新たな手立て

 シンシアがもうターラント孤児院にはおらず、ナルフェック王国の貴族に引き取られたことが判明した。

 ティモシーはターラント孤児院から帰ると、すぐにシンシアに会う手立てを考え始めた。

(まずはナルフェック王国へ行く必要があるな……。脱走してそのままナルフェック王国に渡ること……は今までのションバーグ公爵家の監視的に難しい……)

 ティモシーは必死に考えていた。


 そんなある日。ティモシーはションバーグ公爵城のサンルームを通りかかった時のこと。

「父上、またレスリー王太子殿下が自ら他国に赴くそうですよ。外務卿と念の為に宮廷医を引き連れて」

「自ら外交など……そんなもの外務卿だけに任せたら良いものの」

 ラザフォードとドノヴァンは呆れたように嘲笑しながら会話していた。

「近頃のハノーヴァー王家の者達はまるで王族としての自覚がないようだな。ネンガルド王国もどうなることやら」

「父上の仰る通りです。もういっそのこと、父上が国を治めたらいかがです?」

「ハハハッ! ラザフォード、中々面白いことを言うな」

 完全に不敬罪になってしまう上、国家反逆罪に取られかねないような会話であった。

(外務卿と宮廷医……)

 ティモシーは二人の会話を聞き、その場で考え込んでいた。






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 ティモシーは自室に戻り、新聞などで情報を集めていた。

(確かに、王太子殿下は自ら他国に赴いて外務卿と共に外交をおこなっている。おまけに、外務卿は外交を担当するから他国に赴くことも多い。外務卿を目指せば……)

 そう思ったティモシーだが、ハッと思い出す。

(いや、今の外務卿の引退はまだ先。それに、次期外務卿候補を見る限り、僕がなれる可能性は低い……。となると……)

 ティモシーは新聞からの情報や先程のドノヴァンとラザフォードの会話を思い出す。

(宮廷医を目指した方が、他国……ナルフェック王国に行ける可能性は高くなる。今の宮廷医の中の一人は年齢的に後数年程で引退だろう。そうなると、宮廷医のポストが一枠は空く……)

 ティモシーはふと病弱なシンシアの姿を思い出し、エメラルドの目を優しく懐かしげに細める。

(僕が医学を学べば、シンシアの体……喘息とかを治してあげることは出来るかもしれない)

 ティモシーはギュッと拳を握り締めた。

(僕に今出来ることはこれだ……! シンシアに会う為に……!)

 エメラルドの目はギラギラとしていた。


 そしてその日の夕食時。

 ティモシーは再びドノヴァンに提案する。

公爵閣下父上、お願いがあるのですが」

「お願い? 何だ? くだらないことではないだろうな?」

 ドノヴァンは面倒そうな表情だ。エメラルドの目は冷たい。ティモシーと同じ目であるが、似ても似つかない。

「医学を学びたいのです」

「医学だと? そんなションバーグ公爵家に必要のないことを」

 冷たい目で一掃するドノヴァン。

「父上、こいつは半分獣である平民の血が流れてる。つまり、半獣だから仕方ないですよ。安っぽい提案しか出来ないのですから」

 ティモシーを侮辱する義兄あにラザフォード。

 いつも通り、公爵夫人であるグレンダは無関心で全くの無視である。

「そうでしょうか? 僕が医学を学び、宮廷医になれば、ションバーグ公爵家は宮廷医を輩出した家として箔が付くのでは? おまけに、宮廷医の一人は数年後に引退を迎えます。今から医学を学ばせていただけるのであれば、僕はそのポストに着任する自信はありますが」

 ドノヴァンの見栄をくすぐるように口角を上げるティモシー。エメラルドの目は自信に満ち溢れていた。

「……まあ確かに、一理あるかもしれんな。それに、この前の孤児院の寄付でションバーグ公爵家の地位を向上させた実績もある……」

 少し考える素振りをするドノヴァン。

「父上、まさかこいつの言うことを聞くのですか?」

 ラザフォードは不満気である。

 すかさずティモシーが口を開く。

「義兄上、僕が宮廷医になれば、ネンガルド王国の王族であられるハノーヴァー王家の方々にションバーグ公爵家の意向を伝えやすくなりますよ。つまり、この先義兄上のやりやすいようにすることも出来ます」

 ニヤリと口角を上げるティモシー。

「なるほどな……。半獣の割にはまともな考えじゃないか」

 馬鹿にしたような笑みだが、どこか満足そうなラザフォード。

(見栄ばかり気にする公爵閣下父上、単純なラザフォード義兄上……伝え方によっては本当に僕の思い通りにことが進む)

 ティモシーは内心彼らを鼻で笑っていた。

(ああ、やっぱり僕、性格悪くなっちゃったな……)

 ティモシーのエメラルドの目はほんの少し悲しみに染まる。しかし、すぐに気を取り直す。

(でも、シンシアにもう一度会う為なら何だってする!)

 ティモシーのエメラルドの目は強く輝いていた。






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 その後のティモシーの行動は早かった。

 ネンガルド王国の医者養成機関で必死に学んだティモシーは、何とたった四年で医師として仕事が出来るようになった。そして、見事に宮廷医になったのである。


 ティモシー・ラッセル・ションバーグ。史上最年少、十七歳の宮廷医が誕生したのだ。


「ティモシー、君の診察は的確で信頼出来る」

「ありがとうございます。身に余る光栄でございます、王太子殿下」

 ティモシーは診察をしながら控えめに微笑む。

 彼が現在診察しているのは、王太子であるレスリー・アルバート・レオ・エルヴィス・ハノーヴァー。ハノーヴァー王家の特徴である、夕日に染まったようなストロベリーブロンドの髪にサファイアのような青い目。ティモシーよりも三つ年上で今年二十歳になるそうだ。

「いやあ、まさかこの時期に風邪を拗らせるとは、少し恥ずかしいな」

 そう苦笑するレスリー。

「今年の春は寒暖差が激しいですから、仕方のないことですよ。王太子殿下の妹君であられるアリシア王女殿下も、少し前に風邪を引いていらっしゃいましたし」

「それもそうか」

 ハハっと笑うレスリー。

「とりあえず、今は咳止めを処方しておきます。宮廷薬剤師長であるモールバラ公爵夫人にこちらをお渡しして薬を貰っていただきたく存じます。モールバラ公爵夫人が不在でしたら、他の宮廷薬剤師の方にお渡しして処方していただけたらと存じます。もし症状が改善しないのであれば、またこの王宮の医務室にいらしてください」

 ティモシーは必要な薬を書いた紙をレスリーに渡す。

「ありがとう、ティモシー。……それにしても、君はあのションバーグ公爵家の人間だと言うのに権力への野心が感じられないから好感が持てる」

 レスリーのサファイアの目は、面白いと言いたげであった。

「それは……光栄でございます」

 ティモシーは戸惑いながら微笑んだ。


 十七歳のティモシーは昨年成人デビュタントを迎え、社交界デビューを果たした。

 その際、ションバーグ公爵家がどういった立ち位置なのかを嫌でも知る羽目になった。

 ションバーグ公爵家は野心家で、敵対する家や自らに逆らった者がいる家をことごとく潰してきたそうだ。

 それゆえに、陰で恐れられたり厄介がられたりしておりあまり良い立ち位置ではないことが分かったのである。


「まあ良い。そうだ、ティモシー。俺は近々外交の為にナルフェック王国とドレンダレン王国に行く。その際、体調面で何か起こった時の為に、君も連れて行きたい。いいかな?」

 それはティモシーにとって願ってもないことであった。

「是非、王太子殿下にお供させていただきます」

 若干前のめりで答えたティモシー。それに対してレスリーは苦笑する。

「随分とやる気だな。感心だ。まあ、今すぐではない。もうすぐ俺はメル……ナルフェック王国のメラニー王女と結婚する。メルを迎え入れる準備や結婚式の準備で忙しくなるから、外交で他国へ赴くのは秋以降になると思う」

「承知いたしました」

 ティモシーは力強く頷いた。

(シンシア……ようやく会いに行ける……!)

 ティモシーのエメラルドの目は、どんな状況でも希望を失わず輝いているのであった。

 ただひたすら初恋相手で最愛の少女––シンシアとの再会を願って。

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