マサシとカミコの純情歌

みっちゃん87

第1話 新しい始まり

風が強い日だった。空は高く澄み渡り、どこまでも青かった。しかし、雅史の心は空のようには晴れていない。重い足取りで、彼は新しい住まいであるグループホームの門をくぐった。荷物は少ない。持ってきたのは、服数着と、愛用の音楽プレイヤー、そして作曲用のノートだけ。


玄関を入ると、温かい空気が迎えてくれた。壁には明るい色の絵が飾られ、居心地の良さを演出している。少し緊張しながら、雅史は受付に向かう。


「こんにちは、新しい住人の雅史です。」


声が震えた。吃音のため、自己紹介はいつも彼にとって大きな壁だった。しかし、受付の職員は優しく微笑み、温かい言葉で迎えてくれる。


「雅史さん、ようこそ。私たち、ここでは大家族のように過ごしています。何か困ったことがあったら、遠慮なく言ってくださいね。」


案内された部屋は小さめだが、窓から差し込む光が心地よい。荷物を解いた後、雅史はふと窓の外を見る。そこには、小さな庭があり、一人の女性が歌っていた。その声はとても純粋で、聞き惚れてしまうほどだった。彼女が神子であることを、雅史はまだ知らない。


夕方、全員が集まる歓迎会が開かれた。緊張してほとんど食べられない雅史だったが、神子の歌声だけは心の奥深くに響いた。彼女が歌うとき、不安や恐れが少しずつ和らいでいくのを感じた。


その夜、雅史は久しぶりにノートを開き、新しいメロディを書き始めた。彼にとって音楽は、言葉にならない想いを表現する手段だった。神子の歌声が、既に彼の創作意欲を刺激していたのだ。


「ここでは、新しいことが始まるのかもしれない。」


ノートを閉じながら、雅史はそう思った。外はすっかり暗くなり、星が瞬いている。明日が、少しだけ楽しみになっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る