12 科学魔法と壁をすり抜ける魔法

 サカエ先生のゼミは、高校までの学習や大学の他の魔法学の講義とは一風変わったものが多かった。

 そこで使われる魔法も、これまでに習ってきた魔法とはまったく異なる『未来魔法』が使われる。

 未来魔法は詠唱呪文が長く特殊で、魔法エリートの集まるゼミ生達も手こずっている様子だった。

 しかもそれが、自分の魔法力の向上にどう役立つのかわからない、ということも少なくない。

 一部のゼミ生達は早くも、このゼミをとったことを後悔しているようだ。

 自分の魔力を高めるだとか、強力な魔法を覚えたいという者にとって、このゼミの内容はまだるっこしいと感じているのだろう。

 さて、今日のゼミの内容はなんであろうか?


「今日は最初に少し、科学魔法についての講義を致します。皆さんの中で科学魔法について知っている方は、手を挙げて頂けるかしら?」

 サカエ先生の問い掛けに、ゼミメンバーのおよそ半分程の者が挙手をした。

 とはいえ、科学魔法は高校まででは習わない魔法ゆえ、どれ程知っているかについては、まちまちであろう。

「ありがとう。もう手を下ろして良いわよ。ではサクッと沿革から説明していくわね」

 そう言うと、サカエ先生は語りだした。


──古来より、『魔法』と『科学』の相性は最悪でした。

 『魔法』は『科学』が生み出した理論などに反する効果を引き出してきたため、魔法と科学は相容れないものであると長く考えられてきたのです。

 けれども近年、『魔法』が行き詰まりを感じてきて、閉塞感が打破出来なくなってきました。

 そんな中で、『魔法』も自然界のチカラなのだから、自然界の法則には従うのではないか?

 という論調が生まれ、検証がなされていきました。

 そういった中で、科学技術の未熟さ故に、実験等が困難であった分野に対して、魔法によって実験をしてしまえば良いという考えが生まれ、そういった実験の為に生み出されたのが『科学魔法』なのです。

 例えば、光が真空中を移動するスピードは、1秒間に2億9979万2458メートル、温度の最下限は-273.15℃ですが、その正確な速度や温度の測定に寄与したのが、科学魔法なのです。

 科学魔法の発展は、科学者達が予言した現象を次々と現実のモノとし、また科学の進歩は魔法の正しい進化に貢献しました。

 もはや、科学と魔法は相反あいはんするものではなく、同じ方向を向いて歩くパートナーとなったと言えるでしょう。

 未来魔法の多くは、科学的な見地によって補強されています。

 これからの魔法使いは、魔法の知識だけではなくて、科学的な知識も必須のモノとなっていくでしょう──


「……という訳で、参考書の『科学魔法の成果』は各自で読んで学習しておいて下さい。ゼミでは、そこまで取り上げる時間的な余裕はありませんから」


 そこまで、言ってから、『あっ!』と何かを思い出した風なサカエ先生。

「独学で学んでいく際に、ひとつだけ注意点があります。過去に勘違いしていた学生を何名か見かけたから……。みんな、『魔法相殺』についてはご存じかしら?」

 サカエ先生の問い掛けに、『はいっ!』と元気良く挙手する存在が。スモーリンだ。

「では、スモーリンさん」

「はい。『魔法相殺』は、同種の魔法同士がぶつかった時に、そのエネルギーが消滅してしまう現象です。例えば、向かい合った者同士が相手に火球魔法ファイヤーボールを放った場合、威力の低いファイヤーボールの2倍の魔力が消えてしまいます。残った方の魔力がファイヤーボールを維持出来る程度であれば、威力の落ちた火球がそのまま相手に向かっていきますが、ファイヤーボールを維持出来る程の魔力が残らない場合は、結果としてぶつかった時点で双方のファイヤーボールは消えてしまいます。ですから、相手より威力の低い同種呪文をぶつけることで相手の体内魔力を少しずつ削っていくような戦術が存在します。それから……」

「もういいわ。ありがとう、スモーリンさん。では、一般の物理法則だと、どうなるかしら?」

 一般の物理法則となると……?

 魔法使いは概して、科学が得意でない者が多い。

 もちろん、一流大学のミノー大学にまで進学してきた者たちであるから、まるでダメということはないはずであるが、感覚的に違和感を覚えてしまう、という者も多いのだ。

 同じ方向を向いているなど、感覚としては到底信じられない。

 だから、長く犬猿の仲であるなどと思われてきたのであるが。

 グングニールがそんなことを考えていると、ディア姫の手がすっ、と伸びる。

 サカエ先生から指名されて立ち上がるディア姫。その流れるような所作が美しい。

「先程の例のように、反対方向から来た物質同士がぶつかると衝突時に大きなエネルギーが発生します。当然相殺などされません。双方が同じ速度であったなら、運動キネティックエネルギーは単独の物質のケースのおよそ4倍になるかと思われます」

「流石ね、ディシェーネンさん。その通りです。魔法だとエネルギーが消えて、物質だとエネルギーが大きくなるのですよね。このように、魔法と科学は同じ自然界の法則に従うといっても、ところどころに例外的なケースが出てきます。『魔法相殺』は魔法特有の現象であって、通常の物理法則では起こり得ません。独学で魔法科学を学ぶ際には、『魔法特有の現象』に関しては特に意識して考えていかないと、考え方が混乱してしまうかもしれません。そこだけは注意しておいて下さいね。それでは……」


 本日のゼミのメインは、『壁をすり抜ける魔法』であるという。

 壁代わりのスクリーンを天井から吊るし、その向こう側には、同様の大きさの紙で出来たまとがある。

 唱えた光の粒の魔法がスクリーンをすり抜け、後ろの紙を突き破れば成功というものである。

 一体なんの役に立つのか、いまいちわかりにくい魔法である。

 しかも、サカエ先生の用意してきた魔法が、例によって詠唱呪文が長く、しかも、唱えると疲労度が大きいのだ。

 グングニールも、この『未来魔法』が『現代魔法』に取って代わる日が来ることはないだろうな、と感じていた。

 各自が横一列に並んで、ひたすらに未来魔法を放つ。

 これまで、魔法のトレーニングを多く積んできたはずの魔法エリート達が、ゼミの終了間際にはヘトヘトになっていた。

 そこでスクリーンが天井に巻き上げられると!

 ディア姫の正面の紙の的には無数の穴が開いていた。

 スモーリンの正面の紙には6つの穴。

 他の者の的は綺麗なものであった。


 サカエ先生が去ると、

「くそっ、なんだこのゼミは? 意味不明なことばかりやらせやがって! こんなゼミ辞めてやるぜ」

 という怒声が聞こえてきた。

 ナンク・セツケールだ。

 それに同意するかのような声もちらほら聞こえてくる。

 『未来魔法の完成に寄与する』という、誇らしいゼミの目標は、今や『意味不明な魔法を使用させられる訳のわからない』ゼミという評価へと堕ちてしまった。

 『皆で一斉に辞めてやろうぜ』という空気が醸成されかけたところで、

「ナンク!」

いましめる声が放たれた。

 モーン・クーユーだった。

 その一言で、熱病から醒めたように、冷静さを取り戻したナンクが、

「す、すまない……」

と謝罪し、他の者達も口をつぐんだ。

 これによって、『ゼミを辞めてやる』という空気は消え去ったものの、このようなゼミの内容が続くようならば、再び反乱の空気が起きかねないな、とグングニールは思った。

 ワカヅマ・サカエ名誉教授は、若くは見えるものの、実際には80歳を超えている。

 自らの目標である『未来魔法の完成』に走って、学生達のためになるような内容のゼミは、もはや出来ないのではないか?

 そう思わざるを得ないグングニールであった。


 時は流れ、夏休み。サカエゼミの合宿ゼミが開かれることとなった。波乱の幕開けである。

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瑠璃アゲハ ディシェーネン・デアナハト──魔法実技落ちこぼれの王女ですが、大学でゼミの課題をこなしていたら世界最強の魔法使いになってしまったようですの── 魔女っ子★ゆきちゃん @majokkoyukichan

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