第7話 決戦

翌日、東は大河で西には山の裾野が広がっているタルトン平原に日が差し始めた。両軍は500mほどの距離を取って向かい合う。


ガラムス軍は歩兵4万と騎兵が1千騎ほどで、対するポンニウス軍は歩兵8万と騎兵が1万騎ほどいた。昨日までは、ポンニウス軍には十数万ほどの兵がいたが、昨日のガラムス軍の攻撃で3万ほどの属州民兵たちが逃げてしまったのだ。


ガラムス軍は朝食後すぐに戦場へ行き、きれいに整列してポンニウス軍が集まるのを待っていた。数が多く新兵の多いポンニウス軍は整列にも時間がかかっていた。


「何をしている、さっさと自分の軍隊旗のあるところに並べ。」


「急いでファランクス(密集隊形)を組め。」


「各隊ごとに密集隊形を取れ。」


隊長たちの怒声があちこちで聞こえてくる。


「軍隊旗を守るために戦えって言われたが意味がわからねぇ。」


兵の一人が隣にいる兵に愚痴る。


「おめぇまだ理解できてねぇのか。あの旗には俺たちの名前と軍隊の功績が書かれているだろ。それを元に支給金や物資が配られるって聞かなかったか。」


「なんだと、そうだったのか。」


そういうと、愚痴っていた兵は自分の軍隊旗を探し始める。

だが、周りの者たちと共にもたもたしている内に突撃の喊声が聞こえ始め、と同時に石や投げ槍が飛んできた。ガラムス軍が攻撃を開始したのだ。


「敵が来たぞ。その場に留まって石を投げろー。決して前進するな。」


数的不利のガラムス軍が、戦闘準備の整っていないポンニウス軍に小走りで急接近して石や槍を投げてくる。最初のうちはガラムス軍が優勢で、ポンニウス軍はジリジリ後退していたが、いくら怪我人が出ても数の多いポンニウス軍はやがて持ち直し戦況は膠着状態に陥った。


歩兵戦での弓矢や投げ槍が主流だった時代、戦場において一番殺傷力があるのはこぶし大の石だ。弓矢や投げ槍にあたって大怪我をする者もいるが、雨のように降り注ぐ手軽に投げられる石で怪我をして動けなくなる者のほうが圧倒的に多い。


ポンニウス軍はガラムス軍の2倍の兵力はいたが、戦いに慣れていない新兵が多かったため戦列を厚く敷いて対応させた。これは新兵の逃亡を防ぐ目的もある。ポンニウス軍は新兵がほとんどとはいえ戦経験の多い古参兵も少なからず存在する。その古参兵を戦列の後方に配置し、新兵たちが突進してくる敵に恐れをなして逃げないないようにする意味もあった。


「うわぁ来たぁぁぁ。今度こそダメだぁー。」


そういって敵の勢いからくる殺意に怯えて逃げ出そうとする新兵たちは意外と多い。

「貴様どこへ行く。持ち場に戻れぇ。」


ポンニウス軍の古参兵たちは剣を振り回しながら新兵たちを元居た戦列に追い立てるが、見せしめの意味も含めて数人が一刀のもとに斬り伏せられていった。ポンニウス軍の新兵たちは敵からだけでなく、味方からさえも逃げ場はなかった。


最初のうちは必死に盾を構えて降り注ぐ石や投げ槍を凌いでいたが、慣れてくると投げられた石を拾って投げ返せるようになってきた。そうなると数の多いポンニウス軍の方が有利だ。


やがて、ガラムス軍は槍を構えファランクスを組んで3列縦隊になり、ポンニウス軍の10列縦隊に突進する。両軍とも盾を前面に出してぶつかり合う。戦い慣れた古参兵の多いガラムス軍の勢いは凄まじく、慣れていないポンニウス軍が再び押され始めてかなりの犠牲者が出ていたが、しばらくすると数の多いポンニウス軍が再び押し返し始めた。しばらく押し合いが続くと両軍とも一旦離れて息を整え、十数分後に再び激突する。戦線は再び膠着状態となった。


「押し切れなかったか。これで押し崩せれば儲けものと思っていたが、無理があったな。」


ガラムスは立ち昇る土煙の隙間から見える戦場の様子を見て呟く。


「それでも、2万の兵で8万の敵を足止めできている時点で大成功といえるでしょう。」


隣にいた側近の一人がガラムスの呟きに反応する。


「そうだ、本番はこれからだ。敵の騎兵隊の動きから目を離すな。」


しばらくするとポンニウス軍の副官ラビンスス率いる騎馬1万がガラムス軍の側背を突こうとして動き出す。それを見たガラムス軍の騎馬隊1千騎が敵の騎馬隊の足を止めるために突撃していった。


「よし、敵の騎馬隊を突くぞ。続け。」


ガラムスは、槍を持つ戦闘経験豊富な古参兵1万の歩兵部隊を引きいて敵の騎馬隊に向かって突き進んでいった。

両軍の騎馬同士の戦いはアッという間に決着が付き、ガラムス軍の騎馬1千騎は多少の犠牲を払いながらもあっさり退却していった。


ラビンススが周りを見回すと戦場は土煙に包まれて視界が悪かった。ラビンススは味方の騎馬隊を一度集め再突撃の方向を見極めるため土煙が晴れるのを待つ。

ガラムスはその一瞬の隙を見逃さなかった。


ラビンスス率いる騎馬隊が戦列を整えているとき、突如、槍を揃えて突進してくる大量の兵が現れた。土煙の中から現れた槍の先端は、次々と馬や騎乗兵たちを刺し貫いていった。


騎馬隊の多くの兵は貴族などの富裕層だ。裕福な者ではないと馬を持つことができない。

歩兵同士の戦いが始まってから2時間近く経ったころ、ラビンススの号令により突撃命令が下された。騎馬兵たちは「待ってました」とばかりに敵の騎馬隊を軽く蹴散らした後、激しい土煙によって視界が妨げられると、一旦停止の合図の音と共に隊列を整えていた。


騎馬兵たちは楽勝ムードで名誉を称えあい、首都ポロネースに凱旋したときにどんな官職に付けるだろうかと相談していた。


そんな中、周縁部にいるであろう者たちから悲鳴が上がっていた。


「うわぁ。」


「敵だ、応戦しろ。」


「無理だ。逃げろ。邪魔だどけぇーい」


辺りは土埃りで数m先しか見えない。そんな中、周縁部の方から悲鳴や怒声で聞こえてくる。それはやがて、土埃りが晴れるのを待っていた味方の騎馬隊に、味方の騎馬が次々と飛び込んできて大混乱となる。


「何をやっている。おとなしく整列もできんのかぁ。」


ポンニウス軍の副官であり騎兵隊長のラビンススは怒鳴り声を上げながらその方向へ向かうと、視界の悪い土煙の中から突然槍が付き出されてきた。サッと身をかわして槍を弾き返してから周りをよく見ると、突然現れた熟練の槍兵によって味方の騎兵たちは次々と倒されていく。恐怖がラビンスス率いる騎馬隊を支配するのに時間はかからなかった。


戦場では突進力のある騎馬隊も、足が止まれば槍歩兵の良い的にしかならない。足の止まった騎馬兵は次々と槍の餌食となっていく。本来、馬は臆病な性格だ。突如現れた敵の喊声に驚いて暴れまわり、暴れる馬を制御できない騎兵たちはお互いにぶつかり合い混乱し、最後は戦場から散り散りに逃げていった。


「東だ。東の丘に向かえ、そこで一度態勢を立て直す。」


騎兵隊長ラビンススは混乱して収拾の付かない騎兵たちに、東にある小高い丘に集まるよう叫んで回る。

ラビンスス配下の騎馬隊の者たちは必死になって逃げる。散り散りになった騎馬隊の一部の者たちは全力で馬を走らせ小高い丘に向かっていったが、ほとんどの者たちにラビンススの声は届いていなかった。


ラビンススを襲ったガラムスの槍部隊は、ラビンススの騎馬隊を蹴散らすと、そのまままっすぐに進み、敵歩兵軍の側面を襲い始める。本来の作戦なら、ラビンススの騎馬隊がガラムス軍の歩兵軍を側面と後方から突いて包囲挟撃するはずだった。


ポンニウス軍の騎馬隊は散り散りになって逃げたが、そのうちの一部はラビンススとともに小高い丘の上に到着する。小高い丘への退却を命じたのは、敵の側背への攻撃が失敗したため、次の行動を起こすための作戦を考える意味もあった。そこからは戦場全体が一望できた。


「ラビンスス殿。味方は囲まれつつあります。今すぐ再突撃しなければ崩壊するのは目に見えています。」


「ラビンスス殿。」

「ラビンスス殿。」


ラビンススに付いて小高い丘に集まったのは千騎ほどであろうか。貴族である騎馬兵たちは混乱して逃げたのを恥じ入り再突入するよう進言する。


「自分の乗っている馬を見よ。すぐには無理なのだ。」


全力で丘を駆け上がったため、馬たちはゼーゼー息をしていた。中には到着と同時に倒れ込む馬もいる。馬は全力で走らせれば早いが30分と持たず、すぐにバテて倒れてしまうのだ。


「恐らく、ここから馬を捨てて急いで急行しても、戦況を覆すことは不可能であろう。間に合ったとしても、ここにいる千騎程度の兵では押し返されるだけだ。」


「しかし、向かわない手はありません。」


騎乗している兵たちは馬を降り始める。だが、重い鎧を着ているため転んで立てなくなる者も続出していた。その様子を見るだけでも、鉄の鎧を着た兵を乗せて全力で走っていた馬の負担がかなり大きかったのがわかる。


兵たちが武器を持って突撃の準備をしている間に戦場の様相は一変していた。

ポンニウス軍の歩兵軍の半数が散り散りに逃げ始め、逃げた兵の一部が後方の本体に突っ込んでいるため陣形が酷く乱れていた。


そこに蹴散らしたはずのガラムス軍の騎馬隊が攻撃を仕掛ける。さらに逃げ遅れた多くの兵たちは、槍歩兵のガラムス軍に囲まれ一方的に攻撃を受けている。こうなると、いくら数が多くても反撃の手段はない。ガラムス軍の一方的な虐殺が始まっていた。


「まさか、これほどの大敗を期すとは・・・。」


ラビンススたちは小高い丘から呆然としてその様子を見ていた。


☆ ☆ ☆ 完全なる勝利


ラビンスス率いる騎馬隊が動き出したとき、後方の本陣で様子を見ていたポンニウスは勝利を確信した。


「よし、完全なる勝利だ。どうなることかと思ったが、新兵を壁として使ったのは正解だったな。」


寄せ集めとはいえ8万の歩兵部隊で壁を作って敵の本体を足止めさせ、余剰戦力の騎馬隊1万で後背を突いて包囲殲滅する。敵の兵力は4万にも満たない数であり、これで勝てないわけがない。それこそがポンニウスの考えに考え抜いた作戦だった。


数が多いとはいえ、新兵だらけの大軍では複雑な作戦どころかまとまった前進さえままならない。隊列が乱れれば歴戦の古参兵を率いるガラムスに、良いように翻弄されるのは目に見えていた。そのため前進はさせずにその場に踏みとどまるように指示していた。


「それにしても土煙が酷いですね。戦況がまるで見えない。」


ポンニウスの側近が呟く。


「フフフ、慣れればどうということもない。戦場からの喊声、ときおり見える連帯旗と戦場の様子、なにより古参兵たちの動きを見ていれば状況はわかるものだ。」


「そういうものですか、でも、敵の数が思ったより少ないようにも思えますが。」


「昨日の砦への攻撃で怪我人が多く出たのだろうな。物資が略奪されたのには肝が冷えたが、相当な無理をしたのだろう。」


「そういうことですか。それなら、これに勝てば略奪された物資を奪い返すことができますね。」


「これで今まで通りの平和が訪れることだろう。」


側近の貴族たちにとって、今回の戦は落ちている勝ち戦を拾って帰るぐらいの気持ちでいた。

そしてポンニウス自身も勘違いをしていた。


突撃能力が高いとはいえ、遊牧民ほどの騎乗能力のない騎馬武者貴族たちの脆弱さ。戦場から戦場を渡り歩いてきたガラムスの戦場での対応力。新兵と古参兵の強さの違い。そしてなによりも貴族たちの変わり身の早さを。


しばらくすると戦場で起こりつつある異変に気付く。左翼から迂回して突撃していったはずのラビンスス率いる騎馬隊が、土煙の中から散り散りに現れ逃げ始めているのだ。


「いったい何が起こっている。まさかガラムス軍には増援部隊が控えていたのか。」


ポンニウスは真っ白になりつつある頭をフル回転させようと頭を振る。


「いえ、そのような報告はありませんし、戦場にもそのような存在は確認されていません。それに、敵の増援部隊の到着は早くても数日先です。」


ポンニウスが混乱していると、戦場に変化が現れた。


土煙の中から現れた槍を持った歩兵部隊が、ポンニウス軍の側面に突撃していく。盾と剣を持たせた歩兵にファランクス(密集体形)を組ませれば前方への攻撃には強くなるが、側方や後背からの攻撃にはほぼ無防備となる。

そうなったとき、本来ならば後方の数列の部隊が側方に回って防ぐべきだが、新兵たちにそのような動きは不可能だ。


ポンニウス軍の前線は膠着状態、右側は大河、左からは敵の古参兵を中心とした槍部隊が穂先を揃えて突撃してくる。こうなるといくら数が多くても勝つことはおぼつかない。だからと行って退却を命じることもできない。それは負けが確定するだけでなく、自分も含めた貴族たちの死を意味する。


・・・どうする。何もかも手遅れだ。


ポンニウスは何も考えられなくなって呆然としていた。


「味方は押されています。何かご指示を。すぐに伝令を送ります。」


・・・そうだ。このまま、このまま日が暮れれば引き分けとなる。


ポンニウスは祈るように天を見上げる。

しかし、まだ陽は高く、どこまでも澄み切った青空の先は吸い込まれそうなほど続いている。暗闇がこの戦いに幕を引くまでの時間が永遠に来ないことを思うと、ポンニウスは絶望感に陥った。


しばらくすると味方の右翼部隊が支えきれずに崩壊を始める。逃げ出した味方の兵たちが本営に向かって走り出してきた。本営付近にいた有力貴族たちは慌てて撤退の準備を始める。と同時に、どこからともなく現れた騎馬の部隊がこちらに向かってきた。


「敵の騎馬部隊です。味方の逃走兵に混じって突っ込んできます。」


守衛の一人が叫ぶ。


「撤退だ。私の馬を連れてこい。とにかく逃げるぞ。」


〇 〇 〇


若き日のポンニウスは常に戦場にいた。属州総督が決められた以上の税を無慈悲に徴収するせいでラーマ国内での反乱は頻発。そのたびに属州で起こる反乱を鎮圧し、盗賊団や海賊団とも戦い、ラーマに敵対する隣国を滅ぼしてラーマの支配地に組み入れていった。


ポンニウスは多くの勝利と副産物である多くの略奪品をラーマにもたらした。それに対して元老院は5日間に渡る盛大な凱旋式を行い、期限付きの最高司令官の地位も用意した。

ラーマの者なら誰もが夢見る「名声を得たい」という自尊心に報い労った。さらに数年後には、豊かな属州であるベルベル属州総督の地位を与えられた。


多くの貴族たちの嫉妬による反感も多かったが、政治的に何の主張もしないポンニウスは有力貴族たちには都合がよく、自然に貴族たちの犬として取り込まれていった。

その後、ポンニウスは何不自由のない生活に満足していた。


しかし、妻やその一族はさらなる野心を巡らせ、ポンニウスをラーマの王にしようと画策していた。水面下では、頭角を現してきたガラムスを独裁者呼ばわりして、貴族たちを味方に付けてポンニウス一族の傘下に組み入れていった。


ガラムスとの戦いに勝てば、ポンニウスが独裁者として君臨できるだけの貴族たちの支持は得ていた。抵抗する貴族が出てきても粛正すれば良いだけだ。


だが、負けた。すべてにおいて有利だった。過去何度も戦い、戦いに負けるということを知らなかった。ポンニウスにとって今回の戦いは初めての敗戦だった。


「ここまでくれば追手もすぐには追いつけまい。」


ポンニウスは全力で逃げた。必死に馬を走らせたため馬は途中で潰れた。近くの町に寄って町の長に会って兵を集めるよう指示するが、敗軍の将の募兵に応じる者はなく町を追い出されてしまった。


「この後はどうしますか。」

数が減った側近の一人がポンニウスを気遣うように話しかける。


「パンテ王国に向かう。」

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