5 ワカヅマ・サカエゼミ選抜試験(中編)

 真っ青になったナンク・セツケールがワカヅマ・サカエ名誉教授の前に土下座する。

 見事なまでのスライディング土下座だった。

「先程はとんだ無礼を働いてしまい、申し訳ございませんでしたーっ!」

「ふぇっふぇっふぇっ、かまわん、かまわん。そちが人間性の腐ったカスであろうが、クズであろうが、別段、魔法学の習得とは関係のないことじゃ。じゃが、わしのゼミで学ぶ者には、そのようなやからは、あまりいてほしくはないのじゃがのう?」

「大変反省しておりますうぅーっ!」

「そんなことよりも、その体勢は苦しかろう? もっと楽にするが良い。ほれ!」

 ワカヅマ・サカエ名誉教授が、なにやら唱えると、ナンク・セツケールの身体が煙に包まれ、それが消え去ると蝦蟇ガマガエルへと姿を変えた彼の姿があった。

 相当に高度な変化へんげの呪文だ。世界チャトーラーンガ中を探しても、使い手が5人いるかどうかという超高難易度の呪文。

 さしもの優秀な新入生達も、この呪文を生で見たのは初めてであった。

 ワカヅマ・サカエ名誉教授はゆっくりと前に出て、ゼミ希望者達の方へと振り向いた。

「それで楽になったであろう?」

 最初に、蝦蟇となったナンク・セツケールへと声を掛ける。

 続いて、ゼミ入り希望者達を一望してから、ディア姫に語り掛けた。

「それはそうと、ディシェーネン・デアナハト殿。そなたの推察は見事であったぞよ? 近頃は高威力の魔法を使いたがる火力莫迦が多いものでな。じゃが、魔法使いたるもの、本来であれば冷静沈着に状況を判断する能力が大切なのじゃ? そなたは、魔法使いの資質に長けているように見えるのう」

 これは、まさかのディア姫、奇跡のゼミ入りに一歩近付いたか? ……とグングニールは色めきだった。

 しかし。

「お言葉ですが、ワカヅマ・サカエ先生。わたくしが気付いたのは、そちらのカエルさんが先生に絡んでいたからですわ。それがなければ、わたくしがこの状況に気付くこともなく、ただ単に、『ワカヅマ・サカエ先生まだかしら?』と、立ち尽くしていただけであったと存じます。そういう訳で、今回は、"たまたま"きっかけがあったから気付けただけに過ぎません。まだまだ、優れた魔法使いには程遠い若輩者でございます」

 わざわざ高評価を受けているところを、自分から否定した!

 そうだった! ディア姫はこういう性格なんだった! と、幼い頃からの彼女を知るグングニールは思った。

 つまりディア姫は、先の件がなければ、『ぼんやりと先生が来るのを待っていた』であろう自分が許せないのだ! クイズやパズルなんかでも、ヒントなしで解きたいタイプなのだ。

 ただ、『姫らしいな』とも思った。

 ディア姫は、『棚ぼた』的展開を嫌う。

 総て、自分のチカラ、実力で勝ち取りたい人なのだ。だから、誰よりも努力家なのである。

「ふむ、まあ良いであろう。これからゼミ入りのメンバーを決定する選抜試験を執り行う訳じゃが、その前に……」

 ワカヅマ・サカエ名誉教授がなにやら唱えると、その姿が最初の30歳前後の女性の姿へと変化へんげした。

「元の姿じゃと、ただ立って話をするのも億劫なものでな? じゃからわしは、この40歳当時の姿で活動させてもらうようにしておる。ホルベア大学ではもちろんのこと、客員教授として訪れた大学でも同じじゃ。当然、このミノー大学でも、その了承は得ておる。それと、もう一点……」

 ワカヅマ・サカエ名誉教授は、目の前に立つ学生達の姿を見回した。

「この姿で、『わし』などという婆さん喋りは、事情を知らない者から見れば奇異に映るようじゃ。それに、若々しい姿をしている時くらいは、若々しい話し方をしたいとも思うておる。そこで、諸君等にお願いなのじゃが、若々しい話し方をさせてもろうても良いじゃろうか? 了承してもらえる者は挙手してもらえるかのう?」

 これには、全員が直ちに手を上げる。蝦蟇の姿となったナンク・セツケールも、頑張って右前足を上げている。

「全員から賛成してもらえて嬉しいわ。さっそく、言葉遣いを改めさせてもらうわね? ちなみに、もし手を上げなかった人は、一次試験不合格ということで、去ってもらう予定だったのだけれど?」

 冗談っぽく言って舌を出すワカヅマ・サカエ名誉教授。それが本当なのか、冗談なのか、グングニールにはわかりかねた。

「さっそく次の試験を始めるわね。私が幻術によって的を出現させるから、それを攻撃してもらうわ。なお、この講堂内は、魔法結界が張られているから、床に引かれた結界線の内側では、手加減なしで魔法をぶっ放してもらってオーケーよ。みんなの実力をこの目で確かめさせてもらうわね?」

「ワカヅマ先生、質問があります」

 ワカヅマ・サカエ名誉教授が手短てみじかに試験方法を説明すると、一人の学生が挙手をして質問を求めた。

 それは中学生、いや、小学生かと見紛うような小柄な魔女っ子だった。

 「あら、何かしら? スモーリン・ドスコーイさん」

 すぐさま、先を促すワカヅマ・サカエ名誉教授。先程もそうだが、この方は、ゼミ受験メンバー全員の顔と名前が一致しているのであろうか? まだ、学生どうしですら、名前を知らない者がいるというのに。

「攻撃というのは、高威力の魔法を使った方が良いのでしょうか?」

「そうね。あなたが何名かの冒険者とパーティーを組んで、地下迷宮ダンジョンを探索することになったとしましょう。そのパーティーには、あなたの他にもう一人の魔法使いがいました。その魔法使いは、敵が現れる度に高火力の魔法をぶっ放して、駆逐します。あなたは、その魔法使いを頼もしいと思うかしら?」

「いえ、思いません。後先考えずに魔法を"ぶっ放す"莫迦がいるなと考えますね」

 ワカヅマ名誉教授の問い掛けに、スモーリンは即座に答えた。

「つまり、ワカヅマ先生が見せる幻術に対して、最も適切な魔法を使うことが試されているという訳ですね? それでは、『魔法を使わないのが正解』というケースもあるのでしょうか?」

 スモーリンの新たな質問に、周囲にどよめきが起きる。

 『魔法を使わないのが正解』というケースがあるのであれば、試験の難易度が飛躍的に上がる。

 『どの魔法を使うか』だけでなく、そもそも『魔法を使うべきか否か』まで判断しなければならないからだ。

「今回は『魔法使いとしての実力』を見させてもらうことと、状況を設定して、その状況下での最適な行動をテストする『シチュエーション試験』ではないから、『魔法を使わない』という選択肢はないわね。安心して?」

 ワカヅマ名誉教授の答えに一同は安堵する。

 とはいえ、このスモーリンという女学生、今の質問で試験の難易度を上昇させている。

 単なる『高威力』の魔法を"ぶっ放す"だけであれば難しくない。おのれの最高火力の呪文を使えば良いだけである。

 しかし、『適切な』魔法となると話が変わってくる。どの魔法を使うべきか、という判断が必要になってくるからだ。

 こんな質問の後で、単なる火力比べなんて試験は行われないであろう。

 このスモーリン・ドスコーイ、小柄で可愛い容姿をしつつも、なかなかの策士だな、とグングニールは思った。

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