第5話 反乱者たち

ポンニウスはベルベル属州に到着するとすぐに募兵を始める。

多くの属州総督が赴任と同時に属州民から私腹を肥やすための税を搾り取るのと同じく、ポンニウスも高い税率を掛けて取れるだけ取っていた。

税を払えない者たちは子供を売り、家族を売り、最後は自分さえも売って奴隷となる。辛うじて税を払えている者たちも貧しい暮らしを強いられていた。


「おい、兵士の募集をしているらしいぞ。」


「ちっ、何のための戦いだ、勝手にやってくれ。こっちは今日を生きるので精一杯だ。」


「それが、兵役後はラーマ市民になれるらしいぞ。」


「ラーマ市民に? ほんとうかそれ、税を払わなくて済むのか。」


属州民にとって、内戦だろうが外敵の侵入だろうが自分たちに被害が無ければどうでも良い話だ。戦争とは世間話のネタ程度の話でしかない。それが生活を苦しめる税が免除されるとなれば話は別だ。多くの属州民たちはこの話に飛び付き、老人から子供までもがポンニウスの下に殺到した。


「この勢いなら勝てる。」


ポンニウスはなりふり構わず兵を集めだした。

ポンニウスの下に今いる兵は5千ほど、それに後から来る貴族たちを加えてさらに1万。これだけでは兵隊の数はまったく足りない。その後、募兵による兵が4万ほど集まったがまだまだ足りない。


そこで、奴隷や農民だけでなく、商人や旅人まで武器を持って戦えそうな者はすべて徴兵した。なりふり構っていられなかったのだ。



一ヶ月後、反ガラムス派の貴族たちはポンニウスの治めるベルベル属州に集まり、最終的に集まった兵の数は10万を超えていた。


「金ならいくらでもある。できるだけ多くの武器と食料を集めてくれ。」


ポンニウスを頼ってきた貴族たちは金持ちが多いため少しずつ出資させて資金を集める。多少の苦情は出たが、戦いに勝てば好きな地位に着けると聞いて、皆喜んで資金を差し出した。


それから3ヶ月後、ガラムスが5万の兵を率いて侵攻しているとの一報が入ると、ベルベル属州の入り口にあたるタルトン平原の高台に砦を建設して待ち構える。


ほんとうは籠城したかったのだが、囲まれて柵を作られれば袋のネズミとなり、最終的に集めた兵15万と住民のための食料が莫大な量となるため、食料調達がやりやすい街道沿いでの野戦を選ぶことになった。


「フム、この平原で決戦となるわけですな。」


「ここなら数に物を言わせて一挙に囲い込めば大勝を得られますな。」


貴族たちが口々に勝手な事を言い始める。


「いや、ガラムス軍が食料不足となって自滅するのを待つ。」


ポンニウスは勇ましいことを言い出した貴族たちを抑えるように言葉を発する。


「何を言っている。数の力で堂々と決戦を挑むのが常道だろう。」


「ガラムスのことは、なんども戦場で轡を並べたのでよく知っている。奴は戦場では先頭に立って一番弱いところを突き崩してくる。倍の数程度では安心して戦うことはできないのだ。」


「勝つか負けるかは神の裁定に委ねられている。歳を取って臆病風に吹かれたか。」


貴族たちが貴族でいられるのは、先祖たちの偉大な功績によってその地位が成り立っている。

とはいえ、その子孫たちも功績を上げなければ没落する運命にある。そのため、財力よりも名声と勇敢な行為によって名を挙げることを最優先する。


並みの将軍同士の戦いならば数の多い方が有利ではあるが、ガラムスは戦場の混乱の中にあっても敵の弱点を見つけて突き崩し、相手の軍を敗走させてしまうことがよくあった。


対してポンニウスは相手の情報を収集しながら食料不足で相手が飢えるのを待つ事が多い。

時には食料などの集積地や輸送部隊を襲ってジワジワ追い詰めていくといった慎重な作戦を取る。

そのため、作戦会議のたびに貴族たちからは即時決戦に持ち込むようしつこく突き上げられるが、粘り強く反論して決戦を避け、相手の弱体化を狙う持久戦の方向で納得させていた。


☆ ☆ ☆ クレメンティア(寛容)


「どちらにも属していない者は味方とみなす。」


ガラムスは首都ポロネースに着くと同時に元老院に行き、どんな無理難題を突き付けられるのかと疑心暗鬼に陥って逃げ遅れた元老院議員たちを前にこう宣言した。

この目論見は成功し、話を聞いたポロネーズの市民たちからは粛正の不安が消えた。もしガラムスが粛正を考えていたら、首都ポロネーズには血の惨劇が起こっていたことだろう。


〇 〇 〇


「・・・それにしても金がない。」


ガラムスは頭を抱えていた。


執政官に就任すると同時に強引に土地改革法を成立させたが、大土地所有者などのほとんどの富裕層が金品などの財産を持ってポロネースから逃げ出してポンニウスの下に行ってしまった。それでも、ガラムスに理解を示して支援する者もいたが、あまりにも少な過ぎた。


「これでは多くの兵を連れていくことはできませんね。」


「わかっている。だが、ラーマの今後のためにもこの土地改革法だけは成功させなくてはならないのだ。」


「富裕層から土地を取り上げる、と言っても125haの優良な耕作地の所持を認めているし、さらに子供がいれば人数分の追加所持も認めています。

耕作地を持たない無産市民たちに土地を与えなければ防衛のための兵の成り手がいなくなるということがわからないわけではないはずですよね。」


「そうだ、奴らもバカではない。そんなことぐらいは良くわかっているはずだ。それなのに、ここまでなりふり構わず抵抗してくるとは思わなかったな。」


「それだけ、広大な領地を所有して楽な生活ができている現状を変えたくない、ということですか。」


「そうだ、口では財産ではなく名誉だ功績だと言ってはいるが、結局は富にしがみついているだけだ。その富を守っているのが、富を持たず毎年大量の餓死者を出している土地も持たない無産市民たちだというのにな。」


「はい、私だけではなく他の者たちも土地を持てる機会を与えていただいたことに感謝しています。」


ラーマは小さな都市国家から長い年月と何世代もかけて少しずつ領土を広げてきた。

国が小さかった頃の戦争は、早朝に兵を集めて昼には戦いを終えて日が暮れる前に帰ってくるというものであったが、領地が広くなると戦場に移動するだけでも半年以上、さらに大軍同士睨みあったまま何年も帰らないということが普通になっていた。


当時の兵士たちのほとんどは小さな農園を持つ市民であったが、国が大きくなると同時に戦地も遠くなり、何年も戦いに出ていれば自分の土地はほったらかしとなる。

大事な働き手がいなくなれば農地は荒れ、いつの間にか大土地所有の富裕層に土地を奪われたり借金の質に入れたりして貧民層に落ち、富裕層に媚びを売らなければ生きていけない貧困市民となっていた。


毎日の食料などを富裕層に依存するようになった貧困市民たちにも兵役の義務は生じる。だが、徴兵されても馬どころか武器や防具さえ用意できない者がほとんどだったため、武器を持たないまま戦場での戦いを余儀なくされた。そのため戦いになるとすぐに降伏する者も多く、周辺国からは貧乏軍団として馬鹿にされていた。


それでも強国として周辺国から恐れられていたのは、何度負けてもすぐに次の軍団が組織されるその国力にあった。


土地改革法案は、そういった貧困市民たちを救済するための制度なのだが、ほとんどの富裕層たちは自分の土地を減らすことには拒絶反応を示した。


それでは、今回のガラムスとポンニウスの戦いは、貧困市民対貴族と富裕市民の戦いかと言われればそうとも言えない。


表向きは土地改革法によって貧困市民たちの支持を集めたガラムスと、貴族や富裕市民の支持を集めたポンニウスという両英雄の対決には見えるが、ポンニウスの腹心やポンニウス派の貴族たちさえも、ガラムスの下にある程度の資産を持たせた息子や親戚などを派遣しており、どちらが勝っても負けても一族が生き残れるよう手配していた。


ガラムス対ポンニウスの戦いは、誰の目から見てもどちらが勝つかわからない天下分け目の戦いだったのだ。


☆ ☆ ☆ 古参兵


ガラムスは5万弱の兵を集めるとポンニウス派が集まるベルベル属州に向かった。


「騎兵隊は敵の索敵と情報収集に全力を傾けろ。各村への食料の買い付けは歩兵隊と奴隷たちが協力して集めさせろ。」


ガラムスは行軍中にも次々と指示を出していく。


「よろしいのでしょうか。」


「なにがだ。」


「最近の戦いでは機動力のある騎兵部隊が勝敗の優劣を決めています。」


「そうだな。」


「ただでさえ少ない騎兵部隊を戦う前から疲弊させていてはまともな作戦は取れなくなるのではないでしょうか。」


「ああ、かなり不利になるだろうな。」


「しかも相手は無敗のポンニウスです。」


「ハッハッハッ、お前は敵と対峙する前から負ける心配をしているのか。それにな、負けたら負けた時に次の策を考えればよい。そんな心配をしている暇があったら弓矢でも作っておれ。」


戦争経験の浅い若い側近たちは決戦で負けたら終わりだと考える。だが、ガラムスは何度も負け戦を経験しているので、戦いが一度で終わるとは考えていない。

そして、それは連れてきた5万のうち、半数を占める古参兵たちも同じ考えだった。


「今回はガラムス殿が大将だからなぁ。何回負けるか掛けねぇか。」

「アッハッハッハッ、俺は二回だと思うな。」


「よーし、俺は三回に掛けよう。」


「十回はどうだ。前代未聞ってヤツだ。」


「そんなに戦ってられるかよ。敵味方関係なくみんな逃げちまうわ。」


「ゾンビにでもならねぇと無理だな。」


戦場経験の多い古参兵たちが冗談まじりに話をしている中、緊張している新兵たちが黙って話を聞いている。そんな中ガラムスがニヤニヤしながらヌッと現れる。


「お前たち、私がいつも負けいるかのような話しぶりだな。これでも半分以上は勝っているし、負け戦が多い割にはしっかり生き残っているぞ。」


ドヤ顔で話しかけるガラムスはなぜか誇らしそうだ。


「そうなんだよな、負けた時でも味方の被害がほとんどなくて相手の被害が大きかったりするしな。」


古参兵の一人が腕組みしてシミジミと語りだす。


「ああ何度かあったなー。簡単に突破できると言われて突撃したのはいいが、あっさり押し返されて必死に逃げた記憶なら何度かある。いやー、あのときはほんと必死に逃げたよ。」


それを聞いていた古参兵たちの笑い声が聞こえてくる。


「ムッ、そんなこともあったが、それは作戦失敗というヤツだサッサと忘れるんだな。それにしても、お前たちもそんな状態でしぶとく生き残ってきたものだな。」


ガラムスは笑みを浮かべながら出されたワインを口に含む。


負けた戦いは何度もある。しかし、負けたと見せかけて相手を混乱させたり隙を作ったりして次の勝ち戦の布石を打っていくガラムスのやり方を、古参兵たちはよく知っていた。


「で、何か仕掛けるので?」


「いや、まずは食料の奪い合いだ。長期戦になると噂を流しておいてくれ。」


「食料のねぇ・・・。」


「もう一つ、食料の確保ができなければ、強固な砦への突撃という強引な短期決戦を挑まなければならなくなる。」


「おいおい、それは笑えねぇ話だな。」


「ま、それもお前たちの働き次第だがな。」


古参兵たちがニヤニヤしながら話を聞いている。ガラムスがなにか作戦を考えていることを察して、今回はどんな策を取るのかと期待を膨らませているのだ。


戦経験の長い古参兵たちは情報戦の大事さをよく知っていた。


「よし、まずは長期戦に備えて敵の食料を奪うってことでいいんだな。」


「そうだ。」


ガラムスが真顔で返事をするのを見て古参兵たちの顔つきが変わる。新兵たちも空気が変わったことは察する。戦いはすでに始まっているのだ。

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