二人は村から下りることに決定じた!

 イネイ村の村長は、もうそろそろ寿命を迎える老人だ。


 村の長であると示すために、彼が何かを話すときは高い台に乗る。何せ三段も箱を積むのだから、いつも見下ろせる村長も見上げなければいけない。


 しかしその努力も、隣にレベットがいては虚しいだけなのだが。


 この村の人口は三十に満たない。しかしこれでも増えた方。魔物に悩まされていた頃は、子供を生んでも死ぬ人の方が多かったそう。


 人が増えれば村は発展し、住みやすくなればさらに人は増える。今この村は進化の途中。その大きな歯車は僕たちが担っているのだ。それは褒められてしかるべきだ。


「どうも、皆さん。村長です。今宵はこの前にいるライドとレッドのおかげで、大盛り上がりでした。まずは二人に拍手をどうぞ」


 パチパチパチと拍手はまばら。


 もうご老人だ。人の煽り方、盛り上げ方を忘れてしまったのだ。許そう。しかしながら、いつもならもっと盛り上がるはずの大人たちが乗ってこないのは、少しばかり不満ではある。


「え~早速ですが、本題に入ります。今まで、この村の周りの魔物を狩り、治安維持をしてくれるついでに、食料や金になる素材までも採ってきてくれる彼らは私たち村にとってありがたい存在であり、必要不可欠でありました」


 そうだろう、そうだろう。


 ほれ、レベットよ。全ての仕事が平等ではない。こうして祭り上げられる仕事もあっていいのだ。


「この二人は約十年前、彼らが八歳から九歳の時から魔物狩りを行ってきてくれました。子供にそんな命がけで重要な仕事を任せるということは、我々大人にとっても苦渋の決断でしたが、その類まれなる才能を持つ二人は、自らその実力を我々に認めさせました」


 懐かしい話だが、まあ語弊はあるな。僕はレベットの付き添いで言っただけ。同世代の友人がレベットしかいないから、くっついていただけだ。


「レッドはその屈強な体と魂で村の人の助けになってくれた。ライドは皆が見たこともないような魔法で村の資源を増やしてくれた。この村にこの二人が同じ年に生まれたことは、何たる奇跡でしょうか。レッドの両親には心を込めた黙祷を、ライドの両親には感謝を捧げます。


 まさしくこの二人が村の中心と言っていいでしょう。この村の長い歴史を見てきた私にとって、これほど和やかに平和に暮らせる日々は初めてだった。もちろん、村を支えるために必要なのはお金や備蓄の勘定をしてくれている私の息子や、獣の掃除をしてくれる人、料理を作ってくれる人、家や新しい器具を作ってくれる人、そして子供の笑い声。それらを含めても、彼らの活躍はこの村にとって大きかった」


 あーあ、本題に入ると言っておいてこれだ。ご老人だからと言って何もかも許されると思うなよ。僕らを前に立たせておいて、みんなの視線が集まる中で長々と話を聞かされる身にもなってくれ。


 だが、笑みがこぼれてしまう程、いい話だ。何回聞いても、素晴らしい。


「しかし私たちはこの二人に依存しすぎているのではないかと考えた」


 ん?なんか妙な話の方向に持っていったぞ。


 思わず顔を上げて村長を見ると、隣のレベットも同じように村長へ顔を向けていた。しかし僕らの反応を余所に村長は話を続ける。


「我々は以前、冒険者に依存した。その代償は大きかった。依頼を発注してからの時差もある。村の周りの魔物は強く、厄介な奴が多いため、金もかかった。食料を置いて行ってくれる優しい冒険者もいたが、討伐された魔物や獣はほとんど彼らのもの。村は貧困になった」


 これはまあ、そう聞いている。


 こんな場所にある村は搾取されるだけ。村自体も、村の人々も細く痩せこけた。


「我々には基盤が無かった。自衛するにもそれにかける時間も、金も、資材も無かった。それ故に、どんなに食べ物が無くて倒れそうでも、日々魔物への恐怖で寝られなくとも、誰かに頼るしかなかった」


 僕は村長から目を離し、目の前に集まっている村人たちを見る。


 親と手を繋いで、何を言っているのか分かっていない子供。意味は分かるが想像はつかない、僕らよりも若い少年少女たち。そして唇を噛み、涙をこらえている大人たち。


 僕らもまだ幼少期の頃はその影響を受けてきたのだろうが、今となっては自分が苦しんでいたかすら覚えていない。もしかしたら空腹で泣きじゃくっていたのかもしれないが、親はそんなこと言ったことがない。


「しかし!!その基盤はもうできた。我々では手に入らなった時間も、金も、資源も全てをくれたこの二人がいたからだ。今、この村では子育ても安心してでき、娯楽も増え、人材育成もできている。まさに村は進化しようとしているのだ」


 あ、どこかで僕が思ったことと同じことを言っている。


「そんな今、我々は考えなくてはいけない。このまま二人にこんな重荷を背負わせていいのだろうか。このままこの村はこの二人に甘えていいのだろうか。否、このように村が進化を遂げようとしている今が好機。二人に頼らずとも、一人ひとりが仕事を分担して生活が十分に充実する村を作っていなくてはいけない」


 村人はそれを聞いて、ワッと湧いた。煽りがうまいなこの爺さん。


 村長の言葉に対して、別に今までの通りに僕たちが働けばいい、なんてレベットは思っていそうだ。しかしまあ、大袈裟に言えば、僕たちが死んだ後、村はどうするのってこと。僕的には、村が発展することは喜ばしいし、僕の仕事量が減るなら万々歳だ。


 レベットをちらりと見る。ああ予想通り、難しい顔をしている。


 でも気持ちはわかる。何となくだが、胸の奥にしこりができている。言い換えるなら、嫌な予感がする。


「そして最後、これがまさに本題であるが、村の大人たちによって会議され、今日可決した議題を発表したいと思う。それは村の英雄ともいえるこの二人の才能を、この村で蓋をして閉じ込めていてもいいのかということだ」


 レベットは目を見開き、僕は何となく下を向いて、自分の両手の指先を合わせるのを見た。


「ここまで村に貢献してくれていた、村の未来を支えてくれていたこの二人の未来を、将来を我々は考えなければならない。これはこの二人が十六歳、つまり成人になった時から話し始めたことだった。今まで、決断を渋っていたのは我々の心が彼らに甘えていたからだ」


 ああ、なんだろうな。これはちょっと、さすがの僕もきついかな。


 レベットも歯を食いしばり、拳を握らながら聞いている。分かるよ、相棒。今すぐにでも「僕たちはそんなこと望んでいない」と叫びたい。それを精一杯我慢しているのだろう?


 だって村長の言葉は、ただ村人を煽るだけの演説じゃあない。その一つ一つに僕らに対する温かみがある。そして不安も見え隠れしている。僕にはそれに口を挟む度胸はない。


 後でいっぱい文句を言おう。


「しかし今日、二人は子供のサイズではあるが、ドラゴンを討伐して見せた。これは緊急で祭りを開かないといけないくらいの大快挙であるが、それと同時に我々の決断を迫る出来事でもあった。そこで私は宣言する。レッドベット・カファノール、ララライド・イベトリ両名は、村から下りてその才能をいかんなく発揮することに決定じた!!」


 ここまで言い慣れない「我々」なんて言葉を使いながら、厳粛に話していたのだから最後まで貫き通してほしいものだ。


 村長は最後の宣言になって、今まで堪えていた感情が爆発し、鼻水等をだらだと垂らして泣き始める。それにつられて泣き始める大人も少々。またそれにつられて子供たちも泣き始める大惨事で村長の大演説は終了した。


 僕の所感だが、全く素晴らしいスピーチだった。当事者でなければ、この場の雰囲気に流されて泣き喚いた後に、万歳三唱するだろう。村人の新しい門出に、自分までも胸躍らせて、別れを惜しんで涙を流していたところだろう。それほど村長の慈愛に満ちた言葉には感動した。


 しかしレベットと僕の顔を見てほしい。


 誰がどう見てもこの表情の事をこう表すだろう。「何か言いたげな顔だな」と。


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