第8話 パンテ王国

隣国パンテ王国は、20年程前にポンニウスが後継者争いの混乱に乗じて、扱いやすい弟のマンテラスを擁立して戦った。

当時、王が病気で亡くなると5人の子が後継者として名乗りを上げた。最初の内は集まって話し合いをしていたが、1ヶ月で話し合いは打ち切られた。話し合いをしても何の進展もなかったのだ。


そのうちに、3番目と4番目の子が2人続けて毒殺され、5人目の子は暗殺された。最後に残った2人の内、重臣たちの支持を受けていたのは兄のハントトムだ。


「このままではいつか殺されるのは目に見えている。」


弟のマンテラスはラーマ共和国に助けを求めた。

当時、ラーマの執政官であったポンニウスは、弟マンテラスを支援するため軍を率いてパンテ王国に乗り込む。兄のハントトム軍は王都デュルスで籠城したが、内通者によって門が開け放たれ、アッという間に王都は陥落。兄ハントトムと王国を支えていた重臣たちをすべて粛正した。


だが、ラーマ軍の怖さはこの後だ。王都はラーマ軍の略奪の対象となった。王都内にあるすべての建物にはラーマ兵が押しかけ金目のものは奪われ、体格の良い若い者たちは男女を問わず奴隷として連れていかれた。


それでも弟マンテラスはラーマ共和国に大いに感謝し、王して君臨し続ける限り毎年貢物を送ることを誓って、毎年春先に大量の食料や鉱物資源を送っていた。その貢物の多くは、ポンニウス派の者たちが独占して受け取っていた。

しかし、時は人の心を変える。復興がゆっくり進み贅沢を覚えたマンテラスにとって、毎年の貢物は重荷になっていた。


〇 〇 〇


「浮かない顔をしておられるようですな。」


重臣の一人がマンテラス王に話しかける。


「まぁな、ポンニウス殿には今でも感謝はしているが、これが原因でラーマと戦争になるようような事態は避けたいのだ。」


マンテラス王はため息とともに心中を吐露する。


「変化は急激に訪れるものです。」


「変化か・・・。そちはどう考える。」


目先の利益に目が眩んでいる優柔不断のマンテラス王は、敗軍の将となったポンニウスを助けて軍を派遣するか、ポンニウスを捕らえてガラムスの傘下に入るか迷っていた。


「私でしたら、資金も物資も兵の数さえも圧倒的に優勢だったポンニウス将軍を打ち破ったガラムス殿に少しでも恩を売って、貢物を廃止する方向に持っていくことを考えます。」


「裏切れというのか。」


「20年前、王都デュルスはラーマ軍の略奪され、多くの若たちが奴隷として連れ去られました。この国でそれを知らないのは幼い子供ぐらいです。」


「そうだな、負けたら。また略奪されるだけか・・・。」


マンテラス王は立ち上がると近衛軍の将軍を呼び出し、ポンニウスを殺害し、その首をガラムスに送り届けるよう指示した。


☆ ☆ ☆ 敗軍の将


ポンニウスは供回り十数名とともに、妻とその一族を避難させていたパンテ王国の王都デュルスに向かった。途中、盗賊に襲われたり、少数部族の支配地域の通行を拒否されたため遠回りをしたりしながら、やっとのことで王都デュルスに避難させていた妻フルスミナの元に到着した。


「負けたのですね。」


聡明なポンニウスの妻フルスミナはその姿を見ただけですべてを理解した。


「大丈夫だ、命がある限り負けはしない。これからマンテラス王と会って兵を借り再起するつもりだ。」


ポンニウスは力なく答える。


「この国の王の話で良い噂は聞きません。それより南東にある裕福なトリシア王国を頼るのはいかがでしょうか。時が経って冷静になれば交渉の余地もありましょう。トリシアの商人に伝手もありますし、彼らも重要な地位にいた交易の相手国の者を無碍にはしないでしょう。」


一族を上げてポンニウスをラーマの王にしようと画策していたフルスミナも、今回の惨敗で考え方を変えたようだ。

しかし、未だ有力貴族たちに頼られていると錯覚しているポンニウスは諦めきれなかった。


「いや、一度負けたぐらいで逃亡を計るのは早計というものだ。もしガラムスなら、ここからでも再起してさらに圧倒的な力を持って立ち上がるだろう。しばらくすれば有力貴族たちもこの国に集まって来る。まだ完全に負けたわけではないのだ。」


ポンニウスは自分に言い聞かせるように話す。


フルスミナはその異変に気づき、しつこくトリシア王国に行くよう説得を繰り返した。内乱で大敗し他国へと一目散に逃げた将軍に付いてくる貴族などほとんどいない。有力貴族出身のフルスミナには、そのことがよくわかっていた。


だが数日後に、ポンニウスの到着を知ったパンテ王国の近衛兵たちは、ポンニウスを王宮に誘い出して殺害した。大国ラーマの英雄として名をはせた者にしては呆気ない最後だった。


☆ ☆ ☆ 戦後処理


決戦で負けと見るや真っ先に逃げ出した貴族たちに、ガラムスは追撃部隊を編成して追いかけた。戦いの元凶は大将のポンニウスではなく有力貴族たちである。

このまま帝都ポロネースに逃がすと再び反乱の狼煙を上げるのは目に見えていたからだ。

貴族たちは必死に逃げたが、わすが十数キロほどで囲まれ捕まった。貴族たちは必死に懇願して許しを請うた。


ガラムスはその貴族たちのすべてを許し、クレメンティア(すべてを受け入れる寛容さ)を示した。

捕らえた捕虜の中には、ガラムスの甥であるブルタコスも混じっていた。


「なぜ私の親族であるお前が敵側にいるのだ。」


ガラムスはブルタコスに問いかける。


「内乱の大儀はポンニウス殿にあったはずです。なのになぜ貴方が勝ったのですか。」


ブルタコスは自分の考えこそが正しいと微塵も信じて疑わず、ガラムスを非難するように見据える。


「お前の言う大儀とは誰の決めた大儀だ。弱者は強者の志に引きずられていく。お前は誰の大儀に呑み込まれた。」


・・・私が弱者だというのか。


まだ若いブルタコスは頭ごなしに弱者と言われたことにひどくプライドを傷つけられた。だが、反論できなかった。許されて開放はされたが、弱者と言われた悔しさと屈辱でその心中は穏やかではなかった。


〇 〇 〇


翌日、貴族たちの情報から、ポンニウスがパンテ王国に向かったことを知る。


「逃がすわけにはいかない。」


ガラムスが呟く。


「ポンニウス殿を捕まえてどうなさるおつもりですか。」


ガラムスに許されて従軍を許可されたブルタコスが問う。


「少々人の好過ぎるきらいはあったが、ポンニウスとは志を同じくする親友だと思っていた。他の貴族たちにいいように煽てあげられ、担ぎ上げられるうちにいつの間にか反乱の首謀者となっていったのだろう。

だがな、その後なんども講和交渉をしたが聞く耳さえもたなかった。そのポンニウスが我が軍門に下れば他の貴族たちも大人しく恭順するであろう。私はこれ以上の流血を望まないのだ。」


・・・叔父上、それは独裁者の地位を手に入れることができた慢心ではないのか。

ブルタコスはのど元まで出かかった疑問を黙って呑み込んだ。


〇 〇 〇


そしてさらに一週間後、パンテ王国の使者によってポンニウスの首がガラムスの元に届けられる。


「お前たち、ラーマ人を殺害したのか。」


ガラムスはパンテ王国の使者たちを睨みつける。


「い、いや、私たちはガラムス様に忠誠を捧げる証として・・・。」


「黙れ! 私の気が変わらない内に消えろ!」


ガラムスは使者たちに罵声を浴びせて追い返した。


世界はラーマ人たちを中心に回っており、奴隷や属州民、外苑の王国はラーマの下にあるのが神の意志だ。これがラーマの有力者たちの考え方であり、逆を言えば弱肉強食の時代、そういう思想の元でなければ周辺諸国を圧倒して君臨する大国ラーマは成り立たない。

パンテ王国の使者たちは、逃げるように帰っていった。


ガラムスの心情は複雑だ。つい数日前までは軍を率いて対峙こそしていたが、過去には大軍で押し寄せてきた騎馬遊牧民を2人で協力して追い払ったときもあった。

お互いに良き理解者であり親友でもあり、両者ともラーマの危機を何度も救った英雄だった。有力貴族たちはその功績を妬んで何度も2人の失脚を企てるが、そのたびに庇い合った仲だったのだ。


・・・おお、わが友ポンニウスよ。なぜ降伏してくれなかったのだ。こんなことになってしまうとは・・・。


ガラムスにとってポンニウスの死は、己の半身を無くしたような出来事だった。


☆ ☆ ☆ 土地改革


帝都ポロネースに戻ったガラムスは忙しく働いた。中でも一番の目玉は土地改革を実現させることだった。敵対して降伏した貴族たちは元老院では大人しくしていたが、裏では友人、知人だけでなく一族や妻や子供たちにさえ賄賂を送り、ときには脅迫して、自分の土地と財産だけは守ろうと必死に画策していた。


「ご主人様、今日も大土地所有の貴族家から賄賂が送られてきました。」


忠実な奴隷トラッサムはガラムスが帰宅するとすぐに報告する。


「やれやれまたか、懲りない奴らだな。」


ガラムスは不機嫌そうに返事をする。


「以前のように、子供を誘拐してまで脅そうとするような不穏な動きが無くなったことは喜ばしいことです。」


「ああ、あの誘拐未遂か。捕らえた間抜けな実行犯を拷問にかけたらあっさり指示役を吐いたので、極刑にした上に一族すべてを奴隷として売り払ったからな。さすがに誘拐や脅迫は無くなったか。」


土地改革と言っても簡単なことではない。王族レベルの超大金持ちたちから土地を没収しようというのだ。それを平和裏に進めるには絶対的な権力が必要となる。

過去にも、ラーマの未来を心配して土地改革を行おうとした執政官はいたが、会議で激しく討論している期間中に、元老院議員たちによって殺害された事件もあった。


「それでも油断は禁物です。私たち奴隷からみても、こんなにも簡単に事が進むはずは無いと思います。」


「そうだな、拒否権の行使や軍事的な行使によって政務を妨害されない独裁官のような圧倒的な権力が必要かもしれん。」


ガラムスは腕組みをしながら考え込む。


・・・元老院内での要職は身内で固めたので今なら可能か。


だが、腐っても共和政の政体を取るラーマでは、危機が迫っているわけでもない状態で独裁官という役職を作るような法案を通すようなことはできない。ガラムスはその機会が訪れるのを待つことになる。


〇 〇 〇


半年後、その機会は訪れた。

属国として毎年貢物を送っていたパンテ王国が、国内のラーマ人たちを皆殺しにして反乱を起こしたのだ。パンテ王国は陸路で行われる東南方交易の要衝でもあり、ラーマの利益を考えた場合、無視できない存在であった。


「よし、いい機会だ。ポンニウスの仇討ちとしても宣伝させてもらうか。」


情報伝達手段が限られているこの時代、派手な嘘や誇張を宣伝すればするほど、真実として受け入れられる。文字が読める者が少ない社会では、嘘を真実とするのに百回も主張する必要はない。


ガラムスは独裁官任命のための法案を、信頼できる部下の政務官に提出させるが、政敵のクルゾススが中心となって抵抗した。

クルゾススはガラムスと共に出世の道を歩んでいたが、派手な功績を積んでいくガラムスの陰で、目立たない存在として認識されていたため、ガラムスには嫉妬からくる憎しみさえ持っていた。

それに対しガラムスは強引に議決を通した。2人の執政官から指名されて最高位の独裁官の地位を得た。早速5万の兵を組織しパンテ王国討伐へと出陣していった。

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