア姫に付き従うグングニール・ハルバードも、ハイスペックの持ち主である。

 本来であれば、高校卒業と同時に王宮騎士団の親衛隊に配属される予定であったのだが、ディア姫の付き添い兼護衛として、一緒にミノー大学の魔法学部に通うことになってしまった(身分は王宮騎士団親衛隊のまま、特別任務という扱い)。

 騎士でありながらも、最難関のミノー大学魔法学部に合格してしまう程の学力及び魔法の実力を持つ。

 高校在籍時分においては、世界チャトーラーンガ中の高校生武術・格闘大会で優勝するという華々しい成果も上げている。

 185cmに達するという長身。一見ひょろっと細長く見える身体つきも、『脱いだら凄いんです』といわんばかりに、鍛え抜かれた筋肉の塊である。

 本人は、もう少し脂肪をつけた方がバランスが良い、と考えてはいるのだが、食べたら筋肉になるというのが、ちょっぴりお悩みである。

 精悍な顔つきに、長身で学業、運動共に優れ、格闘技大会で優勝する程の槍術の使い手でもある。

 これで、女子人気がないはずはないのだが、ディア姫の幼なじみで、事実上の護衛という立ち位置でもあり、それを知ってアタックする女子はほとんどいなかった。

 が、高校時代には、本人の知らないところでファンクラブが結成され、その親衛隊がディア姫以外の女子がグングニールに近づくことを牽制していた。

 グングニール本人は現在、王宮騎士団親衛隊所属であるが、そのグングニール自身にも親衛隊がいたという、なんだかユニークなことになっている。

 遠くない将来、大学でも、グングニールファンクラブが出来るような気がしないでもない。


 ディア姫とグングニールはお似合いのカップルであると目され、いずれ、ふたりは結婚するのではないかと噂されている。

 同い年の幼なじみで、共に高スペック。

 ディア姫は、グングニールにだけは心を開いている感があり、グングニール以外の者を頼ったり、助けを求めたりという部分は見られない。

 グングニールは王宮騎士団親衛隊という超エリートコースで、ディア姫の幼なじみにして、最もちかしい存在。王や王妃もグングニールのことは十二分に存じており、『彼になら、じゃじゃ馬の姫を任せられる』的なことを考えているはずである。


 入学式が終了し、学部ごとに振り分けられた講義室へと集まった。

 そこで魔法学部に関する説明を受けた後、最後にゼミに関する説明があった。

 各ゼミの担当教授の研究テーマや過去の活動内容等が示され、一週間以内に希望のゼミを決めて、申請しなければならないという。

 その申請用紙には、第三希望まで記入する箇所があり、人気のゼミだと希望通りに入れるとは限らないであろうことが伺えた。

 今年の目玉ゼミは、なんといっても、ワカヅマ・サカエゼミであろう。

 世界最高と称されるホルベア大学の名誉教授にして、現代魔法の母と呼ばれ、魔法学に関する様々な事柄に精通し、魔法学の体系化を図ってきた人物である。

 そんな魔法学の権威が今年1年、ミノー大学で客員教授としてゼミを開くのである。

 ゼミのテーマは、『古代魔法から未来魔法へ』である。

 よわい80歳を超え、『まともに講義出来るのか』という心配もなくはなかったが、この世界チャトーラーンガで魔法学をこころざす者なら誰もが知る、超ビッグネームである。

 当然、ディア姫もワカヅマ・サカエゼミ一択であった。

 なおグングニールは、ゼミや受講する講義に関しては、全てディア姫に"右へならえ"である。

 それにしても、とグングニールは思った。

 ゼミ希望届にすぐさま記入して提出するのは良いとして、第一希望しか記入しないのは、大胆不敵に過ぎないのではないか? と。

 ディア姫は、壊滅的な魔法実技のこともあって、むしろ、希望が通らない可能性の方が高いはずである。

 まあ、希望が通らなければ、後日に別のゼミへの希望届を再提出させられるだけか、と考えて、ディア姫と共に第一希望だけしか記入されていない届を提出した。

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