第3話 勝利

「油断するな、武器を持っているものはすべて殺せ!」


ガラムスは攻め込んだボロンカス族の宿営地で声を張り上げていた。

奇襲したつもりはなかったが、敵が勝手に油断していたため通常の攻撃が奇襲となり敵は壊滅。味方の死傷者はほとんどでないほどの圧勝であった。


「ガラムス様。追撃の許可を!」


敵の宿営地内の抵抗勢力がなくなると見るや、財産を乗せた馬車とともに逃走している敵兵の追撃の許可を求めてくる。この一瞬の判断が持ち帰る略奪物資の量に影響するため、兵たちは慎重な指揮官たちを催促して早期の決断を迫るのだ。


「よし、ある程度捕獲したら必ず戻ってくるように。」


指揮官としては慎重にいきたいところだが、やる気満々の兵たちの欲望を制限するとろくなことにはならない。反抗するだけならまだしもボイコットしたりいきなり反乱を起こすこともある。ガラムス執政官は多少の不安を覚えながらも気持ちよく許可を出した。


「よぉーし許可が出たぞぉ。視界にいる馬車はすべて捕獲する、お前たち行くぞ、付いてこい。」


ベテラン兵たちは近くにいる兵たちに声をかけて走り出す。けだものとなった勝者は獲物を追い、獲物となった敗者たちは必死に逃げる。ここからが本物の戦争でありクライマックスだ。

捕らえた者たちは一か所に集め縛り上げられ、同時に馬や武具、身に着けていた装飾品や食料などの戦利品が続々と集められていく。しばらくすると商人たちが大量の馬車とともに集まってくる。


「いやあ、これほど早く討伐されるとは驚きです。必死に付いて来てよかったですよぉ。」


商人たちは満面の笑顔で話しかけてくる。


最終的に捕らえた捕虜は女子供を含めて3万人を超え、それ以外に馬車や馬に家畜も含めれば軽く数百を超えた。遊牧民を撃退するだけの任務にしては大戦果だった。

もっとも、戦果が少なければラーマの領域外の町を略奪して、戦利品として持ち帰るというのがお決まりのパターンでもある。

戦利品が無ければ、兵たちは引き返してはくれないのだ。


一方のボロンカス族は死者は3万を軽く超えていた。

さらに多くの非戦闘員が捕らえられ、無事逃げ延びた者たちは数十人単位で散り散りになり、ある者は他部族のもとへ、ある者は放浪者として落ち延びることになる。

たとえ、元の勢力圏に戻ったとしても、他部族の侵略を受けて捕らえられ奴隷として売られる運命だ。

運よく許されて他部族の支配下に入ったとしても、貢物を要求されるとその生活は厳しいものとなり、ほとんどは冬を越すことができず死を迎えることになる。弱肉強食の世界で生き残るというのは厳しいのだ。


〇 〇 〇


ボロンカス族の包囲から解放された都市カリストでは市場が開かれた。通常の市なら食料品や家畜などが中心となるが、今回の目玉商品は大量の奴隷だ。


「おい、散髪ができそうな奴隷はいるか?」


「そうですなぁ、女奴隷たちの中にいるかも知れません。聞いて回りますか。」


「なんだ、調べてないのか。」


「なにぶんにも採りたてですので・・・。」


「ハッハッハッ、採りたてか。」


「おい、お前たちの中に散髪経験のある者はいるか。」


商人は怯える女奴隷たちに鞭を振って問いただす。


「おいおい商品に傷をつけるな、ラーマ法で捕まるぞ。」


「おっとそうでしたな。・・・お前たち、良いご主人様が現れたぞ。農奴に比べればかなり条件がいい。散髪の心得があるものは名乗り出るがいい。」


怯えている奴隷たちはみんな下を向いていたが、しばらくすると意を決したように一人の女性が弱弱しく手を挙げる。


「ふむ、子連れか・・・処分しますか。」


商人が男に向かって話しかけると、女は子供を隠すように抱きしめる。


「いや、子連れなら逃げる心配もあるまい。一緒に引き取ろう。」


ラーマは多くの奴隷たちが働いており、その繁栄は奴隷たちによって支えられていた。それは他の国や遊牧民たちも同じだ。


都市で働く奴隷の多くは料理人、医者もどきの祈祷師、身辺の世話係、子供の家庭教師、奴隷などの財産の管理、家の掃除係、馬や家畜の世話係、護衛や荷物運びなどで、教会や神殿の聖職者でも奴隷の数人は普通に所持していた。


郊外なら農地での作業がなどがあり、奴隷たちの間でも下位の奴隷として差別される。鉱山奴隷になるとそのほとんどは過酷な労働のために数年で命を落とす。そのため、逃亡歴のある奴隷や反抗的な奴隷などが枷付きで働かされた。各都市を結ぶ道路などのインフラ整備用に国の直属奴隷として使われることもある。


戦いが終わった後、ガラムスとその軍団は休暇も兼ねて一週間ほどカリストの都市に留まった。ガラムスと軍の兵たちは大歓迎された。大量に捕獲した物資や奴隷たちの一部を精算して軍団兵たちの給与として支払いに当てたり、物資の整理や、帰り道の首都ポロネースまでの長い道程に耐えられる捕虜奴隷の選別などに追われていた。


これで首都ポロネースに帰還して元老院に報告し凱旋式を挙げれば凱旋将軍となるところなのだが、そう簡単にいかないのが大国ラーマ共和国だ。むしろ、ここからが本番となる。


☆ ☆ ☆ 対抗勢力


ガラムス執政官が3万の軍を率いてボロンカス討伐に向かった数日後、元老院では反ガラムス派がガラムスを失脚させようと動き出していた。


政敵を貶めるための確たる理由はない。何かあるとすればなんとなく気に入らないから、追い落とせば次は自分がその地位につける可能性があるから、ということになるだろうか。


「ガラムス執政官は我ら元老院に何の知らせもなく、他の都市に軍の行軍のためと言って炊きだしをさせたようだ。これは明らかな越権行為、すぐに任務を解いて処罰し、この私が将軍としてその地位を引き継ぐべきだ。」


執政官に次ぐ法務官職のシブリルが演説台に立ち、両手を広げながらガラムスの非難を続ける。


「軍に食料を供給するのは当たり前のことだ。断固拒否する。」


長い話が終わるともう一人のガラムス派の法務官アントンと拒否権を持つ護民官が拒否権を発動。

最初のうちは面白がって聞いていた中立的な立場の元老院議員も、それが連日に渡って続くと、内乱の気配を察して一人また一人と他都市に避難し出す。

内乱が起これば貴族同士での粛正合戦が始まるためだ。だが、これこそがラーマの日常でもある。


午前は朝から元老院議員が招集されてガラムス派と反ガラムス派の非難の応酬。午後は剣を使った対立する派閥同士の物理的な殴り合いが始まっていた。

情報が錯綜している中、貴族や金持ちたちは取り合えず街から逃げ出し、かかわりたくない派閥の者たちも一目散に逃げ出した。


両派閥による抗争による死傷者は日に日に増えていき、多くの中立派も巻き込まれつつあった。


内戦状態にあってもラーマの人々の生活が変わるわけではない。

白昼から武装した兵士数十人同士の戦いが起こっても、人々はそれを遠くから取り囲むように見物していた。ときには敗走した兵士が酒場などに逃げ込むときもあるが、


「おらぁ、しっかり戦わんか。」


と言いながら、酔っぱらった男たちによって店から叩き出される。路地裏に入れば惨殺された死体がいつまでも放置されているときもあるが誰も問題にすることはない。それがラーマなのだ。


ラーマの首都ポロネースにはたくさんの人々が暮らしているが、貴族と市民権を持つ者は極少数派で、その多くは奴隷や市民権を持たない住民たちで構成されている。そういう者たちから見れば、ラーマの政体やトップが誰になろうとも関係がなかった。


〇 〇 〇


「ガラムス様、首都ポロネースからの早馬が到着したようです。」


「そうか、通してくれ。」


ガラムスが戦の報告を書いていると警備を任されていた指揮官が報告にくる。通されたのはガラムスが目をかけていたガラムス派閥の部下であるテクニアスであった。


「ガラムス様、報告します。」


「うむ、緊急のようだな。」


テクニアスはことの顛末を報告する。


「元老院では法務官シブリルが執拗にガラムス殿の免職を主張し、都市内では内戦状態となっております。」


「目的は戦利品の横取りと我が派閥の粛正か・・・戦況はどうなっている。」


「ほとんどの者は様子見を決め込んでいるため、私が出立するときは睨みあっている状況でした。」


「そうか、計画的というわけではなさそうだな。それにしてもずいぶんと短絡的だな。」


「恐らく、今回の選挙で借金がかさんで返す当てが無くなったためになりふり構わず権力を握ろうとしているのでしょう。多額の借金を抱えている者も反乱に加担している模様です。」


「迷惑な話だな。」


ガラムスはそう言うと腕を組んで考え込む。


ラーマ市民たちには税金が課されることはない。その代わり、道路や水道などの土木事業や城壁の修理などは元老院議員が自分たち個人の財産で施工することになる。時には劇場や神殿などの施設を作ることもある。


そうやって地味にラーマのためにインフラ整備を行って名声を高めればどこかの属州総督の地位を得ることができる。

総督の権限は絶対だ。決められた税の額さえラーマに納めれば何をやっても許され、三年あれば投資資金が回収できる上に巨額な富を得ることができる。


しかし、すべての貴族が元老院議員になるわけではなく、国の権限が及ばない地方領主のような貴族や、名誉には興味がなく実利のみを追求するような利権を駆使して金儲けに走る貴族も存在する。つまり、国を動かせるほどの有力者は、元老院以外にも多く存在していた。


「よし、有力貴族たちに使いを出して協力を求め、シプリル派の粛正をする。周辺の有力豪族には使いを出してこちら側に取り込むのだ。」


ガラムスは立ち上がると次々と指示を飛ばし、翌日には騎兵2千騎とともに首都ポロネースに出立する。残りの兵は戦利品をまとめて後から首都に向かうよう指示を出す。


ガラムスが2千の騎兵を率いて首都ポロネースに着いたのは10日後。首都内での戦闘もやむなしと考えていたが、反ガラムス派は全財産を馬や馬車に乗せて家族一門とともに都市から逃げ出していた。


ガラムスは元老院の招集を呼びかけたが、半数の200人ほどしか集まらなかった。後からわかったことだが、逃げ出した議員たちは南東にあるベルベル属州のポンニウス・トラルル(60歳)の下に向かったのだ。


「まさか、中立派のポンニウスが反旗を掲げるとは思わなかったぞ。」


ガラムスは報告を聞いて思わず驚きの声を挙げる。


「ポンニウスは古参の大富豪貴族というだけではなく、若い頃より蛮族の撃退や反乱の鎮圧に力量を発揮し、過去に三度の凱旋式を行った名将。まずいことになりましたな。」


元老院議員でもトップクラスの弁論家キケニウス・チチェローネが難しい顔をして意見する。


「フン、そんなことはわかっている。だが、ヤツの軍門下るということは我が一門が粛正の対象になるということだ。それだけは断じて認めん。」


無駄な議論を嫌うガラムスは、解決策さえ出さずに危機だけを煽るキケニウスを睨みつけるように言い放つ。


「それでは、私自らが使者に立って平和裏に解決できるよう交渉してまいりましょう。」


「私が留守の間に敵対行動を取って置いていまさら交渉だと、お前は何を寝ぼけているのだ。降伏以外は絶対に認めん。」


元老院の半数が残っているとはいえ中立的な立場の者がほとんどだ。相手は元老院議員の半数を味方に付け数的有利な立場にいるため、交渉しても無駄なのは明らかだ。それでも妥協するわけにはいかない。ガラムスの腹は決まっていた。


・・・ポンニウスは強敵だ。しかし乗り越えなければならない。必ず屈服させてみせる。


還暦を過ぎたとはいえ過去に3度の凱旋式を行ったポンニウスに、若いガラムスは憧れと嫉妬に似た激しい感情を持っていた。ガラムスにとって、口先だけの法務官シブリルや弁論家キケニウスのように、自分の意志で事を起こせない者には興味はない。

強い意志と決断力で生きてきたポンニウスのような男と対峙したと知ったとき、内から込み上げる闘志が湧き出すのだ。


・・・それにしても人の好いポンニウスめ。有力貴族たちに取り込まれるとは見損なったぞ。


〇 〇 〇


一方、中立を装うキケニウスは対立するガラムス陣営とポンニウス陣営の戦力差を見極め、有利な方に付こうと値踏みをしていた。


「もうどちらが有利かは一目瞭然ではありませんかな。」


ポンニウスの下に使者として向かう馬車の中で、使者たちは共に向かうキケニウスに語りかける。


「まったくだ。名だたる貴族たちのほとんどはポンニウス派に付き、ガラムス派は平民出の軍人上りや成り上がりの貴族ばかりで、戦う前から勝負は見えている。あの成り上がりの若造は何を考えているのだろうな。」


キケニウスは腕を組んで本心から話す。だが、心の中ではこうも考えている。


・・・これからのラーマを守るのに中心となっていくであろう人物を、古くから存在する貴族たちに嫌われているからと言う理由で潰さなくてはならないとは。


「おや、納得いきませんか。しかし、強すぎる性格は民主制を崩し独裁に向かいます。ラーマ繁栄のためにそれは阻止しなければならないのですよ。」


「独裁貴族体制を敷いておいて詭弁だな。しかし、私はこのようなところで倒れるわけにはいかないのだ。」


キケニウスは言い訳するように呟いていた。その時点では明らかにポンニウス派の勢いは強く、ガラムス派は確実に粛正されると誰もが考えていた。

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