モンベリアル伯爵家

「シンシア様、前回よりもかなり上達しましたね。では、本日はこれまででございます」

「はい。ありがとうございました」

 この日の淑女教育が終わり、家庭教師にお礼を言うシンシア。

 家庭教師が部屋を出た後、シンシアはふうっと肩の力を抜いた。

(もう慣れはしたけれど、やっぱり貴族のご令嬢は大変ね。今の私を見たら、ティムは驚くかしら?)

 シンシアは苦笑した。


 ターラント孤児院では、体が弱かったとはいえお転婆な方だったシンシアである。


大分だいぶ令嬢らしくなったな、シンシア」

 背後から声が聞こえて驚くシンシア。

 そこにはダークブロンドの髪にサファイアのような青い目の青年がいた。

「アンセルムお義兄にい様」


 モンベリアル伯爵家長男で次期当主のアンセルム。今年二十歳になる。シンシアの義兄であるが、血縁上は再従兄はとこだ。


「驚かせてすまない。体調はどうだ?」

 フッと優しく微笑むアンセルム。

「すっかり元気ですわ。もうほとんど発作は出ていません」

 嬉しそうに明るく笑うシンシア。

「なら良いが、あまり無理はするなよ」

「ありがとうございます、アンセルムお義兄様」

 その時、部屋の扉がノックされた。

 入って来たのは、ダークブロンドの髪にペリドットのような緑の目の少年。

「シンシア、料理長がマドレーヌ焼いてくれたぞ。食べるか? おっと、兄上もいたのですね」

「ラッジお義兄様、是非いただきます」

 シンシアは嬉しそうにアメジストの目を輝かせる。


 シンシアより二つ年上で今年十七歳になるラッジ。モンベリアル伯爵家次男である。

 アンセルムもラッジも、オラースに引き取られてモンベリアル伯爵家の娘になったシンシアをすんなり受け入れていた。


「おう。じゃあサンルームでティータイムだな」

 ラッジはニッと歯を見せて笑う。

「ラッジお義兄様もご一緒ですよね?」

 シンシアはワクワクとした様子である。

「当たり前だ」

 再び歯を見せて笑うラッジ。

「嬉しいです!」

 シンシアはアメジストの目をキラキラと輝かせた。

「それにしても、シンシアは昔からやけにラッジに懐いてるな」

 フッと笑うアンセルム。

「それは……」

 シンシアはラッジのペリドットの目を見る。

(緑の目……。ティムの方が鮮やかなエメラルドみたいな緑だけれど……ラッジお義兄様の目も、少し似ているのよね)

 シンシアは無意識のうちに左胸のエメラルドのブローチにそっと触れた。

「何だっけ? えっと、あれだ。俺の目の色だろ? シンシアがネンガルド王国にいた頃の初恋相手と似た目の色なんだろ?」

 若干シンシアを揶揄うように笑うラッジ。

 シンシアは頬を真っ赤に染める。

「ラッジお義兄様、揶揄わないでください。似ているのは本当に目の色だけです。ティムは私にそんな意地悪しないもの」

 ムスッと頬を膨らませるシンシア。

「こら、ラッジ、あんまり義妹いもうとを虐めるなよ」

 アンセルムはラッジを窘め、シンシアの頭を優しく撫でた。

「分かってるよ。でも、シンシア、前からネンガルドに行きたいとは言ってたよな。お祖母ばあ様のことはどうする? お前が来てから明るくなって病気も回復傾向にあるだろ」

 ラッジの言葉にシンシアは少し表情を曇らせる。

「ラッジ、またお前はシンシアを困らせるようなことを。お祖父じい様も言っていただろう。自分の人生だから好きにして良いって。俺は自分で選んでモンベリアル伯爵家の次期当主になるんだし、シンシアも自分の心に嘘を吐くなよ」

 アンセルムは前半ラッジに呆れた表情を向け、後半はシンシアに優しい表情を向けた。

「ありがとうございます、アンセルムお義兄様」

 シンシアの心はほんの少しだけ軽くなった。

 その後は三人でサンルームでのティータイムを楽しむのであった。






−−−−−−−−−−−






 その日の夕食にて。

「父上、王都や王宮の方は変わりありませんか?」

 アンセルムはスープを飲み終わると、モンベリアル伯爵家当主であり、ナルフェック王国の教務卿であるフィルマンに聞く。


 フィルマンはアンセルムと同じダークブロンドの髪にサファイアのような青い目である。シンシアの母マリルーの従弟いとこだそうだ。


「いや、僕の周囲ではなかったな。ブランシェ、君の方はどうだい?」

 フィルマンは妻でありモンベリアル伯爵夫人のブランシェに話を振る。


 ブランシェはアッシュブロンドの髪にペリドットのような緑の目の女性だ。

 王宮で外務卿の補佐をしている。

 フィルマンもブランシェも、オラースがシンシアを引き取った時は快く彼女を受け入れてくれた。そして、アンセルムやラッジと同じように愛情を注いでくれている。


「そうですわねえ……」

 ブランシェはペリドットの目を左斜め上に向け、この日あったことを思い出す。

「そう言えば、二年後にネンガルド王国に嫁がれるメラニー王女殿下が侍女を募集し始めておりましたわ。ご自身と共にネンガルド王国まで行くことが出来る侍女を」

 その話を聞いたシンシアは、アメジストの目を輝かせる。

「お義母かあ様、そのお話、本当ですか? 王女殿下の侍女になれば、ネンガルド王国に行くことが出来るのですか?」

 やや前のめりになるシンシア。

「シンシア、落ち着きなさい」

 ブランシェは困ったように苦笑した。

 シンシアは慌てて「申し訳ございません」と謝った。

「でもシンシア、お前の動機は不純だから選ばれるかどうかは分からないぞ」

 揶揄うような、呆れたような口調のラッジ。そして彼は「それに……」と心配そうな表情になり言葉を続ける。

「シンシアは体が弱いだろう。今はほとんど風邪で倒れたり、喘息発作を起こさなくなったけど、完治したわけじゃない。喘息とかはいつ再発してもおかしくないぞ。お前の自由にして良いとは言われているが、そんな体で王女殿下の世話が出来るのか?」

「それは……」

 そう言われてしまうと何も言えなくなるシンシア。

「父上も母上も兄上も、お祖父様もお祖母様も俺も、みんな心配なんだよ。お前のこと」

 若干の呆れも見えるが、ラッジのペリドットの目は真っ直ぐ心配そうにシンシアを見ていた。

(ティムと似ている緑の目……。そんな目で心配そうに見られたら……何も出来なくなっちゃうじゃない)

 シンシアはラッジから目を逸らした。

 無意識のうちに、エメラルドのブローチに触れていた。

「まあまあ、ラッジ。シンシアも。まだ考える時間はあるのだから、別に今すぐ決めなくても良いんじゃないか」

 フィルマンは諭すような穏やかな笑みをシンシアとラッジに向ける。サファイアの目は優しく慈愛に満ち溢れていた。


 ティモシーへの想いは依然として消えていないシンシア。しかし、会いに行くには壁があった。

(体のこともあるし、お祖母様のこともある。だけど……諦めたくはないの。どうしたらいいかしら?)

 シンシアはエメラルドのブローチに触れる。アメジストの目は、輝きを失っていなかった。

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