僕も君も村と村の皆が好きなんだ

 村に帰ってきたのは日が暮れてから。


 山は日の出は早いし、日暮れも早い。まあこれは感覚的な話だし、僕がそう思っているだけかもしれない。だってまだ眠たいのに非情に日は僕を照らしてくるし、まだ仕事から帰っている途中なのに日はすぐに落ちるのだ。


 夜の山道は面倒くさいのだ。石もあれば、岩もある。飛び出している木の根っこもあるし、魔物も出る。一番はそれにかこつけて、隣の男が魔法で照らせと言ってくるのだ。正直、疲れている時に魔法は使いたくない。


 だから今日も僕は相棒への文句が止まらない。


「だからさ、僕のように一瞬で終わらせてくれないと、こんな風に真っ暗になるわけで。それでも僕にずっと頼るわけにはいかないだろ?だったらいちいち戦闘スタイルにこだわらず、もっと強引に、粗雑にやってほしいものだ。レベット、僕は君の事を高く評価している。あのくらいの魔物、手を抜いても勝てるだろ?」


「これは仕事でもあるが、訓練でもあるんだ。いつ何が起こるか分からない、命がけの魔物退治で手を抜くことはできないし、それじゃあ俺の腕が鈍る。手慣れた相手だからこそ、同じ戦い方で確実に殺すべきだろう」


「それでこんな夜になっていたら、本末転倒じゃないか?」


 そう言うとレベットは押し黙る。一度天を仰ぎ、空が真っ黒に染まっていることを確認したレベットは、唸り声をあげて悩み始める。


「すまん」


 そしてごく小さな声でレベットは謝った。


 全く自分の信条がしっかりしている奴は面倒くさい。自分の考えに筋が通っており、正義だと思っているからこそ、少し考えてその正義にほころびが見えると、それを認めるか認めないか脳で喧嘩する。


 まあその結果、そこで謝れるのがレベットの良いところだ。ここで逆上する人間だっているのだ。いるよね?


「まあ、いいさ。夜になるのはいつもの事。今度からは松明でも持ってきなよ。無機質な魔法の光よりも、ゆらゆらと揺れる火を前に歩いた方が、精神に良さそうだ」


「それには同意だ。魔法は利便性がありすぎて、気が付いたら頼ってしまう。代用品があるのなら、そっちを用意した方が良いだろうな」


 僕は苦笑する。


 なんせこの話をしたのは何十回、数えきれないほどしたのだ。そしてそれから一、二回はレベットの背中に大剣と松明が収納されているのだが、結局手間がかかったり、剣が出しづらくなったりして、デメリットが付いてくるので、手軽な魔法を使うことになるのだ。


「それにしても、ララよ。今日は大成果だ。村のみんなが喜ぶぞ」


 レベットの顔が綻ぶ。彼は仕事は仕事と無機質にこなす仕事人かと思えば、夢やロマンがなくともこの仕事にやりがいを感じることのできる純情仕事人だ。


 その顔に僕の表情にも力が抜ける。


「そうだね。今日の獲物は価値も高いし、なにより美味しい。金を勘定している役人たちも大喜びで、日々の生活で食事が何よりの喜びだと思っている村の人たちも両手を上げる。今日は火の周りで踊るんじゃないかな」


「お前はいつも踊っているだろ。あの体力があるなら、もっと狩りに張り切っていいんじゃないか?」


「違うね。僕はあそこで元気をもらっているんだ。僕は日々の仕事でストレス解消はできないんだ。村の人と触れ合う事こそが、僕にとっての安寧さ。君が村の皆の喜ぶ顔が、魔物退治の原動力のようにね」


「そうだな。……ララ」


「なんだい?」


「お前にしては、珍しくいいこと言う」


 レベットはそれを彼らしくない上ずった声で言った。


 そんな彼の態度に、僕は吹き出してしまう。


「あはは!珍しいね、レベットがボケるなんて。照れたのかい?」


「べ、別にボケたわけじゃない。本当にそう思っただけだ。お前はずっとちょけてるだろ」


 僕は自分の手の上に浮かばせておいた光の球を、進行方向に投げて、漂わせた後に、僕は後ろで手組む。少し顔を上げれば、大火事ではないかと思う程、火が天高く燃え上がっている。もうすぐ村に着く。


「そうだね、僕にしては珍しい。でもいいじゃないか、僕もレベットもそれくらい村と村の皆が好きなんだ」


 レベットは鼻を鳴らしながら、笑う。そして「そうだな」と彼が言ったのと同時に、僕は光の球を消す。


「おー!帰ったか!食事の準備できてるぞ!!あとはお前たちの食料待ちだ!!」


 村に帰って、僕らを出迎えてくれたのは、この村で大工をやっているおっちゃん。既存の家は改装し、新しい家はすべて彼が建てたというくらい、この村に貢献している。顔には深い皺が彫られているが、まだまだ現役、元気いっぱい、年齢不詳の超人だ。


 おっちゃんの渋くて、響き渡る声で、火を囲んでいた村人たちがぞろぞろと、僕らを囲み始める。


「お帰りなさい!ライド、レッド」


「お帰り!」


「ラララ兄ちゃんお帰んなさい!!」


 声は様々、老若男女。僕の両親も顔見せている。それでもその全員が僕たち二人の帰りを歓迎してくれている。


 それを見てしまえば、レベットも僕が英雄と言っている訳も分かるだろうけど、まあこいつはそんなこと考えるまでも無く、その胸は喜びに満ちているのだろう。


 ここも火の明かりが届くには届くが、今日の大成果を披露するにはちと暗い。僕はもう少し明るいところで見せようじゃないか、と期待感を煽って火の近くに移動した。


「それじゃあ、今日の釣果だ。目を見開いて、刮目せよ!!……ああ、火の近くは目が痛くなるから本当に開けなくてもいいよ~」


 そうして僕は指を鳴らして、村の皆が囲む広場に獣たちの死体の山を出現させた。これは僕の異次元魔法。ある物体を異次元の箱に収納し、自由に出現させられる利便性の高い魔法だ。ただ異次元に飛ばすことができるのは無機物か、命が尽きた生体のみ。人間は異次元には飛ばせない。


 まあ、具体的な構造はよく分かっていない。今した説明も想像と妄想の範疇をでない。


 その死体の山を、体勢を前へ覗くようにみる村人の期待に応えるように、レベットが口を開く。


「まず一つ目の山。内訳は、イノシシ三頭。オオカミ五匹。よく分からない鳥が三羽」


 おお~と歓声が上がる。


 ここはいつも通り。しかし盛り上げてくれるのは皆の気遣いか、自分たちが盛り上がりたいだけか。こういう疑問は大体後者が合っているものだ。


「よーし。じゃあイノシシは皮剥ぎ取って、肉は皆で分けよう。オオカミの毛皮は村のもの。肉は好きな奴が持っていっていい。鳥は少量だから、今日の内に焼いて食っちまおう」


 その手の知識が深い村長の息子が仕切り役で、周りの村人に指示を出す。息子と言っても、多分四十代。僕らは小さい頃にはもう立派な大人で、未来の村長だと皆が認めている。


 その村長の息子の指示により、迅速に獣の死体たちをこの広場から移動させると、僕は指を鳴らして、第二陣の山を出現させた。


「ブルブルボアが約二十頭。キングゴブリンが一体。下っ端ゴブリンがいっぱい。首振りチキンが三羽」


 ブルブルボアは突撃する前に自分の身体をバイブレーションし、エネルギーを溜めて爆速で体当たりしてくる魔物。発射する前に倒してしまえば訳の無い相手だが、バイブレーションが激しすぎて近づけなかったり、いつも僕の隣にいるアホが盾で受けたいとか言い出したりしていつも手こずる。


 キングゴブリンは名前の通り、ゴブリンの王。たまたまゴブリンの罠に気が付いたので、のこのことついていったら私腹を肥やした王がいた。退治するのは僕の魔法で簡単だった。


 首振りチキンはこれも厄介な相手。頭を下にして首を振ることによって、コマのように回りながら鋭い爪を当ててくる魔物。ま、魔法なら一発なのだが、腕に嵌めるタイプの小さな盾でそれを完全に攻略したいという彼がいるので、時間がかかる。


 結局、何が一番厄介なのかと言えば、ね?


「おお!大成果じゃねえか!!すごいぞ、二人とも!!」


 後ろからくしゃくしゃと髪を撫でてくる大工のおっちゃん。レベット相手には背が足りなくて、刈り上げている後頭部をざらざらと撫でている。ああ、コンプレックスが疼く。


「じゃあ、ブルブルボアも皮は剥ぎ取り、肉は備蓄だな~。……おい、ライド」


「はい?」


 指差しで指示をしていた村長の息子が、僕に指を向けて呼びかけてきた。僕の皮は売れないし、肉も備蓄できないぞ。


「毒殺したのは、どれだ?ブルブルボアは叩きつけられた跡があるから、レッドが討伐したことが分かるが、このゴブリンとチキンは形が整っているから判別できん」


「ああ、毒殺したのはゴブリンだけだよ。首振りチキンは半分が僕の魔法で、半分がレベットがうまくやったみたいだね」


「いつも思うが、チキンのように毒殺しないで済むのなら、他のもしないでくれないか?いちいち識別するのが面倒だ」


「憎き魔物なんて毒で苦しめが苦しむほどいいじゃないか。そうだろ、皆?」


 周りを見渡しても、同意する人はいなかった。あれだけ盛り上がってた村人も、僕の一言で白けてしまったみたいだ。うん、この場にはふさわしくなかったかもしれない。隣のレベットだけが頷いている。


 しかしながら言い訳させてもらえば、この村は僕たちによって魔物すら食料という認識になっている気がする。ただ僕的にはそれはあまりよろしくない。


 魔物はあくまで敵。小さい頃、魔物によって殺された大人を何人も見てきた。そしてあいつらは、人間をそれは惨く傷つけられ、終着点が死というだけの遊び道具にされる。ゴブリンはそれが顕著に思える。


 毒は簡単で、魔物がとる行為と合致する。殺すための毒だが、毒は苦しんで苦しんで苦しんでも死なせてくれなかったりするのだ。まさに終着点は死。あれはいい。


 ま、それはそれ。これはこれ。


 言い訳と言ったので、ここまで長々と考えましたが、基本的には僕の気分。皆が食料と思っている魔物以外は、ただの道楽で毒の魔法を使うだけ。選択肢の一つなだけだ。


 あーあ、別に魔物を恨んでいるわけではないのに、こんなことを考えればもっと惨く殺せる方法を探してしまうかもしれない。


 やめよう。そんな事のために、魔法を研究したわけじゃない。


「よし!じゃあゴブリンは部位切り取って、商人に売ろう。チキンはデカいから各家庭に配布だな」


 村長の息子の号令と共に、魔物の山は次々に切り崩られていき、すぐにこの広場は片付けられてしまった。今、火の反対側ではナイフを持った仕事人たちが文字を書くように、獣たちの身体を掃除しているのだろう。


 死体の片づけ中に、レベットが小声で話しかけてきた。


「休憩の時に言っていたあの山の下ではこの村は崩壊していると思われているって話、あっただろ?」


「確かに言ったね」


「商人に世話になっているんだから、そう思われているってことは無いだろうな」


 何を言うかと思えば、そんな事ですか。わざわざ村の人があせあせと作業している間に、重要なことを言いそうな気真面目な顔で言うもんだから、僕も構えてしまったじゃないか。


「レベットが被害妄想だって言っただろ?つまり、その程度の話だよ」


「そうか。本気で言っているのだと思ったぞ」


「レベットすらも分からないくらい、僕の冗談話を本気そうに言う腕が上がったってことだね」


 レベットは納得いかないのか、腕を組む。


 彼が難しそうな顔をするのも仕方がない。なにせあの時の僕は本気でそう思って、胸を張って語っていたのだ。そりゃ、討伐依頼が途切れた村なんて滅んでいると思われてもしょうがない。僕が山の下の冒険者なのであれば、そう思ってがっかりするはずだ。


 しかし、まあ。商人か。そうか。忘れていた。いやいや、盲点だったな。


 僕はレベットと同じように前で腕を組み、彼の様子を窺った。ただそれは一時の、一瞬の疑問だったようで、もう満足そうな表情をして村の皆が働いている様子を見ている。


 レベットは首を回し、ポキポキと音を鳴らす。火の燃え上がる音に負けない結構な音量だ。僕も真似したが、音は鳴らない。今度、鳴らせるように頑張ってみよう。




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