俺の才能が埋もれる事よりも後悔する
村人たちの涙の大熱狂とは反対に、広場の大きな焚火は静かに力を弱めた。
光源が無ければ、誰が泣いているのかすら分からない孤独を感じることになる。周りに人はいるはずなのに、見えないのならいないに等しい。それだけで不安感に襲われた子供たちはたちまち泣いてしまうだろう。
本当に宴もたけなわ。村人たちは銘々の感情をあらわにしながらも、自分の家に帰っていく。
今日の夜は長かった。皆、興奮のせいで忘れていた眠気に一気に襲われ、疲れと共に自然と眠りに落ちるのだろう。
いつもなら僕も熟睡する時間だ。それに今日は赤いドラゴンを倒すために、結構山を登ったのだ。あんなことが無ければ、僕だって疲労に任せてベッドに飛び込んでいただろう。
しかし僕らはそうにはいかない。あの村長の話に乱入できなかった分、僕らは話し合う必要があった。
「聞いていない!!」
僕は自分の家の大きなテーブルの上を両手で叩きながら、大声でそう言った。夜更けに騒音を出すのは忍びないが、今日くらいは許してほしい。
その衝撃で、テーブルに置いてあった二つの蝋燭の火は、激しく揺れた。暖炉の火はパチパチと音を鳴らし、夜の肌寒さを緩和してくれている。
暖炉の少し離れた場所に置かれている大テーブルには、僕の隣に腕を組みながら「うんうん」と頷いているレベットがいる。僕らの目の前には、僕の両親がテーブルに手を置いて座っていた。そしてレベットの祖母が暖炉に温まるように床の間に座っている。
「これはもう村で決めた事だ。言うことを聞きなさい」
父は僕の目を見ずに、そんな事を言う。
「村で決めた事?じゃあ僕らの決定権は?僕らの自由は?僕らの意思は?なんで当事者無しでこんな重要なことを決めるのか。僕らに相談は?僕らの考えを聞く必要があったとは思わなかったの?」
「お前らに相談したら反対する。この村に残りたいというだろう。特にライド、お前が」
「それはそうだ。僕は断固反対する。だって僕らはこの村でずっと生きてきたんだ。それを今更、自分勝手だとは思わないの?」
「ああ、思う。しかし村長の言葉が全てだ。それをお前たちには受け入れてほしい」
「あ―――」
僕の喉からしゃっくりのような音が鳴る。
危ない。
思ってもいないことが口に出そうになった。「村が発展するのに、成長するのに僕らが邪魔だってことか」と。僕は知っている。十九年もこの村で生きてきたのだ。どんなに貧困で、村を維持するのが困難だった時も、彼らは手を繋ぎ合って生きてきた。誰かを邪魔者扱いなんてしない。出る杭は打たれることはない。
彼らは純粋に僕らを送り出そうとしている。この村ではお前たちの才能を持て余す、羽ばたけと。
「村長の話は聞いたさ。でもそれなら僕らにだって役割はあるはずだ。村の自衛の準備が整うまでの時間、僕らの助けは必要なはずだ。その後だって、僕らは村の一員として普通に働けばいいじゃないか。僕らに頼らない村づくりにだって、僕らが参加する権利はあるはずだろ?」
「父さんがそういう事を言っているんじゃないことくらい、頭のいいお前には分かっているはずだ」
分かってはいるけど……!
「ライドと一緒にいられなくなるのは悲しい事だけど、私たちは村長の言葉を聞いて、送り出したいと思ったよ」
母が口を開く。この人の声はずるいのだ。優しく、母性があって、小さな子供をあやすよう。それでいて奸計も、悪意もない。純真にそう思っていることを真っ直ぐに言ってくる。
「ライド達にはすごく助けられてきた。私たちが子供頃には考えられないくらい、贅沢な暮らしをさせてもらっているわ。それでもあなたたちをこの村から旅立たせようとしているのは、決して村づくりのためじゃない。外の世界で通用する才能を持つあなたたちに、何も見せないまま村に縛っておくのは良くないと思ったの」
分かっているよ、そんな事。伝わっているよ。
村長は僕らが成人した時から、この話を村の人と話し合ったと聞いた。それにはもちろん僕の父や母も参加していただろう。そこで二人が賛成をしたのか、反対をしたのか分からない。しかし約三年間、この議題が停滞していたのは、一定数反対の人間がいたからだろう。
それでも今日、村は答えを出した。そこには僕らがいない村を想像して出た不安感。僕らとの別れを惜しむ悲しみもあっただろう。それを押し切って、彼らは答えを出したのだ。
言葉の上なら、父も言葉も、母の言葉も、「綺麗事だろ」と一蹴できるだろう。
ただその僕の勇気は、村人の決断の勇気を超えることができるだろうか。その覚悟を前に、僕は心にもない事を口に出せるのだろうか。答えはもう出ている。
僕は溜息をついて、椅子に座った。そして笑みを浮かべた。
眠気を噛みしめるように、今の雰囲気にそぐわない欠伸を口を結んで我慢する。準備完了。さあ、最終手段を使おうではないか。
僕は欠伸のおかげで浮かんだ涙を、目を瞑ることによって頬に伝わらせた。そして姿勢をだらしなくした後に――
「あー!嫌だ、嫌だ、いーやーだー!!この村を出たくないよー!ずっとこの村にいたいよー!!こんなに人が温かい村、外の世界にはないよーー!嫌だ、嫌だ、嫌だーー!!」
僕の必殺技。大人のぐずり、我儘。子供であれば、親から「はいはい」と流されてしまうのだが、僕が大人であればあるほど、「こんな大人がこんな風にぐずっているのなら、何かしらの理由があるのかもしれない」と意固地な考えを持つ相手に、一考の余地を与える技だ。
さあ、食らえ。大人がこんなに我儘にぐずっているぞ。その意味をちゃんと考えて、村の意思や意向すべて消えてしまえ!!
「嫌だ!!絶対嫌だ!!僕はもう、この村を離れ――ぐぼぅ!!」
隣から――隣から?怒りの鉄槌が僕の腹に下った。
その拍子に、だらしなく座っていたことで僕は椅子から転げ落ちた。
「おい!お前は味方じゃなかったのか、レベット!!」
僕の必殺技を止めたのは、相棒で今回の件に限っては同志のはずのレベットだった。
「ちょっと!今、僕が最終兵器を使っていたところだろ。これが成功すれば、村にいられるんだぞ」
「考えているから、お前はもう黙っていろ」
「……はいはい」
まあこんな真剣な場にはふさわしくない行為だったことは認めよう。心から僕を説得していた両親も、僕を心から軽蔑するような顔をしている。
僕は負けた。あと残る手札は、「僕はこの村を愛している。毎日が楽しいと思っている。それなのに、二人は僕を外の世界へ行けって言うの?」という母親直伝の情に訴える作戦だけだったが、もうぐずりを使った後じゃあ、野暮だ。
まだ腕を組み、目を瞑っているのか、下を向いているのか分からない巨漢は放っておいて、僕はこのまま席を外して暖まろう。
「おばあちゃん、あったかいね」
「そうだね~、ララちゃん」
ああ、和む。心のつっかえが取れるようだ。
そんな僕を余所に、テーブルではまだ話し合いが行われている。僕対僕の両親から、レベット対僕の両親。次鋒戦。さあ、僕の両親が堅物で、僕より我儘なレベットを説得できるか見ものだな。
「そういうことだから、レッドも従ってくれ。これはお前たちのためなんだ」
「受け入れられません」
理論派の父の言葉は、レベットにあっさりと突き返された。これは僕と両親との話し合いの内容を丸ごと受け入れられないと言っている訳で、それだけで僕よりレベットの方が手ごわいことが分かる。
しかし僕は予言しておこう。
レベットのこの固い意志は、すぐに折れる。そもそも彼には、村の発展とか、僕らの才能とか、そうでもいい事ではないが、二の次なのだ。彼には一枚の壁――ではなく一つの柱がある。僕に言わせれば、その柱を壊してしまえば、レベットは簡単に折れる。
それをするには父には無理だ。どんなにメリット、デメリットを提示しても、レベットは頑として動かないから。
それが分かっている両親は、選手交代。父から母へのハイタッチ。
「レッド君が心配してることは分かっているわ。でも大丈夫、おばあちゃんなら私たちでしっかりとお世話するわ。昔の村だったら、できなかったかもしれないけれど、今はその余裕は余るほどあるの。それも全て、二人のおかげなのよ」
そう、レベットの一つの柱は、彼の祖母。
僕と今一緒に暖炉の前で一緒に暖まっているこのおばあちゃんだ。年老いて腰が曲がり、薄い白髪に、顔に皺ができている。目も開いているか開いていないか分からない時もある。でも穏やかで、元気のあるおばあちゃんだ。
「それでも俺は……俺は、自分の祖母を置いて村から下りることはできないです」
なんとまあ頑固なこと。こいつは人に甘えることを知らない。どんなに仲が良くでもそうだ。それが年々ひどくなっているのも否めない。
「俺は家族の死に目に会えなかった。祖父は僕が生まれる前に死に、両親は山の中で行方不明になり、魔物に殺されていた。俺がどこかに行っている時、祖母に何かの事があったら、俺は俺の才能が埋もれる事よりも後悔する」
決して感情的にならず、ただ自分の感情を伝えるレベット。僕のようにわざとらしくアピールして、立ち上がることもない。淡々とそう言うレベットに、僕の両親は何も言うことがない。
レベットにとって血の繋がった家族は祖母だけ。彼の言う通り、祖父は僕たちが生まれる前に死んでいたらしい。具体的に僕は聞いたことないが、おそらくこれも魔物案件だろうと睨んでいる。
そしてレベットの両親。まだ僕らが六歳の頃。彼らは山に山菜や実を取りに行ったまま帰ってこなかったらしい。僕はあまり覚えていない。今ならそれが危険なことだと分かるが、それくらい切羽詰まっていたのだろう。
レベットの両親が魔物に殺されたことが分かったのはそれから三年後。僕らが子供ながらに魔物と叩けることを証明し、精力的に魔物狩りを進めていた時の話だ。
こんなこと僕が言うのも珍しいが、惨い運命だと思う。
たまたま僕らがゴブリンの罠に気づき、それを利用して彼らの巣を逆探知してやろうと考えた。そう、今日のように。一年間も魔物を狩り続けていた僕らだったが、罠を辿ればそこはひっそりと隠れた穴場があった。
その巣にはただのゴブリンしかおらず、特別な能力を持つ厄介なゴブリンを相手取らずに済んだので、処理はすぐに終わった。ゴブリンの巣には、憎い事だが人から奪った金品などが溜められていることが多いため、僕ら二人はその巣の奥まで進んだ。
そこで見つけたのが、レベットの両親と思われる服を着た白骨化した死体だった。
レベットがそれを見つけられたことは幸運だったのか、不運だったのか。それでも彼らの遺体を見つけられるのは、僕らしかいなかったのは事実だ。
「こんなことは言いたくないけど、俺はばあちゃんが死ぬまで一緒にいたい。それができるなら、村を下りるでも、何でもできる。だからそれまで俺を村にいさせてくれ!!」
手が熱い。
ずっと暖炉に手をかざしていたせいだ。これで今、レベットの頬に手でむぎゅーってやったら、すごく怒られそう。そんなことを思いながら、僕は一人で暖炉の前に座る。
「いいのよ、レベちゃん。我慢しなくて。あなたには夢があるんでしょう?」
「ばあちゃん……」
椅子を動かして、テーブルに向かうおばあちゃん。ゆっくりと、か細いがちゃんと聞こえる声でそう言った。
それを聞いて、今日僕がレベットに「夢がないなあ」と行った時、彼が「夢ならある」と言ったことを思い出す。
レベットが剣を振り始めたのは、まだ彼の両親が健在だった頃。確か四歳から五歳の間だったと思う。それのきっかけは、この村に冒険者が来たことだった。冒険者を呼ぶことのデメリットを知らなかったまだ子供の僕らにとって、彼らはとても生き生きしていて、かっこよく映っただろう。
その時のレベットも何かを察してか、我慢強く、何もねだらなかった子供だったが、珍しく彼は親に剣をねだった。両親は困ったらしいが、大工のおじちゃんが快く作ってくれたらしい。成長するごとに、その剣は新調されたが、最初の剣はまだ彼の部屋に飾られている。
「レベちゃんは冒険者になりたいのよね?だからあんなに努力して、強くなって、逞しくたったのよね。だったら遅くならないうちに、その夢に向かって歩き出さなくちゃいけないね」
レベットに強いているわけではない。おばあちゃんはレベットの内に秘めた気持ちをただ掘り上げて、代弁しているだけ。ただ「何でもお見通しなのよ」という含意を添えて。
「ばあちゃん、でも俺はずっと一緒にいたい。そんな夢より、もっと大事なものがあるんだ」
「私の短いこれからの幸せは、家族のレベちゃんの幸せなのよ。私、レベちゃんの冒険の話、聞きたいなあ~」
レベットはついに唇を結んだ。僕のように欠伸を我慢しているわけではないだろう。
「いつも聞かせているじゃないか……!」
「ふふ、おばあちゃん、楽しみにしているからね」
彼の拳はテーブルの上で握られている。その手の上には、ポツポツと我慢しきれなかった感情の結晶が一粒、一粒と落ちていく。ああ、これは折れたな。おばあちゃん対レベットの大将戦。圧倒的に軍配が上げたのはおばあちゃんだったわけだ。
うーん、僕もこんな涙ながらの説得みたいなやつを期待した方がよかったかな~。でも僕が泣いていたら、レベットは絶対泣かなかっただろうな。滅多に見れないレベットの涙だ。どうでもいいけど暖炉に手を合わせておこう。
まだレベットは涙を流している。僕の両親はレベットに寄り添って、背中を撫でたりしている。おばあちゃんはそれを見て笑っていた。
もう十九歳の大人が、よくもまあ家族同然の人の前であんなに涙を流せるものだ。恥ずかしくならないのだろうか。僕は今のレベット見ていると恥ずかしくなってしまうよ。大体、僕は湿っぽい雰囲気が嫌だから、一芝居うったというのに。
僕は体の向きを変えて胡坐をかきながら、咳払いする。それでも注目は僕には向かなかったが、はきはきとした口調で言ってやった。
「ねえ、僕は村出るのやっぱり嫌なんだけど。それに本当に村を出るなら、僕は冒険者じゃなくて騎士団に入りたい。あそこなら安定な給料で、王都から出ずに仕事できるだろ?ほら、冒険者って難しいそうだし、僕は王都でぬくぬく過ごした~い」
ほら、湿っぽい雰囲気が一転、僕への殺意にも似た怒りがこの場を包む。これでいいのだ。僕はレベットが泣いている所なんて、一瞬見ただけで満足なのだ。これ以上は過剰摂取で吐いてしまう。
あと、僕が行ったことはほとんど本音だ。今までだってずっと冒険者まがいの魔物討伐をしてきたのだから、心機一転、騎士団で国のために働くのもいいだろう。本当に移動に移動を重ねて依頼なんか受けたくない。
僕の言葉にレベットは今まで垂れ流しにしていた涙を腕で拭く。いや、腕で拭けるなら、最初から拭けってな。冗談ですよ、もちろん。
そして彼は僕の両親の慰めを払った後、どかどかとわざと足音を鳴らしながら、僕へと近づいた。
「ぐえぇ……」
レベッカは僕の目の前に来ると、座っている僕の胸ぐらをつかみ、僕の顔に自分を顔を近づけ、充血した目を見開いて言った。
「絶対に村から下りて、お前を冒険者にしてやるからな」
今まで聞いた中で、レベットの一番ドスの利いた声を聞いた。これは本気で怒らせてしまったみたいだ。
僕はそんなのにも動じないと、肩をすくめて見せた。それに彼はさらに眉を吊り上げた。
あーあ、これから僕は村を離れて、冒険者になるんだ。村の子供たちよ、すまない。お兄ちゃん、もうコマ回し教えてあげられないよ~。
この後、僕はこの夜に眠ることなく、「そういうところを村から出て直せ!!」などなど、朝まで説教されたのであった。
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