小さな村で埋もれていた原石の二人組が、世界に最強と認めさせるまで
葦澤 瑞来
昔から物語の英雄は、小さな村で生まれるものさ
ライラ王国とガラランダ帝国の境にある山々が連なるミネミ連峰。
その中腹にひっそりと存在する村がある。その村の名前はイネイ村。怪しいところだが、山の斜面的な事を考えればこの村はライラ王国に属していることになる。
さて、このミネミ連峰。それぞれの山で違いはあるが、麓に下りては人々を命の危機へと陥れる魔物たちがうようよとうろついていることで有名だ。そんな連峰の山の中腹に位置している村も、当然に魔物の被害にあってきた。
こんな場所に村を作り、その村に住み続けている村人たちの自業自得だと言ってしまえばそれで終わりなのだが、まあ村を作った時にはまだ魔物が巣食う前だったという噂もあるので、先祖に文句は言ってはいけない。
しかし定期的に来るイネイ村からの魔物の討伐依頼が冒険者協会にとっては喜ばしい事だったりする。それも難易度が高く、報酬も高いということは、その街にレベルの高い冒険者が滞在することが多くなり、活性化に繋がるといういいこと尽くめ。
命がけで依頼し、お金を出している村の信条とは裏腹に、冒険者にとってイネイ村は絶好のカモ……えっと、お得意様と言える。
ただそれは過去の話。
イネイ村と冒険者の縁は、この十数年で完全に途切れてしまった。これを協会は「あーあ、いつも危険だとは思ってはいたけれど、とうとう魔物の大群にでも襲われて、崩壊してしまったのか~」と判断しただろう。これは仕方のない事だ。今まで冒険者に頼り、依存してきた村なのだから。そんな力なき村人たちが十年の間、強力な魔物たちから村を自衛できるわけがない。
そんな皆様の予想に反して、イネイ村はまだまだ健在。それどころか、十年前に冒険者協会に頼っていた頃よりもかなり発展していたり、人口も増えていたりするのだ。
その理由はご存じの通り、イネイ村の周りにうろつく魔物たちを蹴って殴って狩りまくる、傍若無人な二人組がその村に誕生したからである!!
「どう?この作り話」
「あ?そりゃ、酷い被害妄想だな」
「違う、これは英雄譚さ。ベレット」
目の前の地面に木でつくられたデカい剣を柔い土に突き刺して、岩の上に座って僕の話を被害妄想だと一蹴した、本名レッドベット・カファノール。僕はレベットと呼んでいる。僕と同じ十九歳だが、体格と身長は村一番で、僕の背丈では思わず見上げてしまう巨漢だ。それに似合わない小さな盾を腕に嵌めている。
「ただ村の魔物を狩っているだけで英雄譚になるものか。妄想もほどほどにしろ、ララ」
岩の上に寝そべって、木々の隙間から見える青空に向けてレベットは心底どうでもいいように欠伸をした。
僕の名前はララライド・イベトリ。レベットにはララと略されて呼ばれている。どうも女みたいな名前になるのが気に入らないが、慣れてしまえばなんのそのだ。
「そうだね。ただ魔物を狩っているだけじゃ、そこらの冒険者まとめて英雄さ。しかしだね、状況が状況だとは思わないのかい?」
「状況?」
分かっているのにとぼけて見せるレベット。
この十九年。同世代の人間が僕とレベットしかいなかったので、ずっと磁石のようにくっついてきた腐れ縁。特に性格が合うとかそんなのではないが、長年一緒にいればその性格だって自然に受け入れられるようになるものだ。
そんなレベットが僕の言いたいことが分からない訳がない。が、気持ちよく話したい僕の気持ちを汲み取って正解を言わない彼の気遣いを素直に受け取って、僕は話を進めようじゃないか。
「状況って言うのはそう、イネイ村さ。イネイ村はずっと冒険者に頼らないといけないくらい、周りの魔物に苦労してきた。そんな時に現れた救世主の僕ら二人組。冒険者に頼まなくとも、村人だけで完結できるようになった。備蓄もお金も溜まり、村の発展にも貢献。ほら、夢があるだろ?」
イネイ村の村人にとって、僕らのような存在がどれほどにありがたいか。僕たちの誕生はどほどまでに奇跡だったのか。
「昔から物語の英雄は、特別な誕生をするものさ。それも誰にも知られていない小さな村でね。伝説的だとは思わないかい?」
「思わない」
被せるように言われてしまった。
レベットは頭を上げて、僕の方を向く。そして呆れたような半目で僕を見た。
「俺らがやっているのはイネイ村の住人として当たり前の仕事。人それぞれ適正に見合った、割り振られた仕事なんだ。誰が英雄で、どの仕事が一番偉いなんてないんだ。どの仕事も重要で、俺たちは村の治安維持を保つために魔物討伐を仕事として全うしなくてはいけない」
全くお堅い性格をしているな。
言わば僕らは村のピースの一つであり、そこに大小はないと。確かにレベットの言い分は分からなくもない。しかし僕は思うのだ。村はある機械であり、僕たちは歯車である。全て同じサイズの歯車なんてことはなく、大小の歯車がうまく噛み合って、回っているから村は平穏なのだと。
しかしそれを言っても、レベットは納得しない。どうせ「屁理屈だ」と返されるのがオチ。ならばここは僕らしく……
「夢がないなあ。全く、夢がないよレベッカ」
「夢ならある」
「そういう事じゃあなくてだね。ロマンの話さ。僕たちも村の人全員に支えられていることは確か。しかしそんな人々を僕らが助けている!!って思えた方がやりがいってものがあるだろ?」
レベッカは眉間に皺を寄せた。どうやら彼には難しかったようだ。まあ心情的な話だ。レベットとは相棒だが、同志ではないので分からないだろうな。
「お前は英雄になりたいのか?」
ほら、こんな見当違いの伝わり方をしてしまう。
僕は笑って、ゆっくりをかぶりを振った。
「いいや、僕にそんな大仰な言葉は似合わないよ。そうだな……もしその言葉を僕にくれるのなら、小さな英雄とつけてくれ。僕は小さなこの村で、誰にも知られずにひっそりと英雄になって死んでいくんだ」
僕のような者が身の程を――というようなものではない。もし僕がそんなに謙虚であれば、そもそも英雄の話なんてしていない。僕は僕の実力も評価しているし、レベットの実力はさらに評価している。じゃあなんで僕は英雄になりたくないのか。小さな英雄で終わりたいのか――
「お前、出不精だもんな」
「そういう事さ」
僕はそう言いながら、汚れも気にせずに地面に後頭部を付け、天を見上げた。
木々は爽やかな風に揺れ、さえずっている。周りに動物の気配もしない、思いっきり気を休めることができるシチュエーション。息をすることがこんなにも気持ちいい事だなんて、世界中の何人が知ってるだろう。僕は優越感に浸りながら、瞼を閉じた
「さあ、休憩は終わりだ。さっさと魔物を狩っちまおう。今日はまだまだ登らないといけない」
不機嫌に目を開ける。
左耳からはズサッという誰かさんが粗雑に岩から地面に下りた音が聞こえた。さらに剣を土から引き出した音も。
僕は上体を持ち上げて、大剣を背負ったレベットへ睨みを利かせた。まさしく今、僕は自然の恩恵を感じながら、微睡みに任せて意識を落とそうとした。それなのに、レベットの奴は……!
「嫌だ」
「ダメだ」
僕はもう一度、重力に任せて倒れ込んだ。
「無理だ。僕はもう動けない。このまま魔物と戦っても命を落とすだけ……」
「直にここにも魔物は来る。眠っていたらそれこそ死ぬぞ」
「あーなら、死ぬように眠りながら死ぬのか、戦って死ぬのか。僕なら前者を取りたい」
「だから休憩を取りたくなかったんだ。まだ魔物狩りを初めて三時間程しか経っていないぞ。ほら、仕事くらいこなさないと、ロマンもクソもないだろうに。人を守り、人を助けろよ、小さな英雄さん」
「君がしていることは、魔物狩りじゃなく、言葉狩りだ!!横柄な巨漢め!!」
そもそも僕の体形はレベットよりも大きくない。口いっぱいにお肉を詰め込む度量も、技術も、趣味もない。レベットは三時間程と言ったが、僕にとって彼の三時間は七時間強と言っても過言ではない。七時間も労働している僕に、十分な休息を与えないだなんて、英雄も剣を投げるだろう。
「文句を言う元気があるなら、さっさと行くぞ!!」
「ぐへぇ」
レベットは有無も言わさず、まあ無は十分すぎるほど言ったが、否応なしに僕の首根っこを強引につかみ、引きずってこの場から去ろうとしている。
正直言って、レベットの背が高い分、この状態はよろしくない。僕の服は固い固いロープとなって僕の首を絞めつけ、殺しに来る。大事な相棒だというのに、この男は大事な人の扱い方を知らない。
「分かっだ……。分かっだがら、はなじて……じぬ」
「ほい」
降参するとあっけなくレベットは僕の服から手を離す。
若干浮いていた僕の体はポンと地面に投げられて、尻もちをつく。
男に二言はない。やると言ったらやる。そのくらいの矜持はあるが、女ならどうなのだろうとふと思った。もっと甘えられるのでは……?と。まあ、男だからレベットとこうして生きていけるのだから、悪くはない。
レベットの視線も痛いので、僕は素直に彼の隣で立ち上がる。尻に着いた土ぼこりを払って、後頭部で手を組み、歩き出す。
「それでも今日は僕、頑張った方じゃない?だから後は全部レベットが片付けてよね」
そう言いながら、僕は名案を思い付いた。男に二言はないなんて言葉、クソくらえ。
「そっか、それなら僕は帰っても問題ない訳だ。レベットが一人でやるわけだもんね。うん、僕は引き返すよ。それじゃあ、村で――ねっっ!!」
言い終わる前にレベットはまた僕の首根っこを掴み、自分の肩の高さよりも上に引っ張った。こんなのさっきの引きずりよりも直接的な殺人行為だ。まず「ふざけるな、行くぞ」なんて僕に対して意味のない事も言ってみてもいいはずなのに、コイツの思考回路はすぐに暴力に走るのだから。
僕は両手を上げて、降伏のポーズをする。レベットはすぐ僕を放した。
「いきなり首を絞めるのはやめてもらおうか。まず人として一言あってもいいだろう?」
「人として首を絞めるのは良くない行為だ」
「じゃあ、やるんじゃないよ!!」
「お前にはやるぞ。だってララは首絞めくらいやらないと言うこと聞かないだろ?」
僕は溜息をつく。
こいつは肝心なことを分かっていない。そりゃまあ、人に言うことを聞かせるために首を絞めるという非人道的行為をすることは、例え十九年来の相棒にだってしていい事じゃないのもそうだが、今はいい。
それよりも大事なことがあるのだ。
「レベットよ、僕の魔法は君にはあまり効かないが、君の攻撃も僕の魔法の前では当たらないことが分かっているはず。レベットは僕を首を絞めることで、まるで首輪をつけた犬のようにしつけていると思っていると思うが――」
「別に思っていないが」
くっ……!!
息を吐く。そして息を吸った。
「――思っていると思うが、僕は君の首絞めを簡単に避けられるってことを覚えておくことだ。君が首を絞めているのでなく、僕が首を絞めさせてあげていることをお忘れなく。そして、あまり……調子に乗るんじゃない!!」
「お前だろ。調子に乗ってるの」
「お前――」
「お前だ。ほら、さっさと行くぞ」
そう言ってレベットは歩き出す。
僕はその剣を背負った背中を忌々しく思いながら、踵を尖らせて歩き出した。多分、唇も尖らせて突き出していただろうが、それが相手を頑として見てくれないのなら意味がない。
「でも前半を頑張ったのは間違いなく僕だよ。後半は頑張ってくれるんだろ?レベット」
レベットは僕を一瞥し、鼻を鳴らして肩をすくめる。
「仕方がない。ララの魔法に頼りすぎると、俺の腕が鈍るからな。でもお前が帰るのは無しだ。モンスターの死体は俺が運ぶには限界があるからな」
僕はレベットの言葉に口角を上げて、小走りをして彼の前に出る。そしてレベットがやったように、自分の肩をすくめて見せた。
「仕方がない。レベットにしかできないこと。僕にしかできないこと。この世は適材適所……だからね」
そして僕らは木々の間に出来た、幾度と踏みしめられた道を行く。
これから勾配は大きくなっていくことが億劫だが、隣の男はもう休憩することを許さないだろうし、この山道を歩くしかないのだ。ああ、できるだけうまくサボりましょう。
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