どうか恨まないで

 広場が片付けられ、何人かの村人によって血の付いている地面に砂をかけ始める。一人の村人が「今日はすごかったね~」と感想を述べ、みんなが散り散りになろうとした時、僕は手を叩き、声を上げる。


「みんな!!あれで終わりと、僕らを舐めちゃあもらっては困るね。今日の目玉はこれからだよ」


 僕は両手を広げてアピールする。すると外へ向いていたみんなの足が、目が、再び広場へと注目される。まあ、僕の声を聞いた指示出しの村長の息子と、向こう側の死体処理班はまだあるのかとげんなりしただろうが。


 今までこんなにも大量に獲物を狩ったがあっただろうか、と思う程多かったからな。今日はレベットが粘ったからな~。ホント疲れた。しかしそれも最後の一匹。目玉も大目玉。僕らが狩ったのも初めてだ。


 僕は達成感と共に指を鳴らす。


 ドスンッと地面を鳴らす音と共に現れたのは、赤い鱗を守った四足歩行の翼の生えた蜥蜴のような生物。いわゆるドラゴンというやつだ。口の間から見える牙や、足から伸びる爪。これを間近で見られるのは、冒険者でも少ないのではないかと思う。自己評価高いだろうか?


「赤い鱗のドラゴンだ。このサイズは子供だが、この広場全部使ってしまうとは思わなかった」


 レベットも改めてこのドラゴンの大きさを見て、表情には出ていないが、感心していた。


 そんな説明ともいえない説明を聞いた村の人々は、このドラゴンの死体を見て、子供も含めて火の音と少々の話し声しか聞こえない静けさの後に、大きな歓声で沸いた。


 それはもううるさいくらいの歓声。「す、すげー!ドラゴンだ!」「えー!二人とも、これを狩ったの!!」「ラララ兄ちゃんすげー!!」「あ、あれがドラゴン……!」と好き好きに声を上げていた。


 冷静なのは僕だけ。冷静に見えるのはレベットだけ。


 まあ僕たちも討伐して見て、その死体を見た時は抱き合って驚いたものだが。こうして村の皆の反応を見るのは、なんだがくすぐったい。ほとんどはドラゴンに対する興味だけど、僕らへの賞賛でもあるわけだしね。


「鱗も売れる。爪も、牙も……。肉はうまいだろうか。でも食ってみるしかあるまい!」


 あ、冷静じゃないけど別方向で興奮している人、発見。さすが村長の息子。ドラゴンが目の前にあることをもう受けれている。


 まあでも本当に、このドラゴン一匹で今日見せた全ての釣果を凌ぐ成果だろう。この大きさなら肉もすぐには食いきれないし、金銭面もかなり潤うのではないか?


 ああ、でもこれはレベットの気持ちが心底分かってしまう。


 こんなに皆に喜んでもらえると、明日も仕事を頑張ろうと思ってしまう。僕の場合、その気持ちも朝起きたら消え失せてしまうのだが。それでも今日は、この気持ちのまま食って、叫んで、踊りたい気分だ。


 僕は村人の騒ぎに乗じて、思いっきり腕を上げて、大声でこういった。


「今日は祭りだーー!!」


 村は気勢を上げて、今日の終わりを大いに盛り上がった。






 料理はこの大きな焚火の前で、肉の丸焼きなども振る舞われたが、基本的に食材と火を各家庭で持ち帰って、調理したものを持ち寄って食べている。村の中で同じ調味料と同じ食材を使っているのに、これがまた家庭の味になっているのだから、面白い。


「ラララ兄。これ美味しくない、食べて~」


 まだ五歳にも満たない、村娘の自然な媚びるような声に僕は笑う。


 イノシシの肉を様々なスパイスで臭み消しをした後に、軟らかく煮こまれたスープ。そこに浮かんでいる薬草の一つ、ミセラ草。葉の大きさはそこまで大きくないが、一つ口に入れれば、その独特な酸味と辛みが鼻を抜ける。


 まあ、簡単に言えば大人向けの薬味だ。


「運が悪かったね。でもこの良さが分かれば大人に一歩近づくが、分からなくとも子供のままという訳ではない」


 僕はスプーンで彼女の器からスープごと薬草をすくって食べた。こってりとした油の入ったスープにはこれが合う!!


「ラララ兄の言ってること、たまによくわからない」


「ラララ兄ちゃんの言っていることは、深くて浅いってレッド兄ちゃんが言ってた」


「……?どっち?」


 なんてことを無垢な子供たちに教えているのだ、レベットよ。僕の言葉は思慮深く、冗談めかされていてとても浅はか。ああ、確かにレベットの言い分も間違ってはいないか。それでも子供に知的性の無い謎かけをするのはどうかと思う。


「兄ちゃん、今日はゴブリンの目玉でピンポンしたい!!」


「え~、私はゴブリンの頭で地面に着かないようにする遊びしたい」


「僕はララちゃんの魔法で飛びたい!!」


 まだ子供なのだ。人間として当然の行為でもある食事にも集中力がいる。


 僕は皆で火を囲んで踊りたいのだが、いつもそればかりじゃ飽きるし、芸がない。でも僕の魔法を使うのはいいが、ゴブリンの目玉や頭を使うことを芸のある行為だと言えば、そうじゃない。僕が教えたんですけどね。


 村の大人たちよ、子供たちの欲の無さに付け込んで、彼らに遊具を買わないのは間違いなく怠慢だぞ。


「魔物の頭や目玉で遊ばなくとも、今日は特別なものを持ち帰ってきました!!拍手」


 僕はその場に立ち上がって、腰に手をあてて、顎を上げる。耳にはパラパラと小さな手を叩く音が聞こえる。うんうん、いい盛り上がりだ。


「さあ、ご覧あれ。これは真の意味で宝の山だ」


 そして僕は指を鳴らして、子供たちの輪の中心にそれはもうキラキラと光る金色の物体が降り注ぎ、山となる。


 それを見た子供たちは、そんなものよりも輝かしい瞳を見開いて「おー!」と両手を上げて宝の山に近づいた。あの山には金貨、銀貨はもちろん、豪奢に設えられた剣や輝かく防具。この村には似合う者はいないだろうが、様々な形をしたアクセサリーまで。


「そうにやって、村に何も言わずに私腹を肥やす。まさにゴブリン。お前は魔物だよ」


「げ、レベット」


 子供の大騒ぎを聞きつけた村人を引き連れて、レベットはそんな皮肉を僕の後頭部にぶつけた。大きな手で僕の頭を鷲掴みにして、「全くお前という奴は」と少し舌足らずな活舌で言った。


 それを僕は軽く手で払う。


「僕に近づくな、酔っ払い。近づきたければ息をするな。僕はその匂いが心底嫌いなんだ」


「そんなに匂わねえだろ?俺はララが嫌になるような匂い、嗅いだことねえぞ」


「そうだね、不思議だね。それが分かるようになれば、もう少しは自制できるんじゃないか?」


「あ?できてるだろ?」


 このレッドベット・カファノールにはいつもの大義も正義もない。ただ緩やかに揺れ動く脳は、その揺れ動き方に快楽を覚え、その揺れが激しくなり翌日に苦しむこと一時的に忘れさせる。


 レベットは僕にゴブリンと卑下したが、この酔っぱらいはゴブリンを含めた魔物全般。臭い息を放ちながら、本能のまま動く獣だ。だから酔っ払いは嫌なのだ。是非、子供たちに近づかないでいただきたい。


「これだけの財宝を隠し持っていたのか。これを勘定するのは、俺たちだという事を忘れないでおくれよ、ライド」


「げ、村長の息子」


「お前に息子と言われるのは癪だ。名前で呼べなんて贅沢は言わないが、まあ次からは次期村長と呼んでくれよ」


 次期村長含め、子供たちが財宝の中の宝探しをしている姿を囲むように見始める大人たち。中には鋭い剣なども入っているので、後ろでその親たちは「危ないモノに触っちゃダメ」「箱はむやみに開けちゃダメ」「あ、そのアクセサリー、お母さんが欲しい」など逞しく心配している姿を見せた。


 これはキングゴブリンを倒し、その巣穴を探索したところ、一番奥に隠されていた宝。この山一帯に探索しに来た冒険者、商人などがあの魔物たちに捕まり、奪われた金銀財宝。


 本来ならばあるべき場所へ返すものだが、知らない相手に義理を通せるほど僕らの心は寛大ではない。いつも自分の意見を持ち、正義を掲げるレベットでさえ、このことには何も言わない。せめてあなたたちの仇である魔物を倒した僕たち英雄に向けたお礼と思って渡してほしい。どうか恨まないで。


 僕はそう思いながら、そっと目を瞑った。


「おい、この剣。レッドに似合うんじゃないか」


 そう言って真っ直ぐ宝の山に向かったのは大工のおっちゃん。彼は入り組んでいるはずの山から、鞘のついた取り出した鉄製の鋭い剣。それを抜いてこちらへ持ってきて、酔っ払いのベレットに渡した。


「ん……ちょっと待ってて」


 剣を握って、振り向きざまにそう言いながら広場から離れるレベット。素振りをして手に合うか、確かめたいのだろうが、酔っ払いがそんなことしないでほしい。もしスポンと手から剣が抜けて、僕のおでこに刺さったらどうしてくれる。


 剣の刀身は長く、太い。飾りも多少はあるが、気にならないだろう。切れ味も鋭そうだ。多分、レベット好みの剣だろう。


 彼は二、三回、その剣で空を切り裂いた後、何も言わずにこちらへ戻ってくきた。


「どうだ?感触は?」


 あっけらかんとしたその口調で、大工のおっちゃんはレベットに聞く。


 それに応えるかのように、レベットはおっちゃんにその剣を優しく手渡した。そして首を横に振った後に言う。


「鉄製で切れ味があるのはいい点だが、柄の部分がおれの手では小さすぎる。これじゃあうまく力を出せない。一番は今の剣だ」


「お、おお!そうか、そうか!!いや~やっぱりあの剣の方がいいか!」


 おっちゃんはいらなくなった剣を地面に置き、レベットの背中を強く叩きながらそう喜ぶ。あれをされると咳き込むから僕にはやらないでほしいのだが、レベットは何も効いていないように仁王立ちしている。


 今使っているレベットの木の大剣は、この大工のおっちゃんのオーダーメイド。特に、さっきレベットが気にしていた柄の部分は、彼の手の大きさに合うように作れており、彼が言う通り一番力が出しやすいのだろう。


 僕個人としては、そろそろ魔物を叩きつけて殺すのはやめて、スタイリッシュに頭を刎ねてほしいものだ。レベットなのであれば、柄の違いで出せる力の差など、微々たるものに感じさせてくれるはずだ。




 


 財宝の山からは、子供たちが気に入るようなおもちゃは無かった。


 なので僕らは大工のおっちゃんが、首振りチキンを参考にして作ったコマ回しで遊んでいた。コマの周りを覆うように紐を回しつけ、それが崩れないように持ちながら、コマを宙に放り、思いっきり紐を引く。


 宙に浮くコマは高速回転しながら、地面に降り立つ。ドリルのように土を掘りながらも、その勢い止まらずに回り続けるコマ。それを見て、子供の一人が喜んだ。


「さすが、ラララ兄ちゃん!村一番のコマ回し!」


 耳障りの良い賞賛の声、ありがとう。


「コツは力強く引っ張ることよりも、コマを宙に放り投げた時、いかに紐を崩さないかが重要だよ。さあ、みんな。僕のようなコマ回し職人になるために頑張ろう!」


 子供たちは丁寧に丁寧にコマの周りに紐を回し、好き好きに遊ぶ。ひもを引っ張る時に、「えいっ!」や「それっ!」なんて掛け声を出しているのを聞けば、僕は惰性をむさぼる昼寝よりも、この言い難い幸福を得ることができる。


 大きな火へ木々を入れ無くなってからもう一時間くらい経つ。まだ火は消えることは無いが、村人の熱はそろそろ冷めてきていた。宴もたけなわというやつだ。大人たちは家から出した食器類や、食べかすを片付け、焚火に使わなかった木々も片付けている。


 片付けの邪魔にならないように、子供たちをまとめて遊んでいるという僕にしかできない重要な仕事をしている一方、レベットは酔いも冷めたのか、人の二倍くらい丸太を持ち上げて力自慢をしていた。


 周りのおばさんたちに軽く肩を叩かれ、「いつもありがとうね!」ともてはやされている。いいご身分だ。


「ねえ、ララちゃん!!もっかいお手本見せて!!」


「ララ兄、僕のコマに紐巻いて。僕、うまくないの」


「ラララ兄ちゃん、どこ見ているの、早く!!」


 うん、僕はこういうもてはやされ方でいいんだ。


 僕の袖をつかみ、輪の中へ入ってと引っ張ってくる力に任せて、ただ誘われる。僕の表情は泥が落ちるかのようにだらけている事だろう。


 レベットには「十九歳になって、まだ」なんて言われるかもしれないが、僕は大人としてこの輪に入っているのだ。大人として、村の未来を思って行動している。誰にも文句は言わせない……って僕は誰に言い訳しているのだろうか?


「ララ」


「……なんだい?」


 僕が子供のために、コマに丁寧に紐を括っていると、後ろからレベットの声が聞こえた。僕の楽しみに水を差すとは、忌々しい奴だ。


「もう片付けは済んだ。皆の親も手が空く。そろそろ家に帰る時間だ」


 これは僕越しに言った、子供への言葉だ。レベットはあまり子供とは仲良くしない。自分の力で握り潰してしまっては、親御さんが悲しむと目線を落としながら言っていたのが印象的だ。僕は最初、冗談かと思って、一言「くだらないね」と言ってやったが、バカ真面目だった。絶句した。


 子供たちはそれでも「はーい」と手を挙げて、親の元へ帰っていく。


 今日の仕事はこれで終わりか。満足感と達成感、そして虚無感。


「もっと遊んでいたかったなー」


「お前が一番子供だな」


「子供とうまく遊ぶには、自分が一番子供になることだよ。もちろん、大人の理性と節度を持ってこそ、だけどね」


「難しい事を言うな」


 別に難しくは無いだろう。ただ子供に寄り添って、見守るべきと言っているだけだ。が、まあしょうがないな。子供の頭を撫でることもできないモンスターには、分からないことだ。


「それよりもララに伝言だ。村長が村全体に話があるらしい。俺たちは前に出ろとの事だ」


「僕たちが前?なんで?」


「俺たちの話だからだろ。当たり前のことを聞くなよ」


 そりゃそうだ。


 どんなに大漁だった時も、そんな村全体を挙げて村長が話すことなんて無かったが、さすがにドラゴンまで出されたら僕らに賞賛の声を浴びせないと済まされないと思ったのだろう。


 歩き出したレベットの隣へ小走りで追いつき、僕は胸を張りながら歩き始めた。




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