面構え




 10/6、第三回全統記述模試を受けに行った。


 場所は最寄りの大学で、5月頃に書いた共通テスト模試と同じところで開催された。なぜ近い大学で受けられるのかと言うと、それはもちろん個人個人で自分の受けれる場所を選択出来るからである。


 ただ、現役の頃は生徒の受験を学校側がまとめて管理、大学も一挙に指定していたため、選んだ大学が家から離れていることも多々あった。私の学校は家からそれなりに遠い距離にある。よって、指定された大学も県を超えて離れた場所にあることが多かったのである。


「どうしてこの世界(拡大主語)は僕に優しくないんだ」とやり場のない怒りを爆発させていた時もあった。だが浪人生になってからというもの、基本的に最寄りの大学に試験会場を指定しているため、今年度に入ってからは試験会場に辿り着くのに20分とかかっていない。こればっかりは浪人生さまさまである(?)


 さらに、今回は前回と比べても楽にたどり着けた。前回までは電車を経由してバスで大学まで行っていたが、車で近くまで送ってもらった方が圧倒的に早いことが経路検索アプリで判明したため、親に運転して送り届けてもらったのである。

 我が偉大なる父上に感謝ッ……圧倒的感謝ッ……!!



 いつも通り、そこそこ威厳のある(札の見間違えでなければ)正門から大学に入った。この手の模試では大抵受験する試験問題の「型」によってフロアや校舎が分けられている。僕がいつも選択している試験問題の型は「理系6型」。誘導に従って試験会場のある校舎の前の広場まで行ったが、その時はまだ校舎の中に入れなかった。まだ会場入室時間に達していなかったからである。


 かれこれ二、三回、この大学には試験の度にお世話になっているが、いつも別の校舎や階層を指定されるためか、流石に「見慣れた景色」という感じはしない。ただ、試験自体はもう飽きが来るほど受けさせられている。その場の空気に毒されて緊張するなどといった事は一切無かった。(ここに来る前にはそれなりに緊張していたが。)


 これも毎度のことだが、入場開始数分前の時点で、既にたくさんの受験生がわんさか集まってきていた。時間になるまでの間、やることと言えば当然勉強以外にない。なので大多数の者はスマホか参考書を覗き込んでいるのでいるのだが……。



 僕は気付いてしまった。なんだか皆の顔が大人びていることに。


 思い出されるのは夏休み中に受けた模試のことである。その時も僕はこの大学に来ていた。


 今回と同じく入室時間数分前、試験室の前の廊下の端っこ、大きな鏡(銘を見る限り寄贈されたものらしい)のすぐ横で僕は参考書をペラペラ捲っていた。それから何となく周りを見渡してふと鏡を覗いて、強く感じたのだ。


 鏡の中の僕は明らかに周りと比べて。そもそも受験生の大半とは学年が一つずれているから当然と言えば当然なのだが、なぜかその時は心の底から自分のことを、老けている、或いは、やつれている、と思った。しわが多いという気もしないし、かといって真っ当に大人びているという気もしない。僕の顔自体がそもそも目鼻の濃い縄文人系の顔というのもあるが、一体なぜそこまではっきりと感じてのか、その時は以下のように考察した。


 家で数ヶ月分誰とも交流せずに勉強をやってきている。家を出ている時間が毎日1時間に達しない、など、10代の人間なら本来生物的にも精神的にもあってはならない話だ。その分の疲労や歪みが、顔をそのように捻じ曲げてしまっているのだろう、と当時は結論付けた。


 しかし。その日の受験者の面持ちは全員かつて見たものとは違っていた。苦悩、疲労、憔悴、などなど、マイナスの感情がしかと顔に刻み付けられているように思えたのである。友人と談笑している人も、その笑みにどこか陰を抱えていた。


 何だかこんな風に書くと筆者が一人ひとりの顔を凝視しているのかと思われかねないので説明するが、当然そんなわけがない。視界の端にちらと映ったものを朧気に記憶しているだけである。本当にその人が悩んでいたかなど本人に聞き出さない限りわからないので、あくまで僕の推測に過ぎない。


 ただ、5月や7月の模試に比べて、会場全体の空気が引き締まっていたように感じられたのは、流石に僕の憶測ではないだろう。心なしか、スマホの手持ち率も、先の模試と比べて少なかったように思える()



 恥ずかしいことだが、一年前のこの時点で、僕の浪人は既に確定していた。大学の偏差値について明言できないが、少なくとも一年前の僕の偏差値では確実にE判定を喰らうくらいには、圧倒的な開きがあった。


 ゆえに、一年前の今の季節(秋)から春まで数ヶ月間で受けた模試には、安心感……とは流石に言わずとも、「空虚感」的なものが頭の中を漂っていたように思われる。別の言い方をすれば、何だかふわふわと現実感の無い日々を過ごしていたのである。そもそも努力家なら仮にⅠ年間受験がずれ込んだとしても死んでもそんなことは思わないだろうし、より一層気を引き締めて毎日の勉学に臨むことだろう。「空虚感」が抜けていない奴と「やる気」が満ち溢れている人間では当然パフォーマンスは天と地ほど異なる。


 一年前の第三回全統筆記模試の日、僕の顔はそこまで引き攣っておらず、ぽかんと呆けていたに違いない。そして今日、僕の顔は適度にシワが寄っている。夏に初めて気づいた時は「これじゃあ浪人生だってバレるじゃん」と困惑したものだが、今となっては努力の証であると信じたい。



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自己採点したら思いの外、化学と数学が良く出来ていました。

ただ英語は死んでましたね…前回より悪いんじゃあないかコレ。数Ⅲと化学を必死にやってきた代償がこれか。


共テまであと二ヶ月かぁ……とにかく、一日一歩着実に頑張っていくしか道はないですね〜

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