シンシアの選択

 また一年が経過した。

 いよいよこの年に、メラニーがネンガルド王国に嫁ぐ。それによりら彼女と共にネンガルドへ行く侍女も決定する。


 メラニーとの邂逅以降、シンシアはメラニーと良く話す仲になっていた。メラニーの方も、シンシアしかいない時は気を張るのをやめて肩の力を抜いていた。

 お互い良い関係になっているようだ。


(ティムに会いたい……。お祖母ばあ様が心配……。メラニー殿下のことも……。大切なものが増える度に、どんな選択をしたら良いのか迷ってしまうわね)

 シンシアは困ったように微笑んだ。

(だけど……)

 脳裏に浮かぶのは初恋相手であるティモシーの姿。

(私ももう十歳の子供じゃないし、ティムもきっとそう。……ティムは今どんな風になっているのかしら?)

 シンシアはアメジストの目を閉じ、左胸に着けているエメラルドのブローチにそっと触れる。

(エメラルド……ティムの目と同じ……。あの優しい目は変わっていないかしら?)

 シンシアは深呼吸をしてゆっくりと目を開けた。

「シンシア様、緊張していらっしゃるのですか?」

 隣にいたエミリーがクスッと微笑む。

「ええ、少しだけ。エミリー様はいかがです?」

わたくしも少し緊張しておりますわ。是非ともメラニー王女殿下の侍女に選ばれてネンガルド王国へ行ってみたいとは思っております。ですが、選ばれなくても行儀見習いとして得た経験は何よりも代え難いものですわ」

 ヘーゼルの目を細め、ふふっと穏やかに笑うエミリー。

 そうしているうちに、メラニーが現れる。選ばれるのは三人。今までの行儀見習いでの実績、メラニー本人との相性も踏まえて彼女が直接指名するのだ。

 シンシア達はカーテシーで礼をる。

「どうぞおたいらになさってください」

 王女モードの凛としたメラニーである。

 アンバーの目は行儀見習いに来ていた者達をゆっくりと見ている。

 シンシア達はゆっくりと頭を上げた。

「今からわたくしがネンガルド王国まで連れて行く侍女を三人選びます。一人目……」

 その場は緊張に包まれる。

 そんな中、ゆっくりとメラニーが口を開く。

「エミリー・レベッカ・ド・デュノワ」

 シンシアの隣にいたエミリーが選ばれた。

 そして二人目に別の名前が呼ばれる。

 いよいよ三人目。シンシアは緊張していた。

(選ばれたらネンガルド王国に行けるけれど、選ばれなかったらどうしよう……。ネンガルド王国に行けたらティムに会えるかもと不純な動機だわ。でも、メラニー殿下のお心を休ませることが出来たらと思うのも本心よ。ティムもメラニー殿下も、どちらも大切なのは確かだわ)

 メラニーはゆっくりと三人目を告げる。

「シンシア・マリルー・ド・モンベリアル」

 凛とした声で自身の名を呼ばれたシンシア。アメジストの目を大きく見開いた。

(私……選ばれたのね……!)

 シンシアはアメジストの目をキラキラと輝かせた。

 見事にメラニーの侍女の座を掴み取り、ネンガルド王国行きを決めたのだ。






−−−−−−−−−−−






 数日後。

 シンシアはメラニーの侍女となり、ネンガルド王国へ行くことになったことをモンベリアル伯爵家の家族達に伝えに行った。

 義父ちちフィルマン、義母ははブランシェ義兄あにであるアンセルムとラッジは驚き、シンシアの体のことを心配しつつも喜んでくれた。

 そして離れの屋敷で暮らす祖父オラースと祖母イローナの元へ向かうシンシア。

「お祖父じい様、お祖母様」

 シンシアは少し緊張したような笑みである。

「あら、シンシア。何だか久し振りね。またこうしてお話が出来るなんて嬉しいわ」

 イローナはシンシアの姿を見るなりサファイアの目を嬉しそうに細め、シンシアの手を握る。

 依然として病気でベッドの上にいることが多いが、体は動くようである。

「良く帰って来た。シンシア、お前さん前よりもずっと淑女らしくなったな。王宮での行儀見習いの効果か」

 ハハっと笑い、アメジストの目を優しく細めるオラース。

「はい。王宮で色々なことを学びました」

 シンシアはふふっと品良く微笑んだ。

「それで……」

 シンシアは真剣な表情になる。アメジストの目は真っ直ぐ二人を見つめていた。

「メラニー王女殿下の侍女に選ばれました。ですので三ヶ月後、王女殿下と共に私はネンガルド王国へ行きます」

 この二人から何と言われるのか、シンシアは少し不安だった。

「そう……そうなの……。シンシアは行ってしまうのね」

 イローナは少し寂しそうな表情であった。

「お祖母様……」

 シンシアはイローナの手を握る。

「寂しいわね。だけど……シンシアはずっとネンガルド王国に行って、初恋の男の子に会いたいと願っていたことを知っているわ。シンシアの人生をわたくしの我儘に付き合わせては駄目ね。シンシア、おめでとう」

 イローナは寂しげだったが、サファイアの目は優しく、嬉しそうでもあった。

「お祖母様……ありがとうございます。絶対にお手紙を送りますわ」

 シンシアはホッとしたように、嬉しそうに微笑んだ。

「おめでとう、シンシア。お前さんの人生だ。後悔のないようにやりなさい」

 オラースは優しく大きな手でシンシアの頭を撫でた。

「お祖父様……ありがとうございます。私を引き取ってくださって。私は家族に恵まれました」

 シンシアは真っ直ぐオラースを見てお礼を言った。


 十一歳でモンベリアル伯爵家に引き取られたシンシア。

 家族やメラニーの存在など、大切なものが増えて、どのような選択をしたら良いのか分からなくなる時もあった。

 しかし、彼女の根底にあったのはティモシーの存在。


『ありがとう。必ず迎えに行く。約束だ』


 ティモシーと最後に会った時の言葉が蘇る。

(約束……。ティムは迎えに来てくれるって言っていたけれど、きっとティムも引き取られた先で大変なのかもしれないわ。……私から会いに行くのよ)

 アメジストの目はどこまでも真っ直ぐ輝いていた。

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