エメラルドの輝きは誰にも負けない
ションバーグ公爵家
ターラント孤児院からションバーグ公爵家に引き取られたティモシーは、名をティモシー・ラッセル・ションバーグと改めて生活していた。
実父であるドノヴァンから、貴族となるのだからそれらしい名前にとミドルネームにティモシーの祖父に当たる存在の名前を付けられたのだ。
鏡の前に映るのは、セットされた栗毛色の髪にエメラルドの目の十二歳の少年。まさしくティモシーであるのだが、ティモシーは自分が自分でないような気がした。
(シンシアが見たらどう思うかな……? 別人みたいって言われるだろうか?)
ティモシーのエメラルド目はどこか悲しげだった。
ションバーグ公爵家に引き取られてから早二年。
ティモシーは初恋であり最愛の少女−−シンシアのことを一秒も忘れたことはなかった。
引き取られた当初、ティモシーはシンシアに手紙を出そうとした。しかしドノヴァンからは平民や孤児に手紙を書くのは貴族としてみっともないと言われ、手紙を書かせてもらえなくなってしまった。
(シンシア、体調は大丈夫だろうか? また風邪や喘息発作を起こしていないかな? ちゃんと食べているだろうか? ……シンシアに会いたい)
ティモシーはその想いを持て余していた。
ティモシーにとって、ションバーグ公爵家での生活はまるで牢獄のようであった。
貴族としてプライドが高く見栄っ張りのドノヴァンからは、厳しい家庭教師がつけられどこからどう見ても貴族として見られるような教養や振る舞いを身に付けさせられた。
更に期待されるレベルに達していなかったら体罰などの折檻も当たり前のように
引き取られた当初、ティモシーはこんな場所から逃げ出したいと思い、隙を見て家出してみた。しかしすぐにションバーグ公爵家関係者に捕まり、連れ戻されては折檻される日々だった。
そのうち脱走するのはやめたティモシー。
(ここから逃げ出す以外でシンシアに会う方法はないだろうか……?)
どんな仕打ちを受けても、シンシアとの再会を絶対に諦めていないティモシーだった。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
夕食中、カトラリーが落ちる音がした。
「おいティモシー、俺のフォークが落ちた。半分獣の血が流れてるお前が拾え」
厭らしい笑みを浮かべてニヤニヤしながらそう言うのはションバーグ公爵家長男でティモシーの
ブロンドの髪にラピスラズリのような青い目の少年である。
ティモシーの母は一応
ラザフォードにとって平民は獣同然のようだ。だから彼はティモシーのことを『半分獣の血が流れている』だったり『半獣』と言って侮蔑している。
ティモシーは黙ってラザフォードが落としたフォークを拾おうとする。その時、ラザフォードはわざとティモシーの手を踏んだ。
痛みに表情を歪めるティモシー。
「おい、どうした? やっぱり半獣だから動きが鈍いな」
ニヤニヤと蔑んだ笑みのラザフォード。
ここでラザフォードに言い返したり刺激すると
「ティモシー、お前は外で舐められないようにしろ。ションバーグ公爵家を貶めるようなことをするな」
一応実父であるドノヴァンは世間体にしか興味がない。アッシュブロンドの髪に、ティモシーと同じエメラルドのような緑の目。しかし、そのエメラルドの目はティモシーとは似ても似つかないようであった。
そしてその隣にいるドノヴァンの妻でションバーグ公爵夫人のグレンダ。ブロンドの髪にラピスラズリのような青い目の、どこか冷たい雰囲気の女性。ラザフォードの実母で、ティモシーにとっては義母なのだが、彼女は子供達に全く興味を示さない。それどころか夫であるドノヴァンにすら無関心であった。
彼女とドノヴァンは政略結婚で、ドノヴァンに対して全く愛がなかった。長男のラザフォードと亡くなった次男を生んでからは解放されたように愛人と楽しく過ごしているそうである。
この時代、貴族は恋愛結婚など皆無で家同士の繋がり重視の政略結婚が主である。
そしてネンガルド王国ではやむを得ない場合以外は男性しか爵位や家督を継げない。よって貴族の女性は嫁いだら後継ぎとなる長男と、そのスペアである次男を生まなければならない。しかし、次男まで生んだ後は女性は解放されたように愛人を作ったり恋愛を楽しんでも咎められることはないのである。
「……申し訳ございません」
ティモシーは感情のない声で謝るだけであった。
(ターラント孤児院にいた頃よりは食事も豪華、一応質の高い教育も受けられてはいるけれど……こんな生活地獄だ。脱走は出来ないとしても……絶対にここから抜け出して、シンシアに会いに行くんだ! その方法を考えなければ!)
どんなに息苦しく地獄のような状況でも、ティモシーのエメラルドの目の輝きは曇ることがなかった。
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