最初から剣を抜いておけよ

 いくら進んでも高い高い草は途絶えない。


 さっきのゴブリン退治で分かったことは、ここはヌシに影響されずに魔物が住めている地帯という事。山頂へ遠ざかってはいないが、かなり遠回りしていることは否めない。少し軌道修正しなくてはいけないが、そのための魔法はレベットによって禁じられている。


 スムーズな人間関係を送りたいのであれば、どれだけ仲が良くとも大きな波風は立てないことだ。あ、別の僕らは仲がいいって訳じゃないぞ。


 しかしながら、このまま波風を立てずにいると今日中に村へ帰れない可能性がある。日を跨ぐことで、僕の不満が爆発して、結局波風立っちゃう可能性が出てくるので、なにかきっかけがあればいいんだけど。


「止まれ」


 レベットが腕を横に伸ばして、ストップをかける。そこに腕を伸ばしても、僕はレベットの真後ろにいるので意味はないのだが、いつもの癖がつい出てしまったのだろう。


「どうしたの?」


「魔物だ」


 まあそうだろうけどさ。僕にはそんな気配、全くしなかったけどな。考え事をしていたけど、僕だって伊達に何年も山に籠って魔物狩りをしてきていない。僅かな魔物の気配を察知できるようにはなっているだ。


 しかしレベットは僕の域を優に超えている。音一つ起こさずに潜んでいる獣の気配を簡単に感じ取ることができるのだ。多分、今回もそんなところだろうな。


「何の魔物?」


「分からん。四足歩行の犬型。オオカミかな?でもオオカミより大きいと思う」


「じゃあレッドアイウルフだね。同じレッドで、丁度いいじゃないか。昼だし」


「ああ、行ってくる」


 レベットは草をかき分けて、奴らの狩場まで進んでいく。


 レッドアイウルフは一言でいえば、盲目の狼。彼らの目は充血していて、血で固まっているのだ。


 それ故に嗅覚と野生感は他の獣、魔物と比べて段違いに高い。彼らは基本的に夜に行動し、闇夜に紛れて行動する。これが夜目が効いているどころじゃない狩りを見せる。


 ここの近くに奴らの住処があるのか、ここにいきなり獲物がくるとは思わなかったのだろう。レッドアイウルフと昼に会うことは滅多にない。周りが暗くなければ、あいつらはちょっと大きいオオカミだ。


 しかし今の状況に少し懸念点があるとすれば、草に紛れてこちらからあいつらの姿が目視できないということだ。そしてあいつらには草など関係なく、僕らの姿が見えている。


「じゃあ僕は邪魔にならないように浮いているよ」


 僕は指を鳴らして、浮遊魔法を使う。


 さて、レベットはこの状況不利をどうするのか、見せてもらう。想像はついているけど。


「強化はいる?」


「いらない」


 一応聞いてみた。


 レベットは僕の予想通り、レッドアイウルフに対して「自分もその条件に乗ろうじゃないか」と目を瞑った。本当にあいつは人間なのだろうか。十九年間、彼と隣で一緒にいたが、レベットだけ狼に育てられたんじゃないだろうか。


 それくらいレベットの野性的感性はすごい。語彙力無くなるくらいすごい。


「………」


 レベットは集中している。


 レッドアイウルフは彼が自分たちのテリトリーに入った途端、草をかき分ける音を一切出さずに獲物に近づいていく。上から見ていると、草の動きで何体いるのか、どういう動きをしているのかが丸わかりなのだが、レベットにそれは見えていない。


 数は四体と少なめ。しかしこの狭い空間で、一人の人間を仕留めるには十分の数かもしれない。ゆっくりとレベットを囲い込むように歩を進めるレッドアイウルフ。


 レベットはそんな奴らの気配を正確にとらえたのか、レッドアイウルフが襲い掛かろうと足を止めた頃合いで、自分の背中にある木の大剣を抜く。どんな間合いで剣を構えるのかはレベットの勝手だが、一応ツッコむと、


「最初から剣は抜いとけよ」


 ああいう常人には分からない感覚を持っているのが、天才というものなのだろう。


 一糸乱れぬ互いの静寂。自分から動き出すのか、相手が動き出すのを待つのか。全ては相手との間合いと、今日の天気と風に任される。そんな感覚的で、情緒的な駆け引き。


 レベットは自分の耳にすら届かないくらい鋭い息を吐く。今自分が聞かなければいけないのは、自分の息遣いではなく、相手の呼吸音。聞かれないようしていても、必ず振動している体に当たる草の反動。相手は四体。位置も全て把握している。


「……来い!」


 先に動いたのはレベット。邪魔くさい草を上手に躱しながら、剣を構えて前へ跳ぶ。


 相手の位置を互いに把握し、空気の推し測りを行う駆け引きによって生じる、後か先かの問題。僕みたいな魔法使いにとっては、どちらを選択しても自分が有利に進められる択を持っている。


 しかし近接攻撃を主に行うレベットが牙や爪を主に攻撃手段として持っているレッドアイウルフのような手合いにおいて、後も先、どちらにもメリットが存在する。


 基本的にレベットの戦闘スタイルにおいて有利になるのは、後だ。相手の出方を待って、それを封じてから攻撃する。これは自分が相手の攻撃をいなすことができる自信を持っていなければいけないが、戦闘の筋道は相手を動かし、情報を得てからの方が立てやすい。


 それに比べて先に攻撃した場合、前述の通り、相手にからめとられることが多い。もしいつもの魔物と、いつもの平場で戦う場合、この欠点を補えるような利点はほぼない。しかしこんな視界が悪く、お互いに相手の行動が見えていない時に限り、後に攻撃する利点を凌駕するほどの利点がこちらにはあるのだ。


 その利点とは、互いに存在を認識して相対していても、先に攻撃することによって不意打ちが成立するということだ。


 ゴブリンも他の魔物のような小さな知能でも、不意打ちという攻撃機会が最善手だということを理解している。気配を気取られていない場合、後ろから相手に致命傷、または戦闘に響く大きなダメージを入れる事は、簡単ではないが簡潔的で、最有効だ。


 ただここで問題になるのは、相手がレッドアイウルフだという事。


 あいつらにとって視界の悪さは関係ない。多少草は邪魔だろうが、目の見えない奴らにとっては顔に何かが付いてうざったい程度。四足歩行だしね。


「うおうっら!!」


 レベットは着地と同時に、地面に木剣を叩きつける。


 僕の杞憂は何だったのか。いや本当に杞憂していたわけじゃないけど。レベットの大きな木剣の下には、頭が潰れたレッドアイウルフの死体があった。


 少し捕捉をすると、レベットは平場で睨み合いになった時、先に攻撃しても奇襲かってくらい相手が動けずに倒すことができる。もう一度ツッコむと、


「ずっと先に攻撃しなよ」


 もう一度言うが、レベットは戦闘スタイル的に自分が先に攻撃することは滅多にない。


 残り三体。奴らが自分たちからレベットへ襲おうとしていたかどうかは不明だが、事実としてレベットに不意打ちもどきを完了してから、少し遅れて動き始めた。


 さっきまでも無音が嘘だったようかのように、三匹のレッドアイウルフはたちはわざとらしく足音と、草を鳴らす。奴らの足の速さで、音が鳴った場所を見ても、もうそこにはいない。いい攪乱だと思う。


 レベットの周りを走り回るレッドアイウルフ。しかし奴らの思惑には乗らず、レベットはまだ目を瞑ってただ突っ立っている。


 でもさっきとは違って、ザカザカザカとやかましいだろうに。今なら目を開けて、草の揺れ動きで相手を視認した方がいいとは思うが……そういう感覚的なことを議論すると朝になっても足りないのであいつに任せる。


 さっき、後か先かの話をしたが、それは睨み合いをしている時に限った話ではない。戦闘というのは、そういう思考の連続なのだ。


 立ったまま動かないレベットを奇妙に思ったのか、なかなか攻撃してこないレッドアイウルフ。何度も音を鳴らしてレベットを挑発するが、彼はそれに乗らない。そんな膠着状態に堪えきれなくなった奴らは、とうとうレベットの罠にはまる。


「あーあ、終わったね」


 僕はさらに高度を上げた。


 レベットの前後から挟むように飛びついてきた二匹のレッドアイウルフ。


 それを待っていたかのように、レベットは前から噛みつこうとしてきた一匹目に自分から近づいて、腕にはめた小さな盾を、下から上へと奴の身体へぶつける。すかさずレベットは、後ろのレッドアイウルフへ半身で後ろを向いて、うまく盾に当てる。


 そしてその半身の状態を利用して、体をひねるように回転しながら、剣を大振りし、まだ宙に残っていた二匹のレッドアイウルフを絡めとって、勢いよく近くの木へ飛び、潰された。


「おい、逃げるな」


 そう言って、すぐに草をかき分けて走るレベット。


 最初の不意打ちもどきと同じように跳び、剣を振るうと、下には潰されたレッドアイウルフ。二匹を囮にして、一匹は逃げるという作戦だったらしい。ということは、奴らは最初のレベットの攻撃を見て、完全に格付けされたということだ。


 全部で四体のレッドアイウルフの死体が転がっている。討伐完了だ。


 僕はゆっくりとレベットの隣に着地する。


「お疲れ様。さすがといったところだね」


「ああ、今回はうまく盾を使えた。あれが毎回できればいいんだが」


「その盾じゃあ限度があるね」


 盾を使わなくてもレベットは十分戦えるが、盾を使わないと十分に戦えなかったあの頃の反動か。まあ、確かにレベットの盾使いは安定して強いしいいのだが、時間がかかるのが少々問題かもね。


「それじゃあ、さっき僕が戦闘した後に代わってもらったからね。今度は僕が先頭を歩くよ」


「大丈夫なのか?ヌシと戦う前に魔力切れでは、さすがに笑えん」


「あまり甘く見ないでよ。そっちこそ、体力回復しておきなよ。負担はそっちが多いんだからさ」


「別に、疲れていないぞ」


「そうですか~」


 僕が歩き出し、レベットが不信感なくついてくる。よかった。さっきまでの勾配の一番きつい方へ行くという道筋ではないからね。


 このレッドアイウルフとの戦闘はいいきっかけだった。

 ちゃんと上からどのように頂上へ行くかを見てきたからね。案外近くに、茂っていない山道があったのだ。そこを道なりに行けば、多分ヌシのいる頂上へ付けるだろう。あーあ、ようやく目的地に着くよ。




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