8 気付き
ディシェーネン・デアナハト姫とグングニール・ハルバードのふたりと別れた後、スモーリン・ドスコーイは午後の講義を受講しながらも考えた。
正直、講義内容は大学魔法への導入といった内容で、彼女にとっては予習済みで熱心に聞くほどのものでもなかったのだ。
ディシェーネン姫は不思議な人物だった。彼女からは魔力が感じられなかった。
スモーリンは、目の前にいる人間の魔力を感じとることが出来た。これは、誰にでも備わっているという能力ではなく、厳しい修行や修練を積んできた極一部の魔法使いだけが得られるものであった。
そのスモーリンが魔力を感じられないのは、二つの理由が考えられた。
ワカヅマ・サカエ先生のように、魔力を相手に悟らせないように制御しているか、あるいは魔力がほとんど無いか、である。
ディシェーネン姫の場合は、最初は前者だと思っていたのであるが、そうではないようだ。
つまり彼女には、魔法使いとして、当然あるべきレベルの魔力が備わっていないようなのだ。
本来ならば、魔法など使えるはずがない。にも関わらず彼女は選抜試験において、スモーリンの目の前で魔法を使ってみせた。最初の魔法は、中学生が初めて習うような超初歩的な
しかし次に使った魔法は、威力等は同様であったものの、やってのけたのは、高校を卒業したばかりの人間が使えるような代物では到底なかった。
自分の身体に
「わからない……」
スモーリンは、小声で呟いた。
ただ、あの王女様がただ者ではなく、そして魔法にも何か秘密がありそうな気がした。
(これは面白くなりそうね)
スモーリンは内心でほくそ笑んだ。自分の
と、そろそろ講義に集中しないとね。
スモーリンは講師の話に耳を傾けた。
ワカヅマ・サカエの研究は行き詰まっていた。
現在、世間一般の魔法使い達に使われている『現代魔法』に取って代わる新しい未来魔法の開発に取り組んで
実は9割方は完成していた。この魔法は凄い。現代魔法はもちろんのこと、かつて、世界を手中に収めるべく活動した『13人の魔女』達が操ったという『古代魔法』すらも凌ぐ威力がある。そして、それらの弱点を完全にカバーするという目的も、ほぼほぼ達成できていた。
では、何が行き詰まっているのか?
使えないのである。サカエ以外の魔法使いは、この未来魔法をほとんど、あるいは全く使うことが出来ないのである。
どういうことか?
まず、新型の未来魔法は発動に必要な自己魔力の消費が激しい。この自己魔力は、すぐに戻ってくるのだが、そもそもの前提として、自己の持つ魔力が低い者は、最初から使えないということになってしまう。
通常の魔法は、自己の体内にある魔力を種火にして、大気中などに存在する魔法発動物質『マナ』を消費して効果を生み出す。
新型の未来魔法は、このマナを使わないのである。マナが枯渇した状況でも使えるようにするために開発したのが、この新型魔法なのである。
ただ、マナを使わないため、自己の魔力で魔法を発動する必要があるのだ。魔法が発動してしまえば、大気中のエネルギー(マナではない)を魔力に変えて、それが使い手の元に戻ってくるという仕組みである。
続いての欠点として、呪文の詠唱が長くなってしまう点が上げられる。
通常の魔法が、
『紅蓮の炎よ 標的を焼き尽くせ!』(
だとすると、新型の魔法は、
『大気中のエネルギーよ 紅蓮の炎と化し標的を焼き尽くすと同時に 吾が消耗せし魔力を補充せよ!』
的な感じとなる。
詠唱の時間が伸びるのみならず、深い集中をも必要とする。
通常の魔法なら、手慣れた術者であれば頭の片隅で、
『お昼のお弁当の中身何かな〜?』
とぼんやり考えながらでも、呪文を発動させることが出来る(但し、威力は落ちる)のだが、同様の状態で新型の魔法を使おうとすると、100%失敗する。
魔法の呪文というのは、単に唱えれば発動するという単純なものではなく、呪文発動の成功イメージやらなにやらを頭の中に描いておく必要がある。
新型の魔法は、これがより厳しいのである。
少しでも集中が逸れると、100%失敗する。失敗してしまえば、自己の体内魔力は消耗し、戻ってこない。
元々、マナに頼ることなく、体内魔力を用いて魔法を発動する仕組みであり、かつ、体内魔力の消耗がかなり大きいため、一度、呪文の発動に失敗してしまえば、以降は自己の体内魔力が回復するまで、新型魔法は使えなくなってしまう。
新型魔法が、現代魔法に取って代わるには、あまりにも不安定で、サカエはこの課題をクリアすることが出来ずにいた。
何か少しでも新しい発想や、ヒントが欲しいと考え、サカエは1年おきに、ホルベア大学と世界各地の魔法学部を持つ一流大学へと移動していた。
そのワカヅマ・サカエの目に止まったのが、ディシェーネン・デアナハトである。
彼女はサカエの目の前で、自己の体内魔力を消費することなく、呪文を使ってみせた。
威力自体はお世辞にも優れているとは言いがたいものであったが、そのようなことは
サカエは、つい咄嗟に幻術で作り出したスライムの種類を変化させてディシェーネンを攻撃してしまった。
ディシェーネンのチカラをもっと見たかったのだった。
ここでもディシェーネンは驚くべきチカラを見せた。
ディシェーネン・デアナハトはただ者ではない。
一体、何をどうすれば、このような特異な魔法使いが誕生するのか?
サカエは再現魔法を用いて、ディシェーネンの詠唱する呪文を分析した。
映像投影スクリーンに映像を投影し、映像や音声を何度も何度も確認する。
どれくらい、その作業に没頭していたのか?
やがて、サカエの予想が部分的には正しかったことが判明した。
「やっぱり……」
ディシェーネンの呪文は新型魔法のそれに似ていた。けれども、大きな違いも認められた。
ほぼ総ての魔法使いは、定型文ともいえる呪文を詠唱するだけだ。オリジナルの呪文を詠唱する新入学生など、大学で教鞭をとるサカエですら、見たこともなかった。
彼女の家庭教師は、ミノー城の宮廷魔術師長、オカイモ・ノイコーヨだ。ミノー王国屈指の魔術師であり、サカエの教え子でもあった。
「オカイモ君に話を聞いてみなくちゃね」
サカエは、新型魔法の発展、完成に大きく近付いたように思った。
ディシェーネン・デアナハトは天才である。
魔法体系は近く二分されるであろう。
普通の平凡な魔法使いが使用する現代魔法と、特に魔法の才能がある者が操る新型魔法の未来魔法とに。
サカエは、オカイモ魔術師長に宛てる手紙を書き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます