堪え性の無い奴だ

「麻痺」


 ドラゴンの標的になったレベットを再度、距離を離した奴の正面を転移させて、連続で指を鳴らした。苛立ちと共に僕へと向けられた視線と、ブレス。しかしそれは転移するまでも無く、僕の横を通過していった。


「あぶねー」


 内心ひやひやしたが。


 この麻痺魔法。普通の魔物はたちまち動けなくなり、倒れるはず。そう考えると、ドラゴンへの効き目は微妙と言うより、ほぼないと言っても過言ではない。そのくらいこの魔法は便利だった。


 しかしドラゴンの意識がこちらに釘付けになってほしいという目的の元使うこの魔法は、絶大な効き目が見られる。さらに何回も吐いたのに当たらないブレス。僕の魔法はドラゴンにストレスを与えているだろう。


 だが、ドラゴンがさっきのブレスを外したのは僕の魔法のおかげではない。まあ、この要因が無いとは言えないが、主な要因はそこにはない。


 それはドラゴンの意識が、僕の麻痺よりもレベットの攻撃によって、そっちに向いてしまったこと。そのせいで次の僕へ向いた時に集中を欠いてしまった。ドラゴンはイラつきで僕を視認することなく、ただ空間感覚だけでブレスを吐いたことになる。その割には、まあまあ正確だったが。


 つまり、そのくらいレベットの攻撃はドラゴンに対して効いたという事。致命傷やそれに近い威力は見ていても出てはいなかったが、ドラゴンの意識を持っていけるほどレベットの攻撃がその大きな体に響いたという事。


 どうにして攻略していいものかと悩むこの体のデカさと、見て分かる強固さ。ただレベットの攻撃がここまで通用するのであれば、希望は見えてくる。あとは、どこをどうやって狙うかだ。


「でもまだ実験段階。一つ一つ、急ぐな」


 レベットを攻撃するために起こした上体、浮かせた前足をまた地に着けて、俺へブレスを吐く。それを指を鳴らして避ける。これにも慣れてきたが、如何せん速いので気は抜けない。


 下でさっきと同じルートで走るレベット。


 何度でも言うが、彼がドラゴンの標的になってしまうことは、僕の敗北と言ってもいい。いざという時は僕の転移魔法で何とかできるかもしれないが、なるべくその選択肢は取りたくない。


 しかしレベットの攻撃が効く以上、僕の麻痺よりドラゴンの怒りが上回る可能性がある。いや、そうなるのは必然。だからこそ、この麻痺もむやみに使えないし、この麻痺が効いている間にレベットの攻撃を的確に使いたい。


「実験2。僕の魔法とレベットの攻撃を合わせる」


 ブレスを避けて、自分がまだ狙われていることを脳みそに訴えかけながらも、僕はそれをほぼ無視して下で地面を駆けるレベットに注目する。


 彼は僕がドラゴンを引き付けている間に、僕の思惑通り同じ場所を狙って、その標的へ地面を蹴った。その瞬間、僕は浮遊魔法を軽くレベットへ使う。これはさっきも使ったが、レベットの跳躍力をほんの少し手助けするだけなので、ほぼ彼の跳躍力だ。怖いね~。


 そしてレベットは本当にさっきと同じように、同じ跳躍、同じフォーム、同じ角度で、剣を振る。そのほんの直前、僕は指を弾く。


「衰弱」


―――


 手ごたえが無かったのに、同じ場所をまた狙うのは、自分が負けず嫌いなのか。負ける事は悔しい事で、嫌なこと。だが、その反面清々しさも感じられるようになった俺。自分で大人になったなとは思う。


 だから負けず嫌いという訳ではない。こだわるくらい負けが嫌いという訳ではない。負けが俺を成長させた。ただ負けを負けのままにするのが癪なだけ。それがどんなに強大な敵であっても、放り投げて背中を向けたくない。前を向くために試行錯誤したい。


 ただこのドラゴンへの攻撃は試行錯誤もクソも無い。こう、負けを負けとしない挑戦とはまた違う。同じ行動で、同じ攻撃をしても、この敵には通用しないことが分かっているのなら、目線を変えて、角度を変えて攻撃して見るのが俺好みだ。


 しかしララは状況を全て整えて、一つだけ変化させて実験的に敵への有効打を探るのが好みだ。む?俺はララのその姿を何度も見たわけじゃないか。どちらかと言えば、そっちなだけかもしれないと俺が判断しただけ。俺はあまりララの性向を知っているようで、知らないのかもしれない。


「はああああぁぁぁ!!!」


 多分、叫び声も同じだった気がする。確証はないし、意識もしていない。


 じゃあ何が分かったかと言えば、ドラゴンの首に横薙ぎしたその剣が、さっき弾かれたのとは違い、硬い皮膚を感じながらも、抉る様に入り込んだのだ。


 完璧とまでは言えないが、確かな手ごたえ。それを証明するように、頭上からドラゴンの叫び声が聞こえた。


「堪え性の無い奴だ」


 俺は腹を殴られても、ゴブリンの汚い刃で刺されても、あんな叫び方はしない。


 今の攻撃は俺の力ではない。ララが何かをしたのだろう。それが何かは俺の思考では及ばない所にある。ララの考えはいまいち分からんところがあるからな。あいつは遠回しに物事を語る。


 これならドラゴンにも通用するかもしれない。そんな期待を抱かせることのできるララに拍手だ。


―――


 僕の衰弱魔法。


 麻痺だと結局自分のナイフで止めを刺さなくてはいけないために開発した、傷をつけないで手軽に一撃で殺すための魔法。体の機能、器官の働きを全て奪い取り、ゆっくりと衰弱死させる魔法。麻痺は死体を傷つけ、毒は死体の中に残って肉を食べることができない。食材となる魔物や動物を狩るのに最適な魔法だ。


 ただこの魔法も麻痺魔法と同様に、ドラゴンに他の魔物と同じ効き目は期待できない。この一撃でドラゴンが死んでくれたら楽なのにと心底思う。


 でもレベットに本気で怒られて、追いかけまわされそうでちょっと嫌だ。


 じゃあこのドラゴンにこの衰弱魔法がどのように利くのか。


 麻痺ではドラゴンが意識を強制的に僕へ向けてもらえるくらい効き目がある。これが分かれば、魔法を使う僕としては、衰弱魔法がどのくらいの効果が見られるのかが感覚的に分かってしまう。


 その効果とは、ドラゴンの体の力を一瞬だけ抜く、だ。


 たったこれだけ。でもこれが案外厄介なことを僕は知っている。自分の体験ではないが、他人の体験を傍で見ていて。具体的に言えば、レベットの経験を傍で見ていて。


 それは遠くの思い出でもない。


 村から僕が出払っていた時の事。珍しく子供の相手をしていたレベット。僕なら大工のおっちゃんが作ってくれた遊び道具や、浮遊魔法で遊ぶが、レベットは自分の腹を子供たちに殴らせていたのだ。


 子供は喜んでいる様子だった。「レッド兄、お腹硬~い」など、子供たちはレベットを中心に輪を囲んで一人ひとり思いっきり殴ってストレス発散をしていた。


 村に帰ってきて、そんな和やかな雰囲気を見た僕は、レベットに後ろから話しかけた。


 その時だった、子供と遊ぶことに慣れていないながら、自分も楽しんでいたレベットは、突然の僕の存在に驚き、多分殴られるために腹に入れていた力が抜けた。


「うっ……!」


 タイミング悪く、子供のパンチを受けたレベットはそんな一瞬の悶え声を隠せなかった。あの体を鍛えるのが大好きで、魔物に殴られても物ともしないレベットが、たかが子供の拳に反応したのだ。


 つまり、体の緊張が解けた瞬間の不意の一撃はレベットも悶える。


 おお、ことわざになりそう。ん~なんだろう、レベットもよそ見をしたら子供の拳に……無理だ。僕にその才能は無いみたいだ。


 とにかく、それはドラゴンも一緒だと僕は言いたいわけだ。


 どれだけ緊張せずに戦闘しようと思っていても、臨戦態勢になっている以上、意識せずとも体に力は入っているもの。いや、入っていなくては戦えない。


 その最低限の力みを衰弱魔法によって強制的に脱力させることによって、意識の向いていないレベットの不意の攻撃の効きをよくする。


 この魔法を使わずに与えたレベットの攻撃と、今の攻撃では目に見えるほど成果が違う。麻痺が効くならこれもと思ってはいたが、やっぱり確証が得られるのは次の自信につながる。あと普通に僕の魔法が役に立って嬉しい。


「さあ、次の仕事だよ、レベット」


 僕は仕事を終えて、空中に放り出されたレベットに向けて指を鳴らす。


 レベットは転移先に滑る様に着地し、木の大剣を握りなおす。彼が僕によって瞬間移動させられた場所は、ドラゴンの正面ではなく、ドラゴンの側面。リスクを考えて奴からは距離をとった所に転移させたが、走ればすぐにドラゴンの後ろ足がある。


 確かにレベットの攻撃と僕の魔法の合わせ技はドラゴンになかなかのダメージを与えるが、それでもこうして僕が釣ってレベットの攻撃を一撃一撃与えたとて、ドラゴン討伐に何日かかるのかって話だ。


 別に焦っている訳じゃあないが、僕は日が暮れる前には家に入りたい幼子体質なんだ。


 効くと分かったのであれば、その攻撃を有効打にしたい。


 狙うは足。あの大きな体を支える体勢の軸。首よりも固いであろう箇所に僕らの攻撃は通用するのか。通用しないのなら別の方法を考えるが、通用するのならドラゴンの体勢をぶっ壊して攻撃し放題。大してリスクはないし、成功すればハイリターンの都合がいい賭け。


 レベットにも僕の意図が伝わったのか、ドラゴンの後ろ足へ向かって走り出す。まあ、簡単な命令だ。


 今まで空中だったのが、今回は地上での攻撃。レベットの剣の振りは、腕や腰だけではなく、踏み込んで踏ん張った足があるからこそ発揮される威力。正直、この賭けは勝ったも同然。


 その時、ドラゴンは口に炎を含めるのが見えた。


 タイミング的に、転移と衰弱魔法を同時に使わないといけない……!でも、僕は天才だからな。


「そのくらい、やってみせよう」


 両手の親指と中指で歪んだ輪を描く。細胞が言う、僕ならできると。


 ただドラゴンは僕の予想外の行動に出る。


 奴は広げたまま何にも使っていなかったその大きくて美しい翼がはためく。口に含まれた炎の矛先は、僕ではなく下の地面。ドラゴンの四つ足が地面から離れる瞬間、砲台ブレスではなく炎を広げるブレスを吐きだした。


「レベット!!」


 僕は用意していたその両手の指を同時に弾く。


 しかしそれは用意していた転移と衰弱ではなく、今更遅いがドラゴンを引き付けるための麻痺と、レベットを炎の波から守る防御魔法。


 ドラゴンがブレスを吐き切る頃には、僕よりも高い高度まで昇り、こちらを見下ろしている。


「くそっ……」


 怒りで僕へブレスしか吐かない攻撃し放題の砲台かと思っていたが……ダジャレじゃなくね、この状況はちとまずい。


 このドラゴンがどこまで考えているのかも分からないし、まず考えるという頭の機能があるのかも知らないが、レベットの攻撃の妨害と回避や最後まで俺を狙っているかと思わせるフェイント。僕とレベット、両方の行動を察知した対処法。


 そして怒りというものが収まっていないが分かる、この空中戦の選択。


「どんだけ僕を仕留めたいのかな?」


 苦笑いでそんなことを問いかけてみる。


 ドラゴンへ麻痺や衰弱という妨害工作と、幾度となく躱されたブレス。ドラゴンも怒髪天を衝いたのだろう、最初見た時より奴の目玉が吊り上がっているように見える。こうも怒りが似合わない美しさを纏うドラゴンもいないだろう。


 このドラゴンには常に余裕を持っていてほしいものだ。僕が言うのもなんだけれど。


 あーどうしよう。


 レベットも一緒に浮遊魔法で宙を戦場にして戦うのもアリだが、僕の負担が大きすぎる。一緒に空中にいればヘイトも何もなくなるし、どちらを狙うのか分からないブレスを僕とレベットを操作しながら躱すのは、正直自信が無い。


「よし」


 とりあえず、この空中戦は僕が引き受けるしかない。


 そう意気込み、とりあえず僕は指を鳴らして、役立たずのレベットを転移させる。戦略をもう立てた。後は僕がこのドラゴンと一対一でうまく戦う事。勝つ必要はない。


「さあ、タイマンだ。かかってこいよ、デカブツ」


 あまりいい蔑称を思いつかなかった。

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