第11話 ラーマの日常

ガラムス独裁官がラーマの首都ポロネースに戻ると、市民たちは大歓迎で出迎えた。大量の略奪物資と多くの健康そうな奴隷たち。これらは十数年間、ラーマの経済を潤すのに充分な量だった。


ガラムスが元老院に戻るとほとんどの者たちがガラムスを称えた。ガラムスに反感を抱くものは少なくない。だが、反対勢力者たちにはガラムスと事を構えるだけの覚悟と市民からの支持がなかった。

そのため、元老院議員のほとんどが率先して勝ち馬ガラムスに乗った。


「おお、我らが王よ。よくぞご無事で戻られた。」


ガラムスに対して反乱を持ちかけたポンニウスの叔父コルタムスも率先して声をかける。


「いや、私は王などではない。民主的に選ばれた独裁官だ。」


コルタムスの見事な手のひら返しにガラムスは警戒する。陰謀渦巻く元老院においては、嫉妬と名誉欲から突然敵に早変わりすることはよくあることだ。


「それにしても寡兵で挑んだにも関わらずよく生き残ったものだな。悪運の強いヤツだ。」


政敵のフルゾススが悪態を吐いてくる。


「フフフ、貴様は相変わらずだな。文句を言う前に功績を上げればよいではないか。」


ガラムスからみれば、こうして敵意をむき出しにしてくる敵の方が分かりやすく安心できる。


「今度はどんな法案を出そうとしているのだ。貴様が演壇に立つと景気が悪くなるような話しばかりではないか。顔を見るだけで胸糞悪くなる。たまには黙って立っていろ。」


フルゾススは議場から大声で叫び散らすが、議場には笑いが広がる。


首都ポロネースはガラムス率いる軍が持ち帰った戦利品の山の話題で、数年ぶりに活気が戻り始めていた。当然、その雰囲気を感じ、普段は眉間にしわを寄せ、隙あれば政敵を悪しざまに罵る元老院議員たちにも心の余裕が生まれていた。平和の予兆は多くの者に心の平安をもたらしていた。


長い戦乱によるストレスは貴族たちだけではなく、ラーマ市民たちも含めたラーマ全体を疲れさせていた。束の間の平和を取り戻したラーマ共和国は娯楽というパンとサーカスを求めていた。


その日は政務官からの提案により、先延ばしになっていたガラムス独裁官の凱旋式の動議が出され、10日間の式典が催されることになった。ガラムスに反感を抱いている議員たちも反対派しなかった。いや、むしろもろ手を挙げて喜んだことだろう。娯楽の少ないこの世界、お祭りのようなものはみんな大好きなのだ。


10日間の凱旋式期間中、市民たちには無料で食事が提供され、猛獣や剣闘士たちがラーマ中から集められ、闘技場で死闘が繰り広げられた。


最終日にはパレード行われ、ガラムスは4頭の白馬が引く戦車に乗り込み、戦利品を乗せた馬車の行列と共に、ユピテル神殿に向かって行進していった。


さらに、鎧を着た兵の行進と共に、滅ぼしたパンテ王国のマンテラス王が縄にかけられ見せしめに引き回される。パンテ王国内にいたラーマ市民や商人たちを殺すよう指示したわけではないが、国の代表として責任を取らされただけの不運な王であった。

都市内を引き回されている間、ラーマ市民たちから罵声を浴びせ続けられ、石まで投げつけられる。最後は処刑用の大穴で吊るされ、そのまま遺棄された。


ラーマの式典が開かれている間、市民たちは呑んで食べて闘技場で観戦し、マンテラス王の死を見届け、パレードの兵たちに歓声を上げ戦利品に賞賛を与えた。こうして、10日間に渡るお祭り騒ぎは幕を閉じた。


日常を取り戻したラーマでは次の陰謀が始まる。多くの者たちは平和な日常を望んでいたが、それでは欲は満たされないのだ。


「小ポンニウスよ、よく生き延びたな。」


「はい、お爺様もご健勝でなによりです。」


「お前の父ポンニウスの財産は未亡人となったフルスニナが受け継いでおるが、お前にはその財産を受け継ぐ権利がある。」


滅ぼしたパンテ王国に殺されたポンニウスの子・小ポンニウスは母フルスニナの父コルタムスと再開していた。


「はい、それはよくわかっています。ですが、私は父の意志を継ぎたいと思います。」


「なにっ、自分が何を言っているのかわかっているのか。」


コルタムスが元老院議員たちの半数近くの支持を得てポンニウスを担ぎ上げた時、大義名分として「ラーマの王の座を狙う独裁者ガラムスを討伐するため」と宣伝もした。

だが実際は、土地改革法などで有力貴族たちの土地を、土地を持たない貧民市民たちに分け与えるやり方に全力で抵抗したり、大勢の貧民市民たちの支持を得ているガラムスに対する嫉妬だったりと、本音は低俗な理由に過ぎなかった。


そのことは自分のことだからこそ自覚しているし、ガラムスも当然知っていた。結果はガラムスに運命の輪が微笑み政争は終わった。

結果は決まったのだから、これ以上面倒を起こすな、こちらは詮索はしない。その暗黙の了解こそが、クレメンティア(寛容さ)を示すことによって許されたのだ。


・・・まさか、共和政の敵などという戯言を真に受けているのか。


「我らは同志を募って独裁者を排除します。」


「まて、その短絡的な考えを直せ・・・我らとはなんだ、他にもいるのか。」


コルタムスは、弱冠25歳の小ポンニウスの短絡的な決断に戸惑っていた。


「父をパンテ王国の者に殺されたこと、政争で負けたことに対する憎しみはありません。しかし、独裁者を許さないという共和政の志は引き継ぎたいと思います。」


・・・これは何を言っても無駄か。


政治的には、ガラムスが次々と打ち出す政策は、これからのラーマのためには必要なことだというのはコルタムス自身もよくわかっていた。いつか誰かがやらなければならない問題だということは、教育を受けた有力者たちなら誰でもわかりきっていたことだ。


だが、広大な領地を持つ特権階級の一貴族としては、自分の領地が奪われるのを黙って見過ごすわけにはいかない。そこで有力貴族たちがポンニウスを担ぎ上げてガラムスに反旗を翻した。


結果は、貧民市民たちの支持を集めたガラムスの圧勝だった。これにより、有力貴族だけではなく、貧民市民たちの協力を得なければならない時代になったことがはっきりし、内乱の決着が着いていたのだ。

そんな中で新たな内乱に肩入れするつもりはない。


「このことは口外はしないが、お前の後押しをするつもりもないぞ。」


コルタムスは、小ポンニウスが支持を求めてくる前にきっぱりと断った。いくらラーマ共和国がクレメンティア(寛容さ)を重んじるといっても、二度目の反乱者が許されるわけはない。


「そんな、独裁者を討つのですよ。お爺様にはラーマ共和政の志はないのですか。ガラムス独裁官を討てば、市民たちは必ず支持してくれるのですよ。」


小ポンニウスは、ガラムスを討てば市民たちが歓声を上げて支持してくれるという夢を描いている。見たいものをだけを見て、信じたいものだけを信じる。それは狂信者と変わらないのだ。


「貧民市民たちは民主政どころではなく、生活するだけで手一杯だ。お前にはそれが見えていないのか。」


「そんなことはありません。ラーマ市民ならば誰でも独裁者の存在を許さないはずです。」


「お前ごときが私を説得しようなどと無駄だ。ここにお前の居場所はない、もう帰れ。」


コルタムスは孫にあたる小ポンニウスを切り捨てた。愚かな決断をした孫のために一族を危険に晒したくなかったのだ。

その後も、小ポンニウスはコルタムスを説得しようと言葉を尽くすが、その度に冷たく突っぱねられ、最後は奴隷たちの手で家から追い出されてしまった。


☆ ☆ ☆ 企み


「そちらの首尾はどうだ。うまくいったか。」


「いや、思ったより反応が鈍い。ほとんどの者から断られたぞ。」


小ポンニウスと、ガラムスの甥ブルタコスはワインを呑みながら言葉を交わす。


「これでは兵を上げるなど不可能だ。」


「父のように元老院の者たちを巻き込むのは不可能というわけか。」


小ポンニウスは腕組みをして考え込む。


「確実に手助けしてくれるのはカティナの一派だけだ。」


「確か、政務官選挙で負けたお陰で借金漬けから抜け出せず、有力者たちからも見放された一派か。」


ラーマ共和国では、600人ほどの元老院議員に給与などが支払われることはなく、すべての活動が自費でまかなわれる。そのために議員にはある程度の資産が必要となる。


その元老院議員から執政官や神祇官などの政務を担当する官職を得るためには、賄賂や市民にばら撒くための金が必要となる。手持ちの財産だけでは足りるわけがなく、立候補する者たちは有力な金持ちから借金することになる。

ラーマの元老院には、政務官選挙で負けて借金漬けになっている者たちがかなりの数で存在していたのだ。


「カティナは二度も落選している。いつ奴隷として売られてもおかしくない状況だ。」


「そうか、なら反乱を企てようとしていてもおかしくはないな。うまく利用してやろうではないか。」


「ほう、なにか策があるのか。」


「ウム、数年前にガラムスが撃退したゴンド族は覚えているか。」


「ああ、劣勢だったので、ガラムスが一騎打ちを申し込んで見事に相手を打ち負かし、その勢いで攻勢をかけて壊滅に追い込んだ。私も指揮官として従軍していたのでよく覚えている。」


「昨年退治したボロンカス族の生き残りが、そのゴンド族の庇護かに入ったため勢力を盛り返しているのだ。」


「ガラムスは強い。攻めさせても撃退されるだけだぞ。」


「わかっている。だが、その強さの元は商人たちや斥候部隊による情報の正確さからくるものだ。」


「・・・。」


「カティナたちに馬を与えて斥候部隊をやらせ、偽の情報を掴ませ捕らえるのだ。」


「そうなると商人たちの買収も必要か。」


「そうだ。考えられる罠を徹底的に張るのだ。」


その日、2人は夜遅くまで議論に熱中していた。


☆ ☆ ☆ 成功者たちの騒乱


パンテ王国討伐の半年後、有力者たちが多く住む大邸宅の一室。ガラムスは、祈祷師を呼んで神に願いを伝えて加護が受けられるよう祈祷を受けていた。

権勢を得て金に不自由はしなくなり、あらゆることが順調に進む中、権力や金ではどうにもならないことがあった。


「若くして禿げ上がった後頭部がフサフサになるよう願い奉ります。」


ガラムスは、祈祷師にオリーブの葉で作った祓い串で頭を撫でてもらいながら、髪の毛がフサフサにるよう、一心不乱に神へ祈願していた。

過去には、大道医者に頼んで頭を派手に叩いてもらったり「家畜の小便を頭に付けると良い」と言われ実践してみたがまったく効果が見られなかったのだ。


「願いは神々に届きました。後は日頃の行い次第です。」


祈祷師はもっともらしいことを言いながら大金貨10枚を受け取ると、静かに部屋から出ていった。


「普段の行いか・・・市民たちには選挙の度に金をばら撒き、外敵を徹底的に痛めつけ、内乱に加担した都市には二度と逆らわないように徹底した略奪を行い、捕らえた大勢の者たちは奴隷として売りさばいた。

言うことを聞かない奴隷には直接手を下さず、請負業者に体罰を代行させている。このような善徳しか積んでいないというのに、なぜ呪われてしまったのであろうか。」


ガラムスは腕を組んで小首を傾げていると、家内奴隷のトラッサムが部屋を訪れ来客を告げる。

入ってきたのは甥のブルタコスだ。


「ゴンド族が東北の町ボレルドを襲撃したと報告がありました。」


ボレルドはボルド属州内にあり、ガラムス派閥のテクニアスを属州総督として派遣していた。


「フム、庇護民のテクニアスだな。戦況はどうだ。危ないようなら騎馬の2軍団を派遣しよう。」


「それが、ボルド族3万に対してテクニアスの軍は2万と寡兵のため睨みあいが続いているようです。」


「そうか、明日にでも元老院を招集して軍の派遣を決めるか。お前は斥候部隊を100名ほど組織して先に向かえ。定時連絡は怠るな。」


ブルタコスは挨拶もそこそこに部屋を出ていく。


・・・なんだ慌て者め。だが、政務は確実かつ俊足にこなしているようだな。


元老院を二分したポンニウスとの戦いの後遺症は根深い。ほとんどの有力者たちには優劣の見分けがつかなかったため、親兄弟が両陣営に分かれて敵として向かい合って戦った。天下分け目の戦争でもあったが、敵味方に分かれて戦ったためしこりが残り、お互いに感情の折り合いがつかない一族は多い。


それはガラムスの一族でも同じだ。ガラムスはそれをよく分かっていたので、敵対した貴族たちのほとんどを許した。

もっとも、ブルタコスの場合はガラムスの独裁体制に抗議する意味があったが、それはポンニウス派の宣伝文句のひとつに過ぎない。ポンニウスが勝っていれば、妻の一族であるコルタムスが独裁者として君臨したであろうことは容易に想像がついていた。


結局、誰が元老院を掌握し覇を唱えるかの問題でしかなかったのだ。

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