第8話 大団円

 犯人は竹山の指摘通り、第一発見者の女だった。

 動機は、現場に飛び込んできた交際相手であった。茜の交際相手は、第一発見者の女・川島理恵の元婚約者だったのだ。

 婚約者を奪われた恨みによる犯行であったと、そして、竹山の見立て通り、出勤しない茜が、自分が勧めた動画、渡した青酸カリとクエン酸で死んだのではと気になって見に行ったと病室で行われた取り調べで自供したとのことであった。

『青酸カリは川島の実家の元鉄工所に有ったものを持ち出していたそうやわ。今回はホント助かった。また日を改めて飲むまいかいね!』

 翌朝送られてきた濱口からのメールはそう締めくくられていた。

「カアちゃん」

 近江町市場を散策し、干物を買い込んでから金沢駅に向かった竹山は、金沢駅のシンボルともいえる「鼓門」を見上げながら、同じように鼓門を見上げる須美子に声をかけた。

「うん? なんですか?」

「また今度、二人で旅行しよか」

 竹山は鼓門を見上げたまま言った。心なしか、耳たぶが赤い。

 それをちらりと見ると、須美子は冷たく言った。

「お父さんの『また今度』は守られたためしないんですけど?」

「次はちゃんとするがな~」

「あら。ホントですか」

「約束や。だから、ええっと」

 竹山はもじもじしながら、ポケットから小さな箱を取り出し、おずおずと膝をついた。

 妻を前にして、こんなにドキドキするのは一体何十年ぶりだろう。

 竹山はひとつ咳払いをすると箱を開けた。中にはささやかだが、透明で、しかしキラキラと輝く石が付いた指輪があった。

「あー。これからも、ずっと一緒に、死が二人を分かつまで──」

「ちょっとお父さん!」

 須美子はキョロキョロと周りを見遣った。観光客たちが、遠巻きに須美子たちを見ている。

「誓うてくれるか?」

 竹山は構わず聞いてくる。その顔をひと睨みすると、須美子はプイっとそっぽを向いた。

「嫌です!」

「なんでやねん!」

 まさか断られるとは思わなかった竹山である。思わず大きな声を出し、立ち上がった。

 その顔には戸惑いが浮かび、完全に眉が下がり、さながら捨て犬のようだ。

 そんな竹山の顔を見ると、須美子はプッと噴出した。

「お父さん。死ですら、私をあなたから引き離すことは出来ませんよ?」

「カアちゃん……」

 竹山は今にも泣きそうだ。そんな夫の手を握ると、須美子はにっこりと笑った。

「ずっと、ついて行きます」

「……須美子」

 鼓門の下、竹山と須美子を取り囲んだ人々から大きな拍手と歓声が上がった。

 竹山は観衆に手を上げて応える。そんな夫を突くと、澄子は冷たく言った。

「で、お父さん。新幹線の時間、過ぎましたけど」

「え……。あ、ほな、ずっとここにいよか! 死がふたりを分かつまで!」

「ええかげんにしなさーい!」

「須美子ぉぉぉぉぉ!」

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警視庁鑑識員・竹山誠吉事件簿「凶器消失」 桜坂詠恋 @e_ousaka

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