ソロ花見(後編)




 前回の『ああああーーッ!?』の箇所。カギ括弧が付いていなかったが、あれはウソだ。あの時の僕は素で悲鳴が出ていた。


 まさかまさか、こんな所で中学の旧友と出会ってしまうとは……!!


 高校の友人のLINEを確認した後に、今度は中学の友人と遭遇するとは、何か運命的なものを感じる……が、一旦それは脇に置いておこう。今は目の前に迫った脅威に対処しなければならない。


 僕は中学の頃、コイツとつるんでいた時のノリで会話を展開し始めた。


「いやいやいや、ありえん。なんでここにいんのお前。」

「そっちこそ、今日なんでここに居るんだよお前。大学は地方受けるとか、中学の時言ってなかったか?」


 !?


 この時の僕が非常に焦ったのは言うまでもない。分かりやすく例えるなら、出会い頭にいきなりナイフを喉元に突きつけられたようなモノである。(焦っていたからか、『いや数年前の志望校なんて変わるに決まってるだろwww』と上手く逸らすような事は出来なかった。)


 覚悟はしていたが、大学進学や浪人関連の事は、もう少し後の会話の方まで伏せておきたかった。まさか二言三言で間合いを詰められるとは……。


 だが、鈴木がなぜ僕の志望校を覚えているのかについては心当たりがあった。僕と鈴木は高校入試にて、一緒にそれぞれ別々の学校を目指した仲だったのである。当然大学や将来の話もそれなりにしていたし、何なら僕も鈴木が行きたい所を第一から第三志望まで完全に把握していた。(もう忘れたが……)


 ここで下手に話題を転換しても、彼の疑り深い気性からして、その見え透いた手に乗ってくれる事はまず無いだろう。なので、話のフラグをへし折るようにして、僕は自分から今の状況を伝えることにした。


「あぁ、浪人するんだよ僕。大学普通に落ちちゃったしさ。いやぁ、僕なりに必死に頑張ったんだけどなぁ……。なかなか上手くいかないもんだね。」

「…そうかよ。」


 是認と共に放たれたのは、凄まじい陰気と敵愾心てきがいしん。元から鈴木は明るくないヤツではあったが、それでも何かがおかしい。彼の中に、異質な何かが棲み着いているような。


 僕はこの時ようやく、この三年の間で、鈴木の性質が決定的に変わってしまった事に気付いた。


「ま、まぁ、とりあえず座れよ……。チョコバナナやるからさ。」


 鈴木は大人しく僕の横の段差に腰掛けた。




 それから、場所を少し変えた僕たちは、お互いの近況や中学の同級生の現在の様子などを、知っている限りの範囲でポツポツと語り合っていた。


 そもそもなぜここにいるのか。最近の調子はどうか。アイツは今どんな事をしているのか。結局あの話はどうなったのか。付き合っている彼女はいるか。(もちろんどちらも居なかった)……などなど。

                     

 会話していく内に、鈴木の口調が段々柔らかくなっていくのが分かった。威圧的な視線や強張っていた表情は目に見えて鳴りを潜め、刺々しく近寄り難かった雰囲気も気づけば霧消していた。


 ……だが、それでも僕は違和感を抱かずにはいられなかった。


 三年前の鈴木は、良い言い方をすれば、覇気に富み、将来への夢に満ちたティーンエイジャーであった。逆の言い方をすれば、傲慢で独りよがりな威張りん坊であった。


 一体なぜ、僕は彼と親密な関係を維持できていたのか、今でも不思議に思うことがある。


 彼が一言口を開けば、他者への侮辱と自身への称賛、高IQゆえの語彙力の高い罵倒、それから無知な親への憤りなど、確実にそのどれかが飛び出してくる。

 授業のとき以外は決まってその調子。成績が学年でトップゆえに誰も反論したり否定できない。当然の如く中学では周りから煙たがられ、僕も別の友人から、なぜ未だに交流を続けているのかと尋ねられたこともあった。


 きっと僕は、鈴木の吐く一言一言が完全な『嘘』ではなかったからこそ、完全に彼を嫌いになれなかったのだと思う。鈴木は天才型ではなかった。キツイ性格と言葉の裏で、誰よりも勉学に励み、人一倍努力していたのはよく理解していたから。


 だからこそ、覇気も邪気も失せ、抜け殻のようになっている今の彼の状態は、鈴木の皮を被った別人のようにしか思えなかった。




           

 ――話のネタも流石に尽きてきた頃、鈴木の方から、例の話題についての口火を切った。


「お前、今日の午前中は何してたんだよ。」

「それさっきも言ったじゃん。10時くらいまではずーっと寝てた、って。」

「勉強は?」

「………家を出る前に少し。」

「ふーん……。」


 一つ、大きくて深刻そうな溜息。どうやらいつの間にか、鈴木は、僕が無償で提供したチョコバナナを食べ終えていたらしい。


「俺さ……、後期の合格発表が出て、落ちた、って分かってから、全然勉強やれてないんだよ。」


 十数分の会話の中で、僕はここで初めて返答に窮した。


 何となく、次の答えが今後の対話に大きな影響を与えると思ったからである。ビビリの僕はとりあえず『逃げる』という選択肢をとった。


「えーっと、それは……『燃え尽き症候群』ってやつか?」

「……………。」


 十秒経過

「あの……。」

「……………。」


 二十秒経過

「おーい……」

「……………。」


 三十秒経過

「おーい!!!」


 その言葉で、鈴木は正気を取り戻したらしい。


「ははっ、そうだな……、それだな、それ。間違いない。俺は今、燃え尽き症候群なんだ。はは……」


「……………。」


 ヤバい。


 シンプルにヤバい。この二十秒間全くうんともすんとも反応しなかったのは演技でもフリでもなく、どうやら『ガチ』であるらしい。もはや煽りでもなんでもなく、普通に精神科への受診をお勧めしたくなってくる。


「そうかそうか……、この一年は結構こん詰めてやっててな…、その反動が今来てるという訳か……なるほどな……」

「一応聞いとくけど、どこ受けたの?」

「国立は〇〇の医学部。私立は〇〇医大と〇〇医科大学を受けたかな。……何だかテンパってて全部落としたけど。」


 !?!?!?!?!?!?(二回目)


 すっげぇ……えげつなくすげぇ……ぜーーんぶ医学系のトップの学校ばっかじゃん。今言ったやつ殆ど偏差値65オーバーだぞ……。下の方でひぃひぃ喘いでいる僕とは、もう『次元』が違う。こうして普通に会話していることさえ何だか憚られてくる。


「へ、へぇ…やるやん。(上から目線) ま、まぁさ、今年は運悪くツイてなかったけど、来年また万全の状態で備えて大学受け直せれば、それでいいじゃん。改訂範囲(筆者注:新課程移行に伴う共テ及び二次試験の出題範囲の改訂)とかもトンデモなく広かったり難しい訳じゃないんだしさ。『やる気』ってのは無理して出せるものでもないし……、また次回、一緒に頑張ろうぜ。」

「……………。」


 一瞬、虚ろな視線が僕を射抜き――、再び鈴木は正面へと顔を戻した。会話は再び途切れ、暫しの沈黙が僕たちの間に訪れる。


 ……良かった。どうやら一旦は落ち着いてくれたらしい。大分言葉足らずな説得ではあったが、僕の真意は彼に伝わったようだ。


 とにかく、今は休んでほしい。


 休み続けると勉強が遅れるとか、生活リズムが乱れるとか、一緒に浮かび上がってくる別の問題点は確かにある。でも、完全に精神が参っている今の鈴木にそれを言うのは余りにも酷すぎる。それに、先程の様子からして、今の鈴木は複雑な話を理解できる精神状態ではないだろう。

 今はただ、予想される彼のこれまでの努力に対して、労いの言葉をかけてあげるのが最適解なのではないか。


 ……もっとも、数秒前に言葉を発した時はここまで考えていなかった。


 あえて理論付けるとすれば、このように説明できるというだけで。何も考えずに、口が先に動いていた。とにかく鈴木を安心させなければならないと、僕は必死だったのだ。


 それに、さっき鈴木は自分で言っていた。


 自分が桜を見に来たのは、『何となく』であると。


 それは、心の内のどこかで、穏やかな癒しを求めていたからではないだろうか。ずっと家で寝込む日々を脱して久々に家から出れたのは、無意識の内に、このままではいけないと感じていたからではないだろうか。


 無論、家族に諭されたとか別の可能性も考えられる。それでも、家から一歩でも外に出られたのなら、今の倦怠感を打破できる鍵になるはず。鈴木が燃え尽き症候群から抜け出せるかもしれない千載一遇のこのチャンスを、僕が逃したりフイにしてしまっては絶対にならないのだ。


 この数秒間で、頭の中で多くの発想が浮かび上がった。


 僕は、それを余すこと無く言葉として発しようとして――





 突然、肩を強く掴まれた。


 反射的に自問する。


 何か、甘かったのか。何か、間違っていたのか――


 こちらに向いた鈴木の顔には、僕に初めて会った時と同じく、冷徹な視線と憎悪に支配された表情が惜しげなく刻まれている。十数分して忘れていた怖気が、僕に再び覆い被さってくる。


「……お前は、俺の何を知っているんだ?」


 言葉の槍に貫かれ、心臓が早鐘を打つのを感じる。冷や汗が額から滲み出る。呼吸が徐々に荒くなっていく。不測の事態に動揺し過ぎて身体にまで影響が現れてしまうのは、僕の悪い癖だ。


 急展開に思いっきり殴られた脳を、得意の切り替えで何とか回転させる。


 一体何を間違えた?僕のさっきの言葉が鈴木を怒らせたのは間違いない。ではどの箇所が不味かった?

 初っ端の『やるやん(上から目線)』の所がダメだったのだろうか。それとも『いいじゃん』がダメだったのだろうか。或いは『一緒に』がダメだったのだろうか?


 ……いや、そもそも『僕』なんかが遥かに頭の良い鈴木に先輩面を吹かしてアドバイスしたのが良くなかったのかもしれない。大学に落ちたというのにヘラヘラして、偉そうに御高説垂れる僕に怒りを覚えたというのは十分に有り得る。大して苦労してなさそうな奴が「ま、次頑張れよwww」などと声をかけてきたら、多分僕もキレる。


 この間、僅か三秒。


 これ以上考えても埒が明かない事が薄々見えてきたので、僕は腹をくくって禁忌の一手に手を出す事に決めた。


 即ち、『聞き返し』である。


「…『何』って何だよ。僕は君が困ってるようだったからアドバイスをしただけ。」


 わあっ☆思ってもない事まで口走っちゃったああああ何をしてるんだ僕は!!?逆になんで相手を挑発しちゃってんのバカなのそんなんだから大学落ちるんだようわアアアアオワタあああああ!!!!!!


 などと完全に諦めて、覚悟を決めた、その時。


 予想外の言葉が、彼の口から飛び出した。


「……そうじゃない。そうじゃないんだ。」


 一瞬息を呑む。


「……お前は中学の時しか俺と一緒じゃなかった。馬鹿で傲慢不遜だった頃の俺しか、お前は知らない。自分が一番偉いと思い込んでたあの時の俺しか、お前は知らないはずなんだ。なのにさ、なんで、どうして…」


 ……あぁ。


 鈴木の怒気に満ちていた表情が、急速に萎んでいく。刹那的に張り詰めていた空気が緩むのを感じる。はあっ、と溜息らしきものが漏れ出て、僕は自然に天を仰いだ。主に3つの理由によって。


 1つ目は、鈴木の怒りが僕の誤解だったと分かり、恐怖と緊張から解放されて、疲労を感じたことによるもの。2つ目は、僕のさっきのアドバイスが鈴木の怒りの対象ではなかったものだと分かり、僕の知見はやはり間違っていなかったのだと、安堵したことによるもの。


 そして3つ目は……鈴木に、自分の意思がはっきり伝わっていたことが分かり、安心したことによるものだった。


 鈴木は続けた。


「俺ってさ……中学の頃は周りが全然見えて無くて……本当に、どうしようもないようなクズだったんだ。高校に入ってから気付かされた。俺よりも賢いやつなんてざらにいる。そんな当たり前のことにも気付けなかった。」


 鈴木は、泣いてはいなかった。だが、言葉には涙が滲み出ていた。


「そこからはもう何をやってもダメで……テストも悪かったし成績も悪かったし……一応上位にはくい込めてはいたけど、それでも親も、それから自分も、落ちぶれた自分自身を許すことが出来なかった。」


 上位には食い込めてたのか……すげぇ……(クソツッコミ)


「なぁ。」


 鈴木は下に向いていた顔をこちらに向けた。二十分以上一緒にいたにも関わらず、僕はこの時ようやく、今まで彼と文字通りの意味で真正面から向き合っていなかったことに気付いた。やはり涙は流れていない。然しながら、そのやつれて爛れた表情筋は、この三年間の間に散々涙を流してきたであろう事を物語っていた。


「俺ってさ、どうすれば良かったのかな?どうすれば、今頃こんなに辛い思いをしなくてすんでたのかn」


「分からない!!!……分からないけど、さ……」


 即答。僕は僕の脳が複雑な思考を開始する前に、今の思いの丈を、取り敢えず何も考えないでぶちまける事にした。


「どんな奴でも生きてれば苦しいことはあるだろ。お前はそれがたまたま高校生の時に来ただけだ。もちろん、僕だって今まで生きてきて色々あったし、辛くて数週間以上ずっと引きずっていた事とかも幾つかあったよ。でもさ……、それって、なんか癪じゃね?」

「……ん?しゃく?」

「そ、癪。何かムカつくんだよ。自分がその不幸に引きずられて、寄って集ってボコボコにされてる事がさ。その原因は、自分を陥れた『他人』かもしれないし、自分を不利な状況に追い込んだ『運』かもしれないし、そもそも能力が足りない『自分自身』かもしれないし、はたまた全部なのかもしれない。ただ、はっきりしている事は一つ。とにかく、今の状況が許せない。だからすげえムカつく。それで大体の人は頑張ろうという気になれる。あぁ、でも、それがめちゃくちゃ疲れるっていう僕みたいな人も当然居るワケで……あれ?」


 何だか言いたい事が自分でもよくわからなくなってきた。僕は鈴木に何を言いたいのか?僕は鈴木に何を伝えたいのだろうか?どうやらこの期に及んで僕は自身の伝えたい事が漠然として定まっていなかったらしい。


『怒りを糧にしてもっと頑張れ』と言いたいのだろうか?『疲れるからずっと休んでいろ』と言いたいのだろうか?……僕が言いたいのはそのどちらでもないし、どちらでもある筈だ。


 一つ、息を吸って、吐いて。


 沸き立っていた身体全体を鎮めて。滾っていた頭の思考回路を落ち着けて。


 再び、僕は鈴木に向き直った。鈴木に今、もっとも必要であろう『対処法』のみを伝える為に。


「……まずは、一旦認識を変えてみないか?『俺は苦しい思いを他の人に比べて早く経験した。だからもう、これ以上キツイことはもう起こらない、キツイことはもう起こさせない。』ってさ。それから過去に自分がしでかしたことは適度に振り返るべきだな。あんまり思い出し過ぎると鬱になる。」

「………なるほど。」

「それで十分に休んで、十二分に脳に栄養がいって回復したら、また全力で頑張ってみるのもアリなんじゃないかな……。人間いつかはやらなきゃいけないわけだし……やっぱりやらなきゃ何も現状を変えられないワケだし……えーと、伝わったかな……?」


 いずれ勉強をやるにせよ、やらないにせよ、どちらか一方に極端に振り切れずに、まずは一旦休む。それが、偏差値50台の僕が導き出した結論だった。


 鈴木には人一倍将来への熱意もあっただろうし、その並外れた熱意を原動力にして今まで誰よりも頑張る事が出来ていたのだろう。……だが、その熱意は着地点ゴールを見失った事で暴発、逆にエネルギーを全て放出してしまったわけだ。さながら布一枚に阻まれて電離してしまうα線のように。


 だからこそ、僕は当たり前のことしか言えなかった。これ以上、手の打ちようが無かったから。懸命に努力した人に、より上質な努力と根性を求めても意味がない事だから。が今の彼には一番効くと、僕は信じるしかなかったのだ。




……などと、上記の諸々の事も含めて鈴木に伝えたかったのだが。


 微妙な空気がその場に蔓延する。どうやら僕の語彙力と話の構成力ではイイ話風に話をもっていくことは不可能だったようだ。


 僕が長々と癇癪を起こしている間に、鈴木はもうすっかり大人しくなっていた。


「……まぁ、伝わったよ。途中なに話してるかよくわからない所もあったけど……、お前が俺を心配してくれてる、ってのは良く伝わった。ありがとうな。」

「あ〜、そりゃどうも。」


 鈴木は大きな伸びを一つした。どうやらこの十分間で色々な感情を続け様に経験して、彼も疲れたようである。


「お前の言う通り、今は少し休むことにするよ。俺も少し悩みすぎてた。もうちょっと楽に生きようと思う。医学部なんて『現役合格は偶然』って言われるくらいだしな。」

「そうそう。そもそも医学部目指してること自体凄いことなんだからな。もっと自分に自信持とうぜ。」

「……お前に言われると何だか説得力が増したように感じるわ。」

「ウッ」


 ふと、僕は何かを思い出したように、辺りを見回した。気づけば、もう夕方。僕たちが出会ってから、もう一時間も経っていた。……というドラマチックな展開がある筈もなく。僕達の上にはまだ青空が広がっていた。太陽はまだ落ちそうにもない。僕たちが落ち合ってから、まだ三十分も経っていなかった。


「お前さ…、なんというか、中学の時と比べて図太くなったじゃん。なんかあったのか?」

「まぁ、そうだね……。色々あったよ。クセの強いメンツに囲まれてたら、誰だってそうなるさ。…っていうかそもそも今も別に強くなれてるワケじゃないし。強そうに振る舞ってるだけだよ。……あ。その証拠にさ、ほら。」


 ポケットからスマホを取り出して、鈴木に見せる。画面には相も変わらずシゲとのLINE画面が広がっていた。


「ねぇねぇ、スズキさんスズキさん、これどう思います…?」

「……コイツは自分の事しか考えないクズだな。浮ついた姿勢と目で分かる。自分の行動が他人にどんな影響を与えているか考えない身勝手なタイプの屑だ。何でお前は卒業して4月になってからもこんな奴と付き合って……」


 そこまで言うと、鈴木はそれ以上何かを言うのを止めた。流石に気づいたらしい。どうやら彼は、先程僕が言った、『過去に自分がした事を適度に振り返る』ことを早速実践しようと心掛けているようであった。


「…ま、友達は大切にするんだな。これ俺からのアドバイスね。さっきの話を聞いてた感じ、お前も何か直情的な所とか直さなきゃいけないトコがあるっぽいし。」

「これでも上手くやってきたつもりだよ。君よりはね。」

「ウッ」


 その下らない舌戦の応酬に、僕達は、その後数十秒の間、ずっと笑い合っていた。








 帰り際、何気なしに、僕は手慣れた手つきで再びスマホの画面を開いた。


 くすんだブルーと大量のフォトが載った、もうあまり見たくもない例の画面が映る…かと思いきや、なんとアルバムが全て削除されていた。それも一枚残らず。いつ削除したかまでは分からなかった。


 なぜシゲが全ての写真を削除したのかは分からない。単に削除ボタンを押し間違えただけかもしれないし、突然罪の意識的なものに目覚めて全てを帳消しにしようと思ったのかも知れない。


 別に、こちらからは何も送り返す必要はないだろう。元々自然消滅しかけていた仲だ。今更躍起になって関係の修復を図らなくても良い。ただの押し間違いならもう一度十数枚の写真全部を再掲してくるだろうし、もし向こうに少しの後ろめたさがあったなら、そのうち向こうから何らかのアクションを取ってくる……はずだ。その点に関しては僕の知ったことではない。


 なんて考えていた、その時。


 ふと、先程の鈴木との会話で、鈴木が言った言葉が思い出された。


『ま…、友達は大切にするんだな。』


 ……ふむ。


 じゃあ、僕も今回から心掛けをかえて、友人の事をもっと大切にしてみようかな。(別に今まで大切にしてこなかった訳ではないけれども。)


 メッセージバー横に表示されるフォトアルバムを開き、少し下までスライドして、僕はようやくお目当てのモノを見つけた。


 それは、今日一日、何枚も撮った写真の中で、僕が最高傑作と思えた内の一つ。堤防の中程から対岸の桜と川を上手い具合に一つの画角に収めたもの。


 鮮やかな白とピンクが、青空に映えると共に、藍色の川と無骨な灰色の上にどっしりと鎮座している。灰色の堤防は桜と空の邪魔をしない丁度いい塩梅で下に横たわり、その上でピクニックしたり単に歩いている人達を、一層目立たせている。


 笑顔でない人など、どこにもいない。満開に咲き誇る桜並木は、道行く人々を精一杯祝福しているようだった。


 ……よし、これでいいや。


 そう思えた僕は、右下の送信ボタンを強く押して、その桜の写真を送った。


 数時間前のシゲと同じように、一つ、簡潔なメッセージを添えて。





「合格おめでとう!!」




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



長かった……。


『はじめに』の投稿からもうほぼ一ヶ月経ってますね……(泣)

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