4 ワカヅマ・サカエゼミ選抜試験(前編)

 大学での講義も始まり、ディア姫は既にその才媛ぶりを見せつけていた。魔法実技を除いては、であるが。


 そして今日は、あの"ワカヅマ・サカエゼミ"の選抜試験が行われることになっていた。

 ゼミ募集人員20名に対して、希望者は40名。

 一見、倍率二倍とたいしたことなさそうに見えるが、そうではない。

 難関のミノー大学魔法学部の合格者の中でも、特に魔法に自信のある者が集まっているのである。

 ミノー大陸内の高校生を対象としたM1(魔術師ナンバーワン)グランプリで昨年度優勝した魔女っ子スモーリン・ドスコーイ。

 そのスモーリンと優勝を争ったモーン・クーユーとその右腕と言われるナンク・セツケール。

 高校生最強の幻術師イリュージョニストと噂されたマッヌーサ・ツッカーウ。

 蠱毒や毒薬作りに長けた禁断の魔女シアンカ・カリウムなどなど。

 昨年まで、ミノー大陸や世界チャトーラーンガでも名の知られた高校生魔法使い達がずらりと揃っているのである。

 グングニールも魔法の成績はかなり良かったが、ここにいる者達は次元が違う。

 なおディア姫も、ミノー大陸内の『魔法学共通模擬試験』で何度も1位になっている。

 魔法実技さえなければ、ディア姫もまったく見劣りしない経歴の持ち主なのである。実技さえなければ……。


 ゼミ希望者の40名が集まったのは講堂である。

 選抜のための試験を行なうという。

 もちろん実技試験である。筆記試験は大学入試の結果で詳細がわかるから必要ないらしい。

 むしろ筆記試験を行なって、実技は大学入試のときのものを参考にしてくれれば、ディア姫にも……。

 いいや、ダメだ! ディア姫は、その試験の実技が酷かったから、一旦は不合格の判定を下されたのである。

 もちろん、ディア姫は毎日、魔法の特訓を行なっている。

 グングニールが付き合ったり、ひとりで取り組んだり。しかし、グングニールが見る限りでは、大して上達している様子はなかった。

 そもそも、幼少の頃よりの日課なのである。

 誰よりも必死で特訓してきて、それでも、申し訳程度にしか上達しなかったのである。

 ミノー大学の魔法学部に合格したからといって、急激に魔法の技術が上がって、すんごい魔法をずっこんばっこん唱えられる……などということがあるはずがない!

 そんな訳で、ディア姫がワカヅマ・サカエゼミの選抜試験に合格するなど、グングニールには想像すらも出来なかった。

 魔法実技の試験だけならば、ディア姫はぶっちぎりの最下位候補ナンバーワンなのである。


「それにしても、遅いわね?」

 と、ディア姫が漏らした。

 そうなのである。選抜試験が開かれるから、講堂に集まるよう指示があって集まったものの、肝心のワカヅマ・サカエ名誉教授の姿が見えない。

 いや、ワカヅマ・サカエ名誉教授には、まだ会ったことがないため、わからないのであるが、80歳を超えるというお婆ちゃんである。

 具合が悪くなって、試験中止ということにならなければ良いのだが……。

 いや、試験が中止になって後日に行なわれれば、ディア姫にもチャンスが……。

 いや、このディア姫が突如、魔法を自由自在に操れるようになるとは考えられないから、結果は同じだろう。

 ようは、不合格の結果が出るのが早いか遅いかの違いだけである。

 選抜試験の開始予定時刻から20分程過ぎた頃……。


「お姉さん? おばさんかな?」

 と話し掛ける声が聞こえてきた。

 妙な会話である。ここには、ミノー大学魔法学部の1回生しかいないはずである。

 いぶかしげに思ったグングニールが声のした方を見てみると。

 一人の男が女性に絡んでいた。男は、確かナンク・セツケールとかいうヤツだ。

 女性の方は……わからない。だが、ナンクの言うように、高校卒業から現役合格した俺達とは違って、少し年齢を重ねているように見えた。

 二十代後半か、あるいは三十路を越えているかもしれない。

 ミノー大学の魔法学部を何年も受験し続けてきたのか? それとも、何らかの理由で魔法学を修めようと一念発起したのか?

 別に悪いことではない。本人の熱意と意欲があれば、いくつになっても、学ぶことは出来よう。しかし……。


「おばさんが何浪して、ミノーこの大学に入ったかは知らねーけどよぉ、ワカヅマゼミに入りたいっつーのは、ないんじゃね? 大学入試くらい一発で受かるくらいのすらない人間が来ていいところじゃないんだよね? そんなことも、わかんないの? 無駄に馬齢を重ねてきたね?」

 ナンクはその年長女性を侮辱している。

 女性は気丈にも、無言で聞いている。

 女性を侮辱するなど、騎士には、いや、男としてもあり得ないことだ。

 止めに入るべく、一歩踏み出したところで、ポンポンと軽く肩を叩かれた。

 振り返るとディア姫だった。首を左右に振っている。"止めに入るな"ということだろう。

 普段のディア姫なら、むしろ、率先して止めに入りそうなものだが?

 ディア姫の考えは不明だが、弱い者いじめを見て見ぬ振りをするような性格ではない。何らかの考えがあるのだろう。

 グングニールは、もう少し、様子を見ることに決めた。だが、もし、ナンクが女性に手を上げるようなことがあれば、姫の意思に反してでも、止めに入るつもりだ。


「そうだ! ばあちゃん先生が遅れてるようだし、おばさん、様子見てきてもらえねーかな? それとも何か? 年だから、足腰弱ってて歩くのれーとかか? ぎゃはは」

 ナンクの下卑た笑い声を背に講堂から出ていこうとする女性。

 それに対して、ディア姫が動いた。

「探しに行く必要はないわ!」

 ディア姫の声掛けに、その女性が足を止めて、振り向く。

「ここには、既に41人いるもの。新入生の希望者は40人だったわよね? だとしたらひとり多いのだけれど?

 もう選抜試験は始まっているのかしら? 新入生の顔を総て憶えている訳ではないけれど、あなたのように年齢が離れている方がいたら、印象に残っていると思うのよね? でも。あなたのことは記憶にないの。ひょっとして、あなたはワカヅマ・サカエ名誉教授の助手か何かかしら?」

 ディア姫の言葉に、ギクリ、とした表情をするナンク。

 ディア姫の言うように、その年長女性が、ワカヅマ・サカエ名誉教授の助手などだとすれば、ナンクの印象は最悪となろう。選抜試験の受験資格すら与えられない可能性もあり得よう。

「心配は無用ですよ? ナンク・セツケール君?」

 その女性が初めて口を開いた。明らかに動揺の色を見せるナンク。

 しかし、女性はナンクの方には見向きもせず、ディア姫の前まで歩いて向かい合った。

「大した洞察力ですね、ディシェーネン・デアナハトさん。ですが、試験なんかではありませんよ? ただ、私がゼミ候補生達のことを少し観察したかっただけですから」

 年長女性がそこまで言ったところで、彼女の身体が煙に包まれ、数瞬のちに、背筋の曲がった老婆の姿が現れた。

「皆の者、待たせてすまんかったのう? ワシがホルベア大学の名誉教授にして、ミノー大学の客員教授として一年間こちらの世話になるワカヅマ・サカエじゃ」

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