顔色いろいろ

脳幹 まこと

可哀想だから手を差し伸べたんだ


1.


 S氏は二時間に一本しか来ないバスを待っていた。


 彼は全国に拠点を置く会社の営業担当である。仕事の関係で様々な場所に出張してきたが、ここまでの田舎は初めてであった。徹底的な村社会が敷かれており、余所者よそものは露骨に排除されていた。

 その徹底ぶりは、彼がどれだけお願いしても食料品の一つも買えないほどだ。結局怒りをこらえながら引き下がり、わざわざ隣町まで出向いて買いめをした。出張初日の出来事である。

 その日以降も常軌を逸した冷遇が彼を襲い続けた。すれ違いざまに熱湯をかけられたり、「お宅が騒がしくて眠れない」という名目でドアを延々叩かれたりもした。これだけの為に退職してもいいとすら思った。

 正気じゃないと毒づきながら、彼は出張用に作られた専用住宅で生活を送ってきた。営業活動で磨かれた精神力もあるが、S氏は心優しい男性だったのだ。住民の敵意を何とか解釈してきたのだ。

 そして今日、出張の最終日を迎えたのである。


 少しも慣れなかったが、終わってみると感慨深い。

 延々と続く田畑、奥に見える山林。見晴らしのいい風景が与えている錯覚だろうが、S氏は清々しさを覚えた。

 バスが来るまであと一時間といったところで、彼は少しばかり散歩してみようと思い立った。この道をまっすぐ歩いて、時期が来たら引き返せばよい。厄介な住民にうかもしれないが、今回だけなら耐えられると踏んでのことだった。



2.


 その通りに歩き続けてしばらく、S氏はわき道の方から声がするのを聞いた。

 歌のようなものと、動物の鳴き声だ。

 わき道には雑木林があって何が起こっているかまでは見えない。

 

 とっちんちゃん とっちんちゃん


 歌の主は愉快ゆかいそうだが、鳴き声は甲高い悲鳴に聞こえる。

 彼はわき道に入ってのぞいてみたくなった。

おさに選ばれた何人かの《神の子供》がわらべ歌を唱えて邪霊を打ち倒す」

 この地域に長らく伝わる儀式・・の存在は、営業活動の間でも時折聞かされてきた。破邪はじゃが目的とのことだが、詳しい内容までは全員に伏せられてきた。


 あーしを くーじけーば あーかいーろにー

 あーぶらーを かーけれーば だーいだーいにー


 声が大きくなる。歌声もそうだが、とにかくはしゃいでいるせいかやかましい。動物の悲鳴もそれに負けないほど大きく、目がくらくらする。

 S氏は耳をふさぎながら更に奥へと進んでいく。


 はーりーで つーつけーば はーだきーいろー

 くーそを くーわせーりゃ みーどりーいろー


 臭いがきつくなってくる。動物園でも感じる獣の臭い。

 S氏は一旦引き下がろうかと思った。しかし、彼の胸に好奇心の猫が飛んできた。

――ここまで来て何の土産話・・・もないまま帰るのか?

――散々な目に遭ったのに、何の報酬もなく?

 彼は手持ちのティッシュを鼻に詰めて前進する。


 くーびを しーめれーば あーおいーろにー

 ちにおーぼれーると さーながーらあーいぞーめ


 道すらなくなった。

 やぶをかき分けて突き進む。

 不思議なことに虫も鳥もいない。

 歌と鳴き声、そして鈍い音があるだけだ。

 S氏は思った。この先にはよほど・・・のことが起こっている。

 茂みからゆっくりと先を覗いた。



3.


 しばらくの間、S氏は夢でも見ているのではないかと思った。


「はーらーを かーじれーば むーらさーきにー!!」


 半袖半ズボンの子供が三人で、うさぎのような獣をなぶっている。

 これが、破邪の儀式なのか?

 何の変哲もないわんぱくそうな男児が、ただ力任せに踏んだり蹴ったりしているだけだ。

 獣の方はぐったりしており抵抗する力も残っていない。


 見ているうちにS氏の中で怒りがこみ上げてきた。彼の中で自分と獣が一緒に見えたのだろう。

 何が儀式だ、馬鹿らしい。

 性悪しょうわるの村人どもが動物虐待を正当化するために考えついただけじゃないか。

 今までは何されるか分からなかったから我慢してきたが、どうせ二度と来ない場所だ。最後に一言申してやる。


 S氏が茂みからわっと飛び出てやると、子供達はきょとんとした顔で彼を見つめていた。

 それからはひたすら、思いの丈をぶちまけていった。

 目前の可哀想な獣のこと、儀式という名目で暴力を振るう愚かさ、誰にも人情がないこの土地への怒り。

 子供達は彼の説教を延々と聞いていたが、その一人が異変に気付いた。


「アレ、いなくなってんだけど?」


 その声に反応して、残りの二人もきょろきょろと周りを見渡す。

 この行動を説教に対する反発だと受け取ったS氏。

 更に彼らにあたたかみ、優しさの話を振りまこうとするのだが、彼らはあくびをしたり鼻をほじったりと反省の色がない。


「あーあ。やっちゃったねー、おじさん」


 心底馬鹿にしたような言い方に、寛大なS氏も遂に手を振り上げた。


余所者よそものを馬鹿にするのも大概にしろ!!」

「それじゃヨソモンどうしでよろしくねー」


 勢いよく殴りかかったS氏だったが、彼らはそれをひょいと避ける。

 怒り顔のまま振り向いた彼はそのまま硬直した。子供達は不気味な笑みを浮かべたまま消えていった・・・・・・のである。


 とんぴんしゃん とんぴんしゃん



4.


 周囲を見渡すと、既に夕暮れ時だった。

 腕時計はとっくに最終便のバスが通り過ぎたことを伝えていた。

 ため息をつくS氏の前に、傷だらけの獣が一匹やってきた。

 子供達になぐさみものにされた哀れな獣。

 助けてやりたい、と思った。彼は心優しい男性だったのだ。

 手を差し伸べてやると、獣はゆっくりとした足取りで、S氏の手のひらに向かって進んでいった。

 そして、獣はがっちりと彼の体を掴んで、悲鳴のような・・・・・・叫びを上げた。

 すると、奥の方から、人間よりも数段大きな獣が三匹やってきた。


 気付いたときにはもう遅い。

 S氏がいくら腕を振り払っても、獣は離れない。

 懸命に弁解しようとしても、獣に説得など通じるはずもない。

 ましてや優しさなど。


 為されるがまま、身体をむんず・・・と掴まれる。

 呆然とした彼の目前で獣達が見せた顔は、あの子供達が見せた笑顔のようだった。




 とっちんちゃん とっちんちゃん


 足をくじけば赤色に

 油をければだいだい

 針でつつけば肌黄色はだきいろ

 糞を食わせりゃ緑色

 首を絞めれば青色に

 血に溺れるとさながら藍染あいぞ

 腹をかじれば紫に


 とんぴんしゃん とんぴんしゃん




 わらべ歌のように、男の顔は虹色に変わっていく。

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