その恋は、まるで宝石のように輝いて
蓮
宝石のような初恋
シンシアとティモシー
ネンガルド王国、王都ドルノンから少し離れた郊外。賑やかで洗練された王都とは違い、丘陵地帯が広がっている。穏やかな風が吹けば、草原がサラサラと音を鳴らし、放し飼いの羊達ものんびりと過ごしている。
そんなのどかで自然豊かな場所にある、ターラント孤児院。そこには様々な事情で親を失った子供達が暮らしていた。
「ティム、早く早く!」
ストロベリーブロンドのサラサラとした長い髪を高い位置で結った、アメジストのような紫の目の溌剌とした少女。彼女は同い年くらいの少年の手を引き走る。
「シンシア、無理に走らない方が良いよ。また体調崩しちゃうかもしれない。この前も風邪引いて、喘息まで併発してたじゃないか。また医務室戻りになるよ」
ティムと呼ばれた少年−−ティモシーは、困ったように笑いながらシンシアに手を引っ張られている。
栗毛色の髪に、エメラルドのような緑の目の少年である。
二人は同い年の十歳だ。
「平気よ! 私今、凄く体調が良いの! 今のうちに遊んでおかないと損だわ! 裏庭で探検ごっこやみんなと鬼ごっこやボール遊び、それから孤児院近くで川遊び……は前そのせいで風邪引いちゃったから駄目よね。でも、今度はいつ倒れるのか分からないのだし、色々とやりたいの!」
明るく笑うシンシア。アメジストの目はキラキラと輝いている。しかし元気な様子とは裏腹に、痩せ過ぎている体。夏だというのに日焼けしていない青白い肌。彼女は体が弱いのだ。
そして数日前までは風邪をひいて医務室に隔離されていた。
「……分かった。でも無理や無茶はしたら駄目だよ」
ティモシーは諦めたように軽くため息をつき、優しく微笑んだ。
「やったー! ありがとう、ティム」
嬉しそうにアメジストの目をキラキラと輝かせるシンシア。
ティモシーはそんな彼女の表情を見て、エメラルドの目を優しく細めた。
シンシアとティモシーの出会いはお互いが五歳になる年。
身内が母親しかおらず、その母も病気で亡くしたティモシーは四歳でターラント孤児院にやって来た。
比較的大人しい彼は、あまり他の子供達と遊ばず一人で過ごすことが多かった。時々年齢が近いガキ大将的存在に悪い意味で絡まれたりもしたが、先生や年上の子供が引き離してくれたので問題はなかった。
そして一年後、シンシアがターラント孤児院にやって来た。
両親を事故で亡くしたシンシアは、最初の頃はよく泣いていた。しかし次第に孤児院の生活にも慣れて、他の子供達と過ごすようになった。そしてシンシアが一番心を開くようになったのがティモシーである。理由は、子供達の中で言葉遣いが一番優しかったから。
一方ティモシーは最初、自身に懐くシンシアに対して戸惑った。しかし、次第に打ち解け仲良くなった。そこからは比較的社交的なシンシアに連れられて他の子供達とも話すようになったのだ。
(まあ、シンシアの笑顔が見られるのなら、多少先生達の言い付けを破ってもいい。あの時そう決めたんだから)
ティモシーはシンシアの楽しそうな笑顔を見つめながら、六歳の頃に起きた出来事を思い出していた。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
二人が六歳の頃の冬。
「ティム! 窓の外見て! 雪が積もってる!」
シンシアはワクワクと明るい表情である。
「本当だ。昨日すごい雪だったからね」
ティモシーも窓の外を見て驚いていた。
「ねえティム、雪遊びしましょう!」
シンシアはティモシーの手を取り勢い良く外へ行こうとした。しかし、よろけて倒れてしまう。
「シンシア!」
ティモシーは倒れたシンシアを見て驚愕する。
「シンシア、大丈夫!? ……熱い」
シンシアの肩に触れるティモシー。いつもよりシンシアの体温が高いのが分かった。
「どうかしたの?」
そこへ孤児院の先生が通りかかる。
「先生、シンシアが倒れた! 体も熱い!」
泣きそうな表情のティモシー。
先生は倒れているシンシアの額に触れる。
「確かに熱ね。昨日は冷えたから、そのせいかもしれないわ。シンシアは体が弱いから」
先生は手際良くシンシアを医務室に運んだ。
結果、シンシアは風邪であった。熱と咳が酷い状況で数日は遊べない状態である。
三日後。
(シンシア、大丈夫かな……?)
医務室の前を通りかかったティモシーは心配そうに中にいるシンシアを案ずる。
その時、ガチャリと医務室の扉が開く。
「ティム……!」
「シンシア……!」
シンシアが周囲を警戒するように出て来たので、ティモシーは驚きエメラルドの目を大きく見開いた。シンシアも同じく、アメジストの目を大きく見開いている。
「早速ティムにバレちゃったわ」
悪戯っぽく笑うシンシア。
「もしかして、外に出ようとしてたの? まだ寝てなきゃ駄目だって先生から言われているのに。風邪が悪化しちゃうよ」
心配そうに苦笑するティモシー。
「でも……私だってみんなと雪遊びしたいのに……。外で楽しそうにしているみんなの声、医務室にも聞こえて来て……」
頬を膨らますシンシア。アメジストの目は、どこか寂しげであった。
「シンシア……」
そこでティモシーはあることを決意する。
「先生達にバレなければ、ちょっとくらいいいんじゃないかな?」
「ティム……!」
シンシアの表情はパアッと明るくなる。
「行こう、シンシア。先生達にバレないうちに」
ティモシーは悪戯っぽく笑った。
シンシアの為に、先生達からの言い付けを破ることにしたのだ。
医務室から外の玄関へは少し距離がある。
先生達の目をかい潜り、二人は玄関まで辿り着く。背徳的なことをしているようで、二人はドキドキしながらもそのスリルを楽しんでいた。
「シンシア、玄関は滑りやすくなってるから気を付けて」
「分かったわ。きゃっ……!」
「シンシア……!」
シンシアは玄関で滑って転んでしまった。
「シンシア、大丈夫?」
「ええ……」
尻もちをついたシンシア。少し痛そうだ。
「シンシア、僕の手を握って。引っ張ってあげる」
ティモシーはシンシアに手を差し出す。
「ありがとう、ティム」
シンシアはティモシーの手を握る。
ティモシーは自身の健康的な手で、シンシアの細く青白い手を優しく包んだ。そして、シンシアを引っ張り上げる。
その時だ。
「ティモシー! 何をしているの!?」
孤児院の中でも一番怖い先生であるシャロンに見つかってしまった。
しかも、事情を知らない者からすると、ティモシーが無理矢理シンシアを外に連れ出そうとしているように見えるだ。
「シャロン先生……」
「シャロン先生、違うの。ティムは」
「誰か、シンシアを医務室まで運んでちょうだい! ティモシー! 貴方は私と一緒に来なさい!」
シンシアはティモシーは悪くないと弁明しようとしたが、聞く耳持たれず。
そのままシンシアは医務室へ戻され、ティモシーはシャロンからの長い長いお説教を食らったのである。
シャロンからの説教からようやく解放されたティモシー。医務室の前を通りかかると、中からシンシアが啜り泣く声が聞こえた。
ノックをし、医務室に入るティモシー。
「シンシア、大丈夫?」
「ティム……!」
シンシアはティモシーの姿を見て心底安心したような表情になる。そしてアメジストの目からは透明な水晶のような涙がポロポロと零れ落ちる。
「ごめんなさい。私のせいで。私が我儘言ったから、ティムがシャロン先生に怒られちゃった。ごめんなさい」
アメジストの目からは涙が止まらない。
「シンシア、大丈夫だよ。シャロン先生からのお説教なんて全然平気だから」
ティモシーは優しくエメラルドの目を細めた。実際、シャロンはかなり怖かったのだが、シンシアのことを思えば全く平気なティモシーだった。
「でも……」
シンシアのアメジストの目からはまだ涙が零れ続ける。ティモシーはそんなシンシアの手を優しく握る。
「笑って、シンシア。僕は大丈夫だから。それに、ガキ大将のカイルよりも怒られる時間は短かったし」
少しおどけたように言うティモシー。
カイルという少年はティモシー達よりも二つ年上で、よく年下の子を虐めてはシャロンにこっ酷く叱られている。
「カイルは別格よ」
シンシアはクスッと笑った。その表情を見て、ティモシーはホッとした。
「そうだね。シンシア、これからは僕も上手くやるよ。言い付けを破ったって、先生達にバレなければ良いんだから」
悪戯っぽく笑うティモシー。
「もう、ティムったら。それじゃあカイルよりも悪い子じゃない」
シンシアは楽しそうにふふっと笑った。
二人で笑い合うのであった。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
「ティム! 早く行きましょう!」
明るく眩しいほどの笑みのシンシア。
ティモシーはふと現実に引き戻された。
「そうだね。行こうか、シンシア」
ティモシーはエメラルドの目を優しく細めた。
(あの時は、シンシアを外に出さずに医務室に戻ってもらうのが正解だったけれど……僕はシンシアのお陰で正解を捨てる勇気……間違える勇気を得たんだ)
ティモシーは前を行くシンシアを追いかけた。
シンシアとティモシー、親が居なくとも二人は幸せに暮らしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます