第9話 殺戮事件

ポンニウスの首を手土産にラーマ共和国と対等の関係を築こうとしたパンテ王国のマンテラス王は、ガラムスの下に向かった使者たちが罵倒されて帰ってきたのを見て狼狽していた。


「まずいことになった。いったいどうすればよかったのだ。」


頭を抱えるマンテラス王に重臣の一人が囁く。


「こうなったら覚悟を決めてラーマと戦うしかありますまい。」


「ほほう、とうとう我が軍団の出番ですか、見事撃退してご覧にいれましょう。」


「そんな簡単な相手ではないわ。お前たちは何も知らんのだ。」


数十年前の相続争いの中、ラーマ軍の力を借りて兄ハントトムとほとんどの重臣たちを亡き者にしていた。そのとき、国を担う重要な者たちも一緒に粛正してしまったために、まともに外交交渉できる者さえおらず、一部のラーマ貴族たちの小遣い稼ぎの属国となり果てていた。

今いるマンテラス国王を支える重臣たちは、交易で儲けた財産の力でのし上がったご機嫌取りの名人ばかりであった。


「そうですな。ならばラーマの脅威を訴えて、周辺の騎馬民族たちを傭兵として雇えば簡単に追い返せましょう。」


「なるほど、軍備を整えた精強なわが軍だけではなく、機動力の高い騎馬兵を使おうというのですな。それなら負けることはありますまい。」


年がら年中戦っているラーマの軍隊は強いだけではなく、その指導者たちは外交や調略なども普通にやってのけ、その人材の層も厚く、一軍が倒され将軍を討ち取ったとしてもすぐに次の将軍と軍団が派遣されてくる。トップの王が討ち取られれば国が瓦解する王国とはわけが違うのだ。


「少し考えさせてくれ。」


今まで通りニコニコしながら貢物を送り続けるか、周辺国に呼びかけて連合を組んでラーマとことを構えるか、マンテラス王はすぐには決められなかった。

その日は一旦解散して、また明日に協議をするということになった。マンテラス王が自室に引きこもって悶々としている間に、都市で取り返しのつかない事件が起きていた。



「殺せー。」


「金に汚いラーマ人など皆殺しにしろー。」


パンテ王国の王都デュルスの貴族や軍人が先導して、街にいるラーマの商人や旅人だけでなく、パンテ王国から税の取り立てを請け負っていた騎士階級の徴税官やラーマ本国から派遣されていた千人ほどのラーマの駐屯兵が次々と襲われ殺害されていった。


翌日、報告を聞いたマンテラス王は言葉を失った。宮殿の謁見場には、多くの貴族たちが集まっていた。


「さあ王よ、ラーマとの戦端は開かれました。宣言してくだされ。」


「王よ、周辺部族や各国に使者を送り、横暴なラーマ人たちを討伐するための軍の招集を呼びかけましょう。」


「パンテ王国はラーマと縁を切って独立するのだ。」


「王よ。」

「王よ。」


集まった者たちは口々に勇ましいことを言いながらマンテラス王を担ぎ上げ始めていた。勝てば英雄、負ければ王は惨殺される。それが王の義務であり、その義務を果たすことこそが王たる資格を有する。


「わかった、軍事会議を開く。主だった者たちを集めよ。」


マンテラス王はやっとのことで言葉を絞りだした。


・・・こいつら国力差がわからんのか、勝てるわけがない。だが、こうなっては止む無しか。


ここで降伏を口にすれば、怒り狂った貴族たちに惨殺されるのは目に見えていた。敵からも味方からさえも、マンテラス王に逃げ道は無かった。


☆ ☆ ☆ 略奪


季節は冬になっていた。ガラムスは5万のうち1万の軍を率いてパンテ王国領内の高台に砦を築く。


「まずは食料を抑えるのだ。素直に応じなかった村や町は好きなように略奪して良い。」


それを聞いた軍団兵たちの士気は最高潮に達した。略奪した分は自分のものにして良いという決まりがあるのだ。

その日から、兵たちは毎日交代で近くの村や町に繰り出して戦利品を持ち帰ってくるようになった。いつの間にか、砦の近くには商人たちが簡易小屋を建て、軽食屋や売春宿、奴隷売買所などを設営していた。


「今日はこの町を襲うのか。」


「いやまてまて、毎回毎回殺戮などしたくはないだろう。ここは使者を送って食料と財産の半分を差し出すよう要求してみよう。」


軍団長サリリウスの提案で、2千人ほどの軍で町を取り囲んでから使者を送る。交渉を終えた使者たちはうれしそうな顔で帰ってきた。使者が見た交易路上にある町並みは、とても裕福そうに見えたようだ。


「交渉は決裂しましたが、町は予想以上に栄えており、かなりの財産が期待できます。」


「やれやれ、大人しく交渉に応じておれば略奪されることもあるまいに、何を考えているのだか。」


軍団長サリリウスは面倒なことになったと渋い顔をするが、兵たちは交渉の決裂を喜んでいた。略奪の大義名分が出そろったのだ。


軍団兵たちは早速総攻撃を開始した。

城郭に守られている町を本気で攻めてくるとは思っていなかった町はアッと言う間に陥落し、抵抗する者たちは殺され、降伏したものの内、若者や頑強そうな体を持つ者たちは縄をかけられ捕縛された。町には抵抗できない老人や子供を残してすべて奪われ、捕縛された者たちには奴隷としての運命が待っていた。


☆ ☆ ☆ 情報


「他の町の同胞も殺害されているのか。」


ガラムスはパンテ王国の街などから逃げ伸びてきた商人などから王国の情報を集めていた。


「はい、最初は王都だけでしたが、次第に他の街にも広がって何人かの者たちが捕らえられました。逃げる途中でも付近の農民たちから何度も襲撃されて多くの者が命を落としております。生きた心地もしませんでした。」


「そうか、よく逃げ延びてきたものだ。ゆっくり休んでくれ。」


ガラムスは逃げてきたラーマ人たちを幕舎に迎え、次々と話を聞いていく。車などの移動手段がなくても旅人は意外と多い。

情報は強力な武器となる。砦の近くを通る者を招いては話を聞いていく。

中には敵であるパンテ王国の商人などもいるが、彼らの多くは王国に対する忠誠心などなく、友好的に迎え入れれば気持ちよく情報をくれた。

一つの民族共同体の一員という意識はないのだ。


〇 〇 〇


季節が温かくなり始めた初春。ガラムスは後方に待機させていた4万ほどの軍を動かして侵攻を開始する。まずは食料などの確保だ。先発隊とは別のルートで進軍させながら村や町などから食料などを徴発していく。

「逆らったら遠慮なく略奪せよ」と指示を出していたが、周辺の村や町では「差し出さなければ略奪される」という話が伝わっていたため、どの村や町でも言われるがままに物資を提供してくれた。


「それにしても、どの町もずいぶんと協力的だな。」


「おかげでひもじい思いをしなくて済むのだ。感謝しておけよ。」


「なんか張り合いねぇなぁ。」


「交渉に行った使者の話じゃあ、できる限りの協力はするから略奪だけはやめてくれって泣きつかれたらしいぞ。」


「ああそういうことか。物分かりが良くて助かるな。」


「俺は略奪が楽しみで募兵に参加したんだが、これじゃあ面白くねぇな。」


「安心しろ。パンテ王国の首都デュルスでは思いっきりやれるそうだ。」


「それは楽しみだ。」


ほとんどの兵たちにとって戦争の目的は生きるための出稼ぎのようなものであり、その延長に略奪という楽しみが存在する。

兵士たちの略奪への欲望と、ガラムスのような立場の者同士の大儀がうまく嚙み合って強い軍隊となる。ラーマが数百年も大国として君臨できてきたのも、このシステムがうまく機能しているからかもしれない。


だが、本当のところはどうであろうか。ただの偶然かもしれないがそれは誰にもわからない。


☆ ☆ ☆ 敗残兵たちとラビンスス


季節は温かくなり草原に新芽の青葉が出始めた頃、王都デュルスから30kmほど離れた草原地帯では、多くの兵士たちが二手にわかれて対峙していた。

パンテ王国の幕舎内には主だった将たちが集まっていた。


「おい、斥候の報告はまだか。」


眉間に皺を寄せたマンテラス王は苛立ちを隠そうともせず怒鳴り散らす。


「まぁまぁ、落ち着いてください。それでは兵たちの士気に影響が出ます。」


斜め隣に座っていた騎士隊長も兼任するポラル軍務官がなだめるように語りかける。


「そうですぞ、こちらの数的有利は間違いなく、そんな状態でラーマ軍が先に仕掛けてくるなどありえぬこと。慎重なのは良いことだが心配し過ぎですぞ。」


やや歳を取ってはいるが、頑強な体格をしたキアンテ副軍務官も落ち着いて言葉をかける。

両者とも武勇にすぐれ、ポラル軍務官に関しては知将として知られ、マンテラス統治下では他部族の侵略を何度も撃退している有能な武官だ。


「ラーマ軍の手強さは噂で知っておるだろう。何か対策はがあるのだろうな。」


本来なら、大人しく籠城するところだが、交易の中継地として栄えている王都デュルスでは大量の食料の確保が難しく、のんびり籠城戦をしている余裕はない。


「はい、我が国の重装歩兵を中心とした5万と、先のラーマの内戦の敗残兵5千、ラーマの南部の遊牧部族の傭兵部隊2万ほどの騎馬部隊です。」


「ラーマの敗残兵を率いる者はラビンスス将軍だったかな。」


「先のラーマ内戦のおり、ガラムスに敵対した総大将ポンニウスが庇護者だったと聞いています。」


「復讐戦というわけか。」


「さしずめ、旗下の兵たちは敵の独裁官ガラムスの敵対者か、借金まみれで帰れなくなった者たちだろうが・・・山賊になって暴れられるよりはマシか。」


集まった将たちがざわめきだすとラビンススが幕舎に入ってくる。


「おお、来たか。」


ポラル軍務官が集まった指揮官たちに、ポンニウスと共にガラムスと戦った騎兵隊長のラビンススを紹介する。


「私は、過去何度もガラムスの下で戦場を戦い抜き窮地を乗り越えてきた。」


「それならばなぜ敵対しているのだ。」


「ポンニウス家の庇護下にあったからだ。不利とわかっていても庇護してくれていた家に付くのは当然だ。」


「そのポンニウス家はガラムスに許されたと聞く、さらにポンニウスを処刑したのは我が国だ。なぜこちらに味方するのだ。」


ガラムスは内戦で敵対した貴族たちを許していた。と言っても大規模な土地の接収はあったが、ほとんどすべてを貧しいラーマ市民たちのために分け与えており、大多数の貴族たちもそれに従っていた。ラビンススも素直にラーマに帰れば普通の生活に戻れるのだ。


「お疑いはごもっとも。我らはラーマでは独裁者を許さないという共和政の理念のために動いているのだ。そして我らは独裁者を討つという大儀を掲げ、ガラムスと正々堂々と戦って雌雄を決っしたいのだ。」


共和政と言っても捉え方は様々だ。ラーマ市民たちから見れば市民たちに選ばれた選挙制度。その貴族たちからすれば、戦って奪い合うより平和的に完結する方法。

パンテ王国から見れば、たくさんの力を持った王がいるラーマ共和国内で、一年任期の交代制で王の代表を選んでいるように見える。


パンテ王国の指揮官たちには、ラビンススが言っている言葉の意味が理解できず沈黙する。


・・・チッ、共和政の理念もわからぬ蛮族どもめ。


他国の指揮官たちから見れば「共和制の理念で戦っている」と言われるよりは「内戦で敵対している敵と戦っている」と言われた方がわかりやすい。そもそも、正々堂々というのなら本人同士で戦えばいいだけだが、所詮は己が生き残るための詭弁でしかない。


「まぁ、共に戦ってくれる味方だと考えればいい。」


ポラル軍務官がわかりやすく説明する。


「フン、要はただの敗残兵ではないか。いざとなったら逃げないという保証はあるのか。」


指揮官たちも、一緒に戦うのなら共に戦列を並べる者たちが裏切らないという納得できる言葉を欲していた。ここでラビンススが怒ったような素振りを見せれば敗残兵共々皆殺しにされてしまう。


「まずはガラムスの首を取るのが先決だ。ラーマも戦が続いていたため、あの軍団を破れば次の軍を組織するまでに時間がかかる。その間に他の派閥に働きかけて、すべての責任をガラムスに押し付ければいい。」


ラビンススは冷静に説得する。できれば全軍の指揮権を得てガラムスの軍団と対峙したかったが、余所者のラビンススには叶わぬ夢だと悟る。

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