無邪気な時間

 季節は過ぎ、秋深まって来た頃。

「じゃあカイルが鬼ね! みんな、見つからないように隠れよう!」

 ターラント孤児院最年長の子供であるメイジーが明るくそう言うと、皆一斉に走って隠れる。


 今やっている遊びのルールは簡単。鬼に見つからないように石を蹴飛ばしたら勝ちなのだ。その代わり、鬼に見つかり先に石の所に戻られたら負けである。要は缶蹴りのようなものだ。


「ティム……!」

 シンシアが隠れようとした場所にはすでにティモシーがいた。

「シンシアもここに隠れるんだね」

 ティモシーは嬉しそうにエメラルドの目を細めて微笑んだ。

「うん。真っ先にここが思い浮かんだの」

 ふふっと笑うシンシア。

「そっか。僕もだ。一緒に隠れよう、シンシア」

 こうしてシンシアはティモシーと一緒に隠れることになった。そして鬼のカイルがこっちに来るかを注意深く見ている。

「ああ、リタとバリーが捕まったみたいだわ」

「リタはまだ九歳だから十二歳のカイルには敵わないよね。でも足の速いバリーまで捕まったのか」

 ティモシーは後半意外そうに呟いた。

「バリー、そう言えばこの前転んで足捻ったみたいだから本調子じゃないのかもしれないわね」

 シンシアは思い出したようにそう呟いた。

 その時、足音が近付いて来る。

「カイルが近くまで来たみたいだ」

 ティモシーは声を潜めて苦笑した。

「カイル、早く行ってくれると良いのだけれど」

 シンシアも声を潜めて困ったように微笑んだ。

 しばらく二人は声を潜めてカイルが遠ざかるのを待った。

 見つかるか見つからないかの緊張感に心臓がバクバクしている。

 その時、シンシアの細く小さな青白い手がティモシーの目に入る。シンシアのその手は緊張感によるせいか、若干震えていた。ティモシーはそっとシンシアの手を握る。シンシアの手は少し冷えていた。

「ティム……!?」

 驚いてアメジストの目を大きく見開くシンシア。

「ごめん、シンシアの手が震えていたからさ」

 ティモシーは優しくエメラルドの目を細めた。

「緊張感に呑まれていたのかもしれないわ。カイルがすぐ側まで来ているのだし」

 シンシアは困ったように微笑んだ。

 ティモシーに手を握られ、震えは止まっていた。

「ありがとう、ティム。ティムに手を握られたら……ドキドキするけれど何だか安心するわ」

 ほんのりと頬を赤らめるシンシア。

「それなら……良かった」

 ティモシーも頬を少し赤く染めて微笑んだ。

 カイルに見つかるかもしれない緊張感の中、どこか穏やかな気持ちになる二人であった。


「カイル、別の場所に行ったみたいだ」

「良かったー」

 ティモシーの言葉に、シンシアはホッとした。

「でも、そろそろ捕まった子達が増えて来てる。ずっとこの場所に居続けるのもリスクが高いかも」

 ティモシーは捕まった子供達がいる場所を見てそう考えた。

「確かに、みんな動いているわ」

 シンシアはカイルに見つからないように場所を移動する子供を見てそう呟いた。

「僕もここから動くよ。あの石を蹴ったら僕達の勝ちだから、シンシアはここで待ってて」

 ティモシーはそう言い、カイルに見つからないように移動し始めた。


(ティム……行っちゃったわ……)

 ティモシーが移動し、一人になったシンシア。アメジストの目は少し寂しそうだった。

 見つからないようにそっと鬼であるカイルの様子を確認する。

(カイル……私には気付いていないみたいだわ)

 カイルはシンシアに背を向けていた。

(ティムは待っていてって言ってたけれど……今私があの石を蹴ったら勝てるんじゃないかしら)

 アメジストの目はワクワクとした様子で輝く。

(あの石を蹴って、ティムを驚かせてあげましょう!)

 そう考えてからは行動が早かった。

 シンシアは隠れていた場所から勢い良く飛び出し、全力で走り出す。


 一方、カイルの隙を見て移動し、石を蹴ろうと近付きながら隠れていたティモシー。

 いきなり飛び出したシンシアに驚き、エメラルドの目を大きく見開く。

「シンシア……!?」

 ティモシーは全力で必死に走るシンシアの姿に釘付けになっていた。

 すると、カイルがシンシアに気付き石の所まで走り出す。

 元々体が弱いシンシア。体を動かすことは好きなのだが足が速いわけではない。

 このままではシンシアが捕まってしまうと思い、ティモシーも隠れていた場所から飛び出した。

(あの石さえ蹴ることが出来たら……!)

 ティモシーは全力で走った。

 しかし……。

「ラッキー! シンシアとティモシー、まとめて発見だ!」

 カイルの方が石まで辿り着くのが早かった。


「捕まっちゃったね」

 へへっと笑うティモシー。

「ごめんね。私、待てなかった」

 申し訳なさそうな表情のシンシア。

「でも、シンシアらしいよ。シンシアは……いつも僕より先に駆け出しちゃうから」

 クスッと笑うティモシー。

 その時冷たい風が吹き、シンシアは体を震わせてくしゃみをする。

「寒くなってきたね。風邪を引いたらいけないから、これを着て」

 ティモシーは自身の着ていた薄手のコートをシンシアに掛けた。

「ありがとう、ティム。……さっきまでティムが着ていたから暖かいわ」

 シンシアは嬉しそうにアメジストの目を細めて微笑んだ。その表情を見たティモシーは、優しげにエメラルドの目を細めた。


 やたらと身なりの良い者が二人の様子をじっと見ていたが、それに気付く者はいなかった。

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