6 ワカヅマ・サカエゼミ選抜試験(後編)
「では最初はナンク・セツケール君から始めてもらうわね」
ワカヅマ名誉教授が、呪文を唱えると、例の如く、
ナンクはおずおずと立ち上がると、結界線内の中央へと歩いていき、逆に他の者達は結界の外へと移動した。
中央に立ったナンクがワカヅマ名誉教授の方を見るが早いか、オークが出現し、ナンクに襲い掛かる。
一瞬、反応が遅れたナンクは、オークの剣に切りつけられて手に傷を負った。
幻術は幻術でも、高度な幻術タイプだ!
このタイプは、幻術と見抜けなければ、切りつけられれば怪我をするし、炎を吐かれれば黒焦げになる。
幻術だとわかっていても意味はなく、見抜けなければ、やられてしまう。
むしろ倒してしまう方が手っ取り早い。
ナンクは最初の一撃は不覚を取ったものの、その後の行動は素早かった。即座に距離を取り、
呪文発動のスピード、火力、狙いの正確性など、どれをとっても非の打ち所がない。
炎に包まれたオークは、すぐさま消滅した。幻術が解けたのである。
ナンクは負傷した手に治癒呪文を掛ける。傷は瞬く間に癒えた。
人間性はともかく、魔法使いとしてのナンクは、確かに高校卒業直後とは思えない水準にあった。
「はい、次はシアンカ・カリウムさん!」
間を置かずに、次の者の名前が呼ばれる。試験はスピーディーに進められていった。
「はい、次はスモーリン・ドスコーイさん!」
「はい!」
と、元気良く駆け込んだスモーリンだったが!
その彼女の前に現れたのは、巨大なドラゴンであった。高校生や大学生の魔法使いが独りでどうこう出来る相手ではない。
もちろん、幻術であるため、強さは調整出来るのであろう。とはいえ、オーク並に弱いのでは、ドラゴンを登場させた意味がない。
本物のドラゴン程ではないにせよ、かなりな強敵であろうことは間違いないだろう。
一瞬、動きが止まったスモーリンであったが、すぐさま行動を開始する。
だが、ドラゴン相手に有効な呪文などあるのだろうか?
もしも自分ならば、と考えるグングニール。
自分ならば最大火力の
スモーリンが呪文の詠唱を始めた。ドラゴンすらも薙ぎ倒すような超高火力呪文が炸裂するのか?
しかし、彼女の呪文は、予想外の効果を発動した。
ドラゴンが煙に包まれ、それが晴れて現れたのは、全長50cm程度の
ドラゴラームは幻術を駆使して、自らを巨大なドラゴンに見せるモンスターである。
どこかでドラゴンが出現したということで討伐隊が向かってみれば、8割
討伐隊は、そのことを知っているため、真っ先に幻術を解く呪文を唱える訳である。
ドラゴンとして戦えば、かなりの難敵。
けれども、元々の蜥蜴型モンスターは、雑魚と選ぶところがない。
つまり、スモーリンの相手はワカヅマ名誉教授の作り出したドラゴラームで、その幻術のドラゴラームが幻術を使ってドラゴンに見せかけていたという少々ややこしいものとなっていたのだ。
それを見抜くとは、流石は昨年のM1(魔術師ナンバーワン)グランプリ王者である。
その後も試験はサクサクと進められていく。
グングニールも、なんとかクリアし、大トリを務めるのは、ディア姫であった。
ディア姫の相手は、スライムであった。
これなら、なんとかなるかも、と思うグングニール。
ディア姫は、
と、なんと!
ファイヤーボールを受けたスライムが一回り大きくなったのである。
一体どういうことか? 今の状況から判断すると、呪文のエネルギーを吸収して大きくなったように見えたが、そのようなスライムの存在など、グングニールは聞いたこともなかった。
それは他の受験者達も同様のようで、周囲に動揺が走る。
しかも、ゆっくりと地を這うアメーバ状のスライムとは思えない程に素早い。
瞬く間にディア姫の全身は、スライムに捕らえられてしまった。このままでは、ディア姫が消化されてしまう。
と、思ったその時、スライムの身体が凍りついた。
ディア姫が身体を動かすと、薄く全身に纏わりついていたスライムの凍りついた身体が割れて、床に落ちていく。
ディア姫は、床に落ちたスライムの破片の大きなものを踏みつけて、粉々にしていく。幻術のスライムが消滅した。
試験終了である。
試験を終えたディア姫は、ワカヅマ名誉教授の方を見た。いや、睨みつけたという表現の方が正しそうだ。
怒りを隠そうともせずに一言。
「ワカヅマ先生、今のは反則なのではありませんこと?」
一体どういうことなのか? グングニールが、思っていると。
「最初はブルースライムだったのが、ファイヤーボールを食らった後に、別のスライムに
スモーリンが説明する。
「確かに……」
直後に、ワカヅマ名誉教授も口を開く。
「……、ブルースライムから別のスライムに変化させたわ。自然界にはそのようなスライムは存在しないわね? けれども、
「それよりも!」
スモーリンがディア姫に詰め寄る。
「最初のファイヤーボールはなんなの? 発動は遅いし、威力は低いし、何をふざけていたの?」
そうなのだ。今回の試験では、多くの者がファイヤーボールを使用したが、ディア姫のそれは群を抜いてショボかった。
ディア姫のことを知る者であれば、『いつものこと』なのであるが、スモーリンは知らなかったのだ。
「ミノー大陸内の『魔法学共通模擬試験』で何度も私の前に立ち塞がったディシェーネン・デアナハト姫があんなしょうもない魔法を使うなんて……。あなたは、実技系の大会には一度も出てなかったわよね? 私、あなたがどれほど優れた魔法の使い手なのかと楽しみにしてたんだから……」
うなだれるスモーリン。おそらく彼女はディア姫のことをライバル視していたのであろう。
けれどもディア姫は、実技系の大会に出ていなかった訳ではない。総てもれなく予選落ちしていたのである。
「けれども、後の冷気系呪文は凄かったわね! 自分の身体に纏わりついたスライムを、『自分もろとも』ではなくて、スライムだけを攻撃した呪文。正直、私でもあんな呪文は使えないわ。流石ね」
変わり身早く、パアッと笑顔を見せ、興奮した様子で話すスモーリン。ディア姫は少々困惑気味だ。
「取り込み中のところ、申し訳ないのだけれど……」
と、ワカヅマ名誉教授が声を掛ける。
「ゼミ入りメンバーの発表をしたいのよね。かまわないかしら、スモーリンさん?」
「は、はい! 失礼しましたーっ!」
真っ赤になるスモーリン。小柄で童顔ということもあって、『小学生みたいな魔女っ子だな』とグングニールは思った。
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