第10話 兵站の遅延

数日後、両軍は10kmほど離れて陣営を構築していた。ラーマ軍4万に対し、パンテ王国軍7万。パンテ王国軍が数的有利ではあるが、戦いに慣れたラーマ軍相手では分が悪い。兵站の食料供給にしても、ラーマ軍には毎日全軍に行き渡っていたが、パンテ王国軍の兵士たちは三日に一度ぐらいしか食料が配られていなかった。


食料が足りなかったわけではない。食料の運搬配給に慣れていないため予定通りに配給が進まないのと、供給を担当する民間人たちの数が少なすぎて運びきれないのだ。だからといって砦の兵を減らすわけにもいかず、パンテ王国の指揮官たちは、いたずらに時を浪費した。


「おい、食い物が回ってこないぞ。このままでは戦う前に餓死しちまうわ。」


傭兵として戦場にきている遊牧民の騎馬隊の指揮官たち数人が天幕に怒鳴り込んでくる。


「いやまて、輸送がうまくいかず我らも食うに困っているのだ。」


「ほう、どこにいけば食料があるのだ。」


「王都デュルスの近くにある村が集積地になっている。」


「そうか、ならば我らはそこまで取りに行く。」


「いやまて、いま砦を離れられるのはまずい。なんとかするので待ってくれ。」


ポラル軍務官とキアンテ副軍務官は必死に留めようとするが、


「これ以上待てるか。邪魔するなら叩っ切るぞ。」


そう言い残すと、遊牧民の指揮官たちは肩を怒らしながら天幕を出ていった。


「まずいことになったぞ。」


指揮官たちは騒ぎ始める。


「ちょっといいか。」


様子を見ていたラビンススが口を開く。


「お前たちも行くつもりか、頼むから待ってくれ。」


マンテラス王も立ち上がってラビンススに頭を下げる。


「いや、そうではない。ガラムスならこのチャンスを逃さず必ず攻めてくる。決戦の準備をしたほうがいい。」


「なに、そういうことか。」


「そうだ。こちらの兵が抜けた隙を全力で突いてくるはずだ。ヤツなら先頭に立ってくるだろう。」


「独裁官が先頭に立って攻めてくるというのか。」


「そうだ、ガラムスとはそういう男だ。それだけにその突破力は凄まじい。それが分からず戦場から離れる者のことなど放っておいて、決戦の覚悟を決めておいたほうがいい。」


叩き上げのラビンススは、逃げ腰気味のマンテラス王に覚悟をするよう宣告する。

勝てば良し、負ければ他国の王族の一族を放っておくようなラーマ軍ではない。

生きて捕らえられれば凱旋式の見世物にされてから処刑される。王の一族ならば、元王族奴隷として高値で取引されるのは目に見えているが、優柔不断のマンテラス王はまだ迷っていたのだ。


☆ ☆ ☆ 突撃


パンテ王国の半数以上の村や町を略奪の恐怖で次々と味方につけたラーマ軍は、兵の多いパンテ王国軍の奇襲に備えていた。


「ガラムス様、敵に動きがありました。」


「よし、くわしく話せ。」


食料の配給がうまくいかないパンテ王国軍の遊牧民の傭兵隊が食料を調達するために陣営を抜けるというものだった。


「慣れない軍事活動で戦列から抜ける軍が出たということか。」


「はっ、ただ、ラーマの敗残兵で構成される軍団をラビンススが率いているということが気になります。」


・・・ラビンススのことはよく知っている。1万規模の兵の戦いならば迂闊に手は出せないが、10万近くの大軍の指揮は簡単ではない。急増したパンテ王国軍を自在に操れる者などいるはずがない。


「よし全軍に伝えろ。明日の日の出とともに乱れた戦列の隙を突いて総攻撃をかける。」


〇 〇 〇


翌日、ガラムス率いるラーマ軍はパンテ王国軍の砦に総攻撃を仕掛ける。最初は投石器やバリスタなどの飛び道具での応酬だ。砦の柵を挟んで、大きな石とバリスタから発射される大きな矢が宙を舞う。


先に戦線が崩れ始めたのは、戦いに不慣れなパンテ王国軍の方だった。数は多いが戦いに慣れていない新兵が多く、石や矢にあたった死傷者が出始めるとパニックになって混乱した。恐怖に駆られて逃げ出す者まで出る始末だった。


その度に、戦いに慣れたラビンスス率いるラーマの敗残兵たちが右へ左へと援護に回って奮戦するが、予想以上の死傷者が出たため徐々に劣勢になっていた。


ラーマ軍の指揮官たちはその機を見逃さなかった。


「合図を送れ、突撃するぞ。」


ラーマ陣営から太鼓とラッパなどが盛大に鳴らされ、混乱するパンテ王国の砦内に突撃していく。


だが、一時は占拠されたパンテ王国の砦にラビンスス率いる軍が現れると押し返される。最初こそ優勢に推し進めていたラーマ軍だったが、時間の経過とともに戦況は膠着状態に陥り始めていた。


「よし、私に続け。」


遥か後方からその様子を見ていたガラムスは、予備兵として待機させていた5千の軍を率いて出撃した。山林から回り込んで側面から砦を急襲するためだ。


〇 〇 〇


ラビンススはこのガラムスの動きを斥候を放って監視させていた。


「報告します。ガラムス率いる本体が右翼の山林に向かって進んでいます。砦を側面から急襲するものと思われます。」


「とうとうきたか、本体さえ潰してガラムスの首を取れば我らの勝ちだ。」


ラビンススは取り返した砦を放棄してガラムス率いる本体を迎撃すべく号令をかける。だが、この行為がパンテ王国軍の崩壊を招いた。



戦場を見ていたマンテラス王は、数が勝っているパンテ王国軍の砦が落とされ始めたのを見て青くなっていた。その後、ラビンスス軍が応援に駆けつけ、再び砦を取り返したのを見て安心した。


「ラビンスス殿には大きな借りができたようだな。」


「その程度で何を安心されているのですか。この戦いに勝ってもこれからの問題は山積みですぞ。」


「わかっている。」


ラーマが一つの王国というのならガラムスを討ち取ればすべてが終わるが、ラーマ共和国という国が相手では、ガラムスを討ち取っても次のラーマの指導者たちと交渉をしなくてはならない。それは戦う前から分かっていることだった。

だが、戦況は刻々と変化する。


「大変です。ラビンスス率いる軍が砦を放棄しています。」


「なんだと・・・まさか逃げる気か。」


しばらくするとラビンスス軍に続いて、他の軍も砦から撤退を始めていく。


「ここにいては危険です。今すぐにでも王都に避難するべきです。撤退をご命じください」


一度敗走した軍を立て直すのは不可能に近い。敵が押し寄せてくるのは目に見えている状況ではすぐに決断しなければならない。


「わかった。全軍撤退だ。」


マンテラスは力なく答える。


・・・負けたのか。


〇 〇 〇


パンテ王国軍が撤退したとは知らないラビンススはガラムスの急襲を迎え撃つべく右翼の山林に向かっていた。


・・・よし、今度こそガラムスの裏をかくことができた。


ラビンススは己の決断に満足していた。


「砦を急襲するために進んでくるガラムス軍を、待ち伏せして急襲すればこちらの勝ちだ。目指すはガラムスの首ただ一つ、最後の一戦を戦い抜くのだ。」


だが、満足に食事が取れなかった上に、戦いに次ぐ戦いで兵たちは疲れ切っていた。この時点で、5千いたはずのラビンスス配下の兵は1千までに減っていた。死傷したり疲れ果てて動けなくなったりと次々と脱落していた。

全滅といっても良い状況だったが、ラビンススを慕うラーマの敗残兵たちが集まり、辛うじて軍としての形を保持していた。


ラビンスス軍1千が移動し山林に潜んでいるとガラムス軍と遭遇した。

奇襲は大成功だった。しかし多勢に無勢。ガラムス軍はすぐに態勢を立て直して反撃。ラビンスス軍は奮戦空しく撃退された。

ラビンススの奮戦虚しく、大勢の敵に囲まれ逃げる気力が尽きた頃、ラビンススは捕らえられた。それを見た他の兵たちも次々と降伏していった。


戦いは終わった。倍の兵力で砦に籠っていたパンテ王国軍は、半分の兵しかいないガラムス率いるラーマ軍に攻められ破れたのだ。


「ラビンススよ、この結果が神の裁定だ。私の大儀が正しいことが再び証明されたのだ。今後は私の下で政治を学ぶがいい。」


ガラムスの前に引き立てられたラビンススは力なくうなだれていた。


「あなたの命を狙った私を殺さないのか。」


「そうだ。私は戦友の命は奪わない。」


内戦はラーマの未来を憂いた者同士がおこす戦いだ。政治的に敵対しあっていても、外敵が現れれば共同して事にあたる。理想論ではあるが、クレメンティア(寛容さ)を示すことで政敵を懐柔しようとしていた。


「グッ、それでもあなたの下には付かぬ。殺せ。」


ひざまずかされているラビンススは、ガラムスを真っすぐ見て言い放つ。その瞳に映る意志は固い。


「・・・そうか、解放してやれ。」


ガラムスは説得をあきらめ、その場を立ち去るよううながす。


「礼は言わぬ。」


ラビンススはそう言い残すと静かに立ち去って行った。その後、すべてを息子の小ラビンススに託すという遺言を残すと、山中で自刃した。


この戦いではパンテ王国軍の半数が戦死し、2万近くの兵が捕虜となった。捕えたラーマの敗残兵たちは許されて解放されたが、パンテ王国の兵たちは奴隷商人たちに売り払われ、抵抗する者は殺された。

ガラムスはラーマ市民に対してはクレメンティア(寛容さ)を示すが、それ以外の者には容赦がなかった。


☆ ☆ ☆ 落城


数日後、パンテ王国の首都デュルスはラーマ軍によって包囲されていた。

パンテ王国のマンテラス王は主だった貴族や政務官を招集して今後の話し合いを始める。


「これより軍事会議を始めます。」


王の側近が重苦しい空気を振り払うように会議の開催を宣言する。


「ん、まだ集まっていない者たちもいるようだが、重臣たちはどうした。」


マンテラス王は空席の目立つテーブル席を見ながら呟く。


「はい、欠席者の内の数名は王都から脱出したことを確認しております。他の方々も王都から脱出したものと思われます。」


「そうか。・・・寂しいものだな。」


マンテラス王は肩を落とす。


「今現在の現状を報告します。」


ざわついていた者たちは一斉に口をつぐむ。


「王都内は大量の負傷兵で溢れ返り、まともに戦える兵は1万ほど。遊牧民の傭兵は、食料の集積村で敗戦の報を聞いてそのまま逃走。集積村の食料はラーマ軍に奪われ、王都内の食料は一週間と持たないでしょう。さらに市民の代表たちからは食料の解放を要求されています。」


調子に乗ってラーマ人たちを殺害し、食料もほとんどないため一週間後には兵たちが飢えて戦いどころではなくなる。さらに援軍の見込みもないため降伏しか道は無い。会議は紛糾した。お互いの責任の擦り付け合いはするが、誰も勝利や和平への道を示せる者はおらず、いたずらに時間を浪費するだけであった。


意気消沈したマンテラス王は、その様子を黙って見守っていた。


翌日から、マンテラス王は会議にさえ出なくなって自室に引きこもる。

その2日後、窓から身を投げて自殺した。極度のストレスからくるノイローゼとなり、突発的に身を投げたのだった。



翌日、王不在の御前会議では満場一致で降伏の使者を送ることとなりガラムスの下に使者を送る。しかし、降伏は認められず使者は追い返された。

ラーマに逆らい追い詰められた者の末路は、見せしめの意味も含めて徹底した略奪の対象となる。占領して金品を奪うだけでは物足りず、一番財産としての価値がある奴隷を確保するため都市ごと略奪を行う。


先のことを考え思考を巡らせて行動するガラムスでさえ、そのラーマの思想の下に行動し踏襲する。すべてはラーマの繁栄のために、それがラーマなのだ。


その後、何度もパンテ王国側からガラムスへ使者が送られるが、相手にされることはなく追い返される。数日後、ラーマ軍は頃合いを見て一方的な一斉攻撃を開始。ほとんど抵抗を受けることなく王都デュルスは陥落した。


戦争は終わり、略奪の時間がやってきた。ラーマの軍団法では、略奪の許可が出たときに手に入れた財産は自分の物にできる。もし、この状況で指揮官や執政官が許可を出さなかったら、怒り狂った兵たちによって指揮官だけでなく執政官でさえ殺害の対象となる。


略奪の許可を得て貪欲になったラーマ軍の兵士たちは、今までの苦労を吹き飛ばすようにすべての家々を荒らしまわる。金品や物資を略奪し、元気そうな者たちを縄で縛りあげて容赦なく連行した。

少しでも抵抗する者は切り伏せられ、平民も貴族も関係なく拉致された。捕らえられた者の数は膨大な人数となり、多くは奴隷商人に引き渡され、元気そうな者は兵たちの奴隷としてラーマの王都ポロネースまで連行されていった。略奪は徹底的に行われ、それは数日間続いた。


その後、ラーマ軍が去った後の王都デュルスは廃墟となった。

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