インペラトル---凱旋将軍のたどる道---

白山天狗

第1話 執政官への道のり

『インペラトル』それは、外敵を打ち破りラーマを危機から守って凱旋将軍となった者に与えられる称号。

古代ラーマ社会に住む人たちの夢であり憧れでもある。しかし、その道のりは大変険しい。

今回は、ガラムス・フォビウスという凱旋将軍になった一人の男の半生を書き綴った物語となります。


プロローグ

王政ラーマから、独裁者を忌み嫌うラーマ共和政に移行したのは5百年程前。と言っても三権分立のような制度ではなく、有力者たちが元老院に集まって国の代表を決める合議制のような制度だった。

35歳になるガラムス・フォビウスは数ある政務官の一つである財務官の官職についていた。

財務官は平時の実質的な最高官である執政官に次ぐ命令権を有していた。ガラムスは若い頃からの軍事面での活躍を評価され、内乱討伐や外敵である蛮族との戦争のたびに、指揮官や参謀として従軍してきていた。


「ガラムスよ、また薄くなった頭を気にしているのか。だが安心しろ。そんなことを考えている暇などないぐらいに忙しくなる。」


「なんだ、また内乱か。税は1割と法で決められているのに5割もむしり取れば反乱だって起きるだろう。責任者が属州民共に討ち取られるまで放って置け。」


ガラムスは関わりたくないという態度で言い放つ。


「いや、今回は5割ではない。8割だったようだ。」


最高政務官である執政官の地位を持つ60歳のポンニウスは渋い顔で呟く。


「・・・私にいい考えがある。税の徴収権を持っている属州総督の首を落とせば簡単に収まるぞ。」


ガラムスは冗談めかして言い放つ。


「迂闊なことを言うものではない。反逆罪として訴えられるぞ。」


真面目なポンニウスはガラムスの過激な言動を抑えるように言う。


「ハァー、半分以上は本気なのだがな。」


ガラムスは薄くなってハゲかけている頭に手を当ててため息を吐く。

本来なら執政官は二人いて、2人の執政官が相談して決める事柄ではあるが、優秀な執政官が一人いると、もう一人の並みの執政官は元老院での仕事がなくなり、自宅に引きこもって元老院に顔を出さなくなる。

ポンニウスにとってガラムスとは、多少は傲慢な性格が目につくことはあるが、頼りがいのある優秀な部下なのだ。


「仕方がない、お主の主張する土地改革法案を元老院で提議する許可は出そう。だが、貴族たちの土地を奪うような法案が黙って通るとは考えるなよ。」


人権の無い世界において、利権者の利益を損ねる行為は死を招く。ましてや、ポンニウスやガラムスのような新興貴族がそんな提案をすれば刺客が送られてくるのは間違いない。

一部の有力貴族たちがラーマ共和国のほとんどの土地を所有している状態を考えれば、土地改革法が必要なことはよくわかる。だが、それを行動に移そうと考えている時点で死を意味している。

・・・この男は何を考えているのやら。

ポンニウスにはガラムスの心境を計りかねていた。


〇 〇 〇

数日後、討伐軍が編成され内乱の鎮圧に向かう。


ラーマ市民にとって、属州民の反乱は家畜に反抗されるようなものだ。

反乱が鎮圧された後の戦後処理は過酷を極め、捕らえられた首謀者は次々と処刑される。

見せしめのため、反乱勢力の中心地となった町はラーマ軍の略奪の対象となった。町に入ったラーマ兵たちはすべての家に押し入って金目の物をすべて奪いつくす。その後、町の住民たちは問答無用ですべて捕らえられた。元気そうな者は兵士たちの奴隷となり、残された者は奴隷商人に引き取られていった。

こうして廃墟となる村や町は珍しくはない。これが弱肉強食世界の現実なのだ。


反乱を鎮圧したポンニウスたちが奴隷や戦利品を持って首都ポロネースに帰還すると、市民たちから大歓声で迎えられた。その後、内乱を鎮圧した功績により一日の凱旋式が行われた。


凱旋式では、馬車に乗せた戦利品を捕らえた奴隷たちに引かせ、市民たちの大歓声を受ける中で兵士たちが続いて行進する。神殿に着くとユピテル神のために2頭の雄牛を生贄とし、ユピテル像の足元に勝利の印を置き、その勝利を元老院、ラーマ市民およびラーマの神々に捧げることになる。


最高司令官であったポンニウスは、王位の象徴である月桂樹の冠をかぶり、金糸で刺繍した紫色のトガを着用して、白馬に引かれた4頭立てのチャリオットに乗ってゆっくりと行進していった。

その後、勝利を記念して新たな凱旋門が立てられた。ラーマには戦勝記念の凱旋門が数多く存在している。


ラーマの市民たちにとって、凱旋式で市民たちの歓声を浴びながら行進することは憧れであり、これは貴族とて例外ではない。凱旋将軍として名を残せば、他の有力貴族たちから一目おかれる上、属州総督などの利権にも関与しやすくなる。

娯楽と情報が少ない古代において、凱旋将軍とはラーマ人なら誰もが憧れる歴史的な成功者の意味を持っていた。


☆ ☆ ☆ 執政官選挙


その日、ラーマ共和国の首都・ボロネスの中央広場では、軍事と行政の最高指導者である執政官選挙が市民会によっておこなわれていた。立候補は元老院の承認を得て、市民会で選挙が行われ、その結果を元老院が承認するというものだ。


執政官の任期は無報酬で一年。

だが、執政官を経験すれば税の徴収権限のある属州総督への道が開かれ、属州民から自由に容赦なく税を搾り取れる属州総督を三年続ければ大富豪となれる。そして、財産があれば与えられた軍を私兵同然に扱うことができ、内乱の一つでも鎮圧すれば凱旋将軍として称えられる。


これこそが市民の誰もが夢見るラーマンドリームだ。当然、すべての者がなれるわけではない。子供の頃から勉学に励んで弁論術を学び、肉体を鍛え、交友を広げ、選挙で勝つため名をあげるための自腹の公共事業も積極的にこなし、巨額な借金を抱えても挫けない精神力を持つ者だけが辿り着ける特別な場所なのだ。


選挙の争点は、昨年から北方のボロンカス遊牧部族がラーマの土地に侵入して村や町を略奪するため、元老院では誰を討伐軍の大将にするか難しい判断が迫られていた。

軍経験の多い者たちの間では、北方の騎馬民族は強兵で知られ、歴戦の将軍たちも尻込みしていた。

そんな中、体格が良く武勇に秀でるガラムスは元老院議員たちに猛烈にアピールし、執政官に立候補できる40歳という年齢を下回った35歳での立候補が認められた。


「フン、若造のお前に何ができる。」


対抗馬に立ったのは体格が貧相な55歳のベテラン元老院議員だった。この初老の男は、行政手腕こそ確かなものの軍事経験には乏しい。それどころか、過去に兵士として参加した戦いでは、戦闘開始と同時に一目散に逃げ出したため卑怯者のレッテルが張られていた。


「今回の戦いでは負けることは許されないのだ。兵士を捨てて自分だけ逃げ帰るような者に執政官は任せられない。今、蛮族共に鉄槌を下し力でねじ伏せられるのは、武勇に秀でた私だけなのだ。私に任せてもらえれば、蛮族など簡単に退治し追い払ってくれよう。」


ガラムスは、演説をしているうちに自分の言葉に酔いしれていく。危ないやつと思われるかもしれないが、そのぐらいでなくては演説にはならない。

聞いている聴衆も、そのぐらい威勢の良い者でないと支持する気はならない。


「いいぞー、ラーマから蛮族を追い払ってくれー。」


「俺たちは付いていくぞー。」


ガラムスは腰の鞘から抜いた剣を天に向かって高く掲げ、自慢の肉体美を見せびらかすように体全体で応じる。


・・・最高の気分だ。


聴衆の歓声を一身に受けて悦に浸っているガラムスを見て、対抗馬の立候補者もただ黙ってはいない。


「ラーマを愚弄する気か、お前よりも強い将軍などいくらでもいる。執政官自らが兵を率いて赴く時代は終わったのだ。私が執政官となれば強き歴戦の猛者を将軍として選び、その者にすべてを委ねよう。」


結果は明白だった。力こそ正義のこの世界、自らが先頭に立って戦う意思の無い者の声を聞く聴衆はいない。強さをアピールするガラムスの絶大な人気を覆すことはできないと悟ると交渉が始まる。


「ガラムスよ提案がある。借金はすべて肩代わりしてやるからお前は降りろ。」


ラーマの選挙戦ではワイロや恫喝は当たり前、力が拮抗していた場合、血で血を洗う暴動に発展することもある。


「それを口にした時点でお前の負けだ。ラーマに不徳者はいらぬ。蛮族どもにラーマの力を見せてやるのだ。」


これまで多くの者を蹴落とし、出世街道を進んできたガラムスだったが、公共事業や賄賂などで天文学的な借金を抱えていたのは事実だった。

しかしこれは、他の多くの元老院議員にも当てはまる。『借金漬けから解放される』と、ここで怖気づいて降りる者も少なくはない。降りれば間違いなく借金が帳消しとなった上に大金を手にすることができる・・・。


だが、ガラムスはそれを即答で突っぱねた。


その一言で、選挙集会に集まった市民たちはガラムスに軍配を挙げる。

この市民会の結果は元老院に承認され、ガラムス・フォビウスは執政官に選ばれた。


平和なときには事務処理能力の高い者が選ばれ、戦時には軍の先頭に立って戦う屈強な者が選ばれる。

今回は、目下の課題であるラーマ領を荒らし回っているボロンカス部族の討伐にふさわしい者が選ばれた形となったのだ。


「ガラムス執政官。就任おめでとうございます。徴税人には我が一族をお使いくだされ。」


「35歳で執政官とは将来有望ですな。物資や兵糧のご用命なら私にお申し付けください。」


「私のところには若い娘がいます。後妻にいかがですかな。」


権力の座に就けば、目先の利権にあやかろうとする者たちが近づいてくる。陽の当たるところでは力のあるものが尊敬され敬まれるが、その裏ではうまい汁を吸おうと凡夫たちが金と利権に群がってくる。

ガラムスはそれらを適当にあしらい、すぐに次の行動に移る。


「兵を集めよ。すぐに訓練を開始する。」


ラーマでは制度的な常備軍は存在しない。そのため、戦争を始めるとわかった時点で兵士の募集を始め、その後に訓練を始める。募兵を始めると、義務感や名誉心から一族を挙げて参加する貴族から貧しい市民まで様々な者たちが集まる。と言ってもほとんどの者は略奪目当てだ。中でも一番の戦利品は奴隷だ。


命令しておけば自分の代わりに黙って働き続けてくれる奴隷たちは最高の財産であり、すばらしい戦利品となる。

人権など存在しないこの世界では、金銀などの財宝や食料より、奴隷の方が財産としての利用価値は高い。そのため、戦いに敗れた都市住民たちが丸ごと奴隷として連れていかれることも珍しくない。


しかし、今回は遊牧民との戦いだ。遊牧民たちは家族や家畜などの財産とともに移動する。遊牧民の軍隊に勝てば、その家族と財産はすべて戦利品として奪えることになる。一儲けするには格好の獲物でもあるのだ。


「募兵に応じてくれたことに感謝する。商人たちの情報によると、今回の相手は総勢十数万のボロンカス遊牧部族だ。

北方の部族からの圧迫を受けて南下してラーマに侵略し、現在は北の街カリストを包囲している。この軍を蹴散らせば戦利品は取った者勝ちだ。」


数か月の戦争行動期間中、戦うのはほんの数日に過ぎない。残りのほとんどは、行軍しているか略奪しているかのどちらかとなる。そのため、武器を持っての迅速な軍の移動のために、隊列を組んだ行軍演習が一番重視される。



一ヶ月後、首都ポロネースから討伐軍3万の5個軍団が出陣する。訓練期間は三ヶ月はほしいところだったが、早々に切り上げての出発だ。と同時に、2万人ほどの貴族たちの世話をする奴隷や、物資などを運ぶ商人や娼婦たちもついていく。


市民たちは期待に満ちた目で兵たちを見送る。自国が戦争となっても、自分の身に危険が及ばない限り一種のお祭りのようなものとなる。


「蛮族どもを蹴散らしてきてくれー。」


「戦利品を期待しているぞー。」


「ラーマに栄光あれ。」


勝てば食料や奴隷などの財産の他に、宝石や置物のような珍しい物が持ち帰られる。それだけで都市は活気に溢れ返る。


「今回はどんな物が持ち帰られるのか楽しみですな。」


「前回は農場で使う元気な使役奴隷が多かったためか、鞭打ちの請負人たちが大忙しだったようだ。」


「ああ、抵抗して言うことを聞かない奴隷を躾けるために、大量の奴隷たちが鞭打ちの請負人に預けられたらしいな。」


「俺も三人買ってみたが、『戦士が農民の真似事などできるか』と言って働こうともしないので鞭打ちの請負人に出したら、大人しくなって帰ってきたよ。自分で手を下すと後で復讐されるからなぁ。」


「金で解決できるなら、それが一番いいさ。」


「俺は、今度こそ本物の祈祷師を確保したいなぁ。」


「なんだお前、この前祈祷師を手に入れたと喜んでいただろう。」


「ああ、子供が病気になったので祈祷させたが、アッという間に天に行っちまったので祈祷師もお供させたよ。」


「高かっただろうに、もったいねぇな。・・・そういえば、トランダム王国に精霊を従え強力な魔法を使えるドルイドが現れたと噂で聞いたことがある。」


「トランダム王国なら徒歩で一年か、手に入れてみたいものだな。」


市民たちは勝ってもいない戦いの戦利品に思いを馳せる。戦利品の目玉商品は大量の奴隷だ。

ほとんどは肉体労働用の奴隷ではあるが、教育を受け読み書きができるような貴重な奴隷は重宝される。子供の教育から奴隷や土地と財産の管理、土木や鍛冶の技術者や散髪ができる者や医者のような祈祷師も貴重だ。


大陸の一角で目立って繁栄しているラーマの本質は、敵対し征服した他民族の奴隷たちの労働によって築かれていた。

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