じゃあやろうか、ドラゴン狩り!

 直前で僕へ向かって吐かれた炎のブレスは地面で燃え上がり、自分がこの山の主だと言わんばかりにその炎の上に降り立ったドラゴン。あんなに広く見えたごつごつの岩場も、このドラゴンがいるだけで狭く感じる。逃げるつもりは無いが、どこに逃げ場があるのだろうと不安になってしまう。


 僕はレベットの隣に転移して逃げて、そのドラゴンの偉大な姿を見ていた。


「これはすごいな……同じ生き物とは思えない」


 レベットは感嘆な息を漏らしながら、そんな感想を口にする。彼の感情は豊かなのはずっと一緒にいればわかること。でもそれが表に出るのは珍しい。


「まあ、生き物と言う大きな括りじゃあどうしてもね」


 自分たちがちっぽけな存在に見えてしまう。


 翼を広げて空を飛ぶ姿も美しかったが、大地に降り立ったその姿も大いなる生命を感じさせる。


 もちろん図体はデカい。だがこう全体像を見ると、首はすらっと長く、体の大きさの割に小顔だ。他のドラゴンを知らないが、どこかスリムな印象を受ける。奴を覆う鱗もごつごつと重なり合っているわけではなく、滑らかに仕上がっていた。


 両翼は綺麗なシンメトリー。今まで誰とも戦ったことが無いとも好都合な思い込みをしてしまうほど、歴戦と言う言葉が似合わない。先に並び付いている爪も仕立て上げられているように見える。


 威圧感ももちろんあるが、それよりもやはりこのドラゴンの印象は「美しい」に限る。そのせいで僕らの目を引く。見とれてしまう。人間にだってこんな感情抱くことも無いだろう。


――イキャアアアアアアアアアァァァァ!!!


 そんなドラゴンから放たれる咆哮。甲高く、耳をつんざく様なその声に、僕ら二人はうちの魂まで震わされ、再度僕らはこの生命体を相対するのだなと実感できる。心臓がバクバクして、勝手に口角が上がる。


「強化魔法は必要かい?」


 僕が聞く。


「お前は、必要だと思うか?」


 レベットは僕に聞き返す。


 これの意味が「必要ない、余計なことを聞くな」か、本当にこの決断を僕に委ねているのか。どちらにせよ、このドラゴンを目の前にして、レベットも普段通りではいられないのだろう。いつもなら「いらん」と一言言うか、「……欲しい」と拗ねながら言うかの二択。


 まあ、最後に僕の強化魔法を欲しがられたのは何年も前の話だが。


「使うにせよ、使わないにせよ、一度試してみるのはいいんじゃないかい?僕らの素の力がどれだけ通用するのか、ね?」


「……ありがとう」


 そう言ったレベットの顔はワクワクに満ちていた。結局、レベットもそうしたかったんじゃないか。でも少し残念だ。僕にとっての素の力は、この強化魔法も含まれているから。


「よし!じゃあやろうか、ドラゴン狩り!」


「ん?あれは龍じゃないのか?」


「四つ足で大地に立つのはドラゴンじゃない?龍はほら、空をゆらゆら飛んでいる奴」


「なんだそれ?」


「僕も知らないよ!!」


 全く同じ村で、同じ年を一緒に過ごしていたんだ。僕が知らなければレベットも知らない。レベットが知らないことは、僕だって、まあほとんど知らないだろう。


 ていうか、これから開戦だってのに、足踏みさせられた……。


 長いドラゴンの咆哮も終わり、振動として余韻が残る中、僕はさっそく指を鳴らして浮遊する。ドラゴンはすぐにでも攻撃を仕掛けてくるだろう。


 レベットにもう一言アドバイスでもしようかなと思ったが、時間が無いのでやめた。


「とりあえずいつも通り。僕が指示する」


「ああ」


 いつも通りと言っても、僕とレベットが連携して戦うのも年単位でしていない。でもうまくはいくだろう。レベットが素直に戦ってくれるなら、僕もドラゴンへの戦い方も見えてくるというものだ。


 レベットが剣を握ってドラゴンへ走り出す中、僕も地面から高く離れ、ドラゴンとレベットを一望できる位置へ移動する。しかし高すぎてもいけない。ギリギリを保つ。


 まずは――と僕は指を鳴らす。


「麻痺」


 ドラゴンの浅いか深いか分からない眠りを妨げた、不快な刺激を体中に流す僕の弱体魔法。これだけで地面を走るレベットへの意識は逸れて、宙で浮くその犯人へと顎の下の皮が伸びる。


 さらに僕のいる位置は飛ばずにも攻撃できる距離感。いきなり飛ばせるなんてへまはしない。そしてドラゴンが僕を消すためにやる攻撃方法は多分――


 奴は僕の予想通り、口を大きく開き、大きなエネルギーを放出する。やっぱりブレ――


「ス!!」


 僕は人生最高潮の反応速度で指を鳴らして、ドラゴンは発射したブレスを避けるために同じ距離感のままで転移したが、


「おい、さっきのブレスと全然違うんですけど!」


 空中のギリギリな攻防で吐かれていたブレスはかなり速度の速い炎のブレスだった。しかしそのブレスは長く吐くほど、先の方から炎が広がって範囲が大きくなるブレス。それでも灼熱で、当たれば溶けてしまうだろう。


 しかしさっき僕を襲ったブレスは、炎が分散する気配も無く、輪郭がはっきりしている大きな円柱が、さっきのブレスよりも速度の速く僕へ到達する。圧縮されて威力が増しているのに、僕を覆いこむような大きさ。


 ああ、飛行中のブレスならドラゴンの意識がこちらに向いていても、僕は接近戦をしないので適当に飛んでいればいいと思っていたが、これは何というサプライズ。レベットより僕の方が危険と言ってもいいかもしれない……。


「って――」


 ドラゴンの口から、再度のそのブレスが吐かれる。その瞬間に僕は指を鳴らす。


「そんなこと考えている場合じゃない。集中しないと……」


 思わず口にして転移した途端、


「まず……」


 と、僕はすぐに指を鳴らし、ブレスを避けるために転移魔法を使う羽目になる。


「装填速度も速いのか……」


 いや、一度目と二度目の間隔も確かに短かったけれど、さっきのはその比じゃななかった。言葉通り、瞬間的だ。


「まさか、撃ち直してんのか?」


 自分のブレスが当たらなかったことを確認すると、一度そのブレスを吐くのを止めて、僕が転移した場所へ残りのブレスを吐いている。そう考えれば、あの感覚でブレスを撃つのにも説明はつく。


 その分、撃ち直しの二発目は威力も速度も下がっているだろうが、そんなの誤差の範囲。どっちにしろ当たれば死ぬ。


「厄介すぎる……」


 ブレスぐらい気持ちよく吐き切ってくれよ。


 そう思いながら、ドラゴンの口の開きを見て、僕はすぐに指を鳴らす。感覚的には発射の瞬間にはもう僕へ届いている印象。ちょっとでも転移が遅れたら、本当に死んじゃうよ。


 浮遊魔法じゃあ絶対に死ぬ。


 そもそも僕の浮遊魔法は人や物を運ぶためのものであって、自分がスピードを出して空を飛ぶ魔法ではない。今考えると、いくらドラゴンを引き付けるためだとはいえ、無茶をしたものだ。


 む、あれは浮遊魔法の範疇じゃないな……もしかして僕、新しい魔法を開発しちゃった?天才じゃん。


「――っと!」


 指を鳴らす。


 自画自賛している場合じゃなかった。――再度指を鳴らして、ブレスの撃ち直しを躱す。


 自分の浮遊魔法の可能性に光を見出す思考を脳の片隅に置きながら、僕はドラゴンの炎を含んだ口と下のレベットに集中する。


 なんにせよ、僕がこうしてブレスを避け続けていても状況は点で変わらない。ドラゴンを倒せるかどうかは、このレベットの一撃にかかっている。


―――


 上でララがドラゴンに攻撃されていることを感じながらも、真正面から奴に向かって走る。左手にはめられたこの小さな盾も、あのブレスを前にしたら無いに等しい。いや、邪魔かもしれない。


 そもそもこんな無防備な自分が、これだけ自由に走れているのはララのおかげ。やっぱり一人じゃ勝てる相手じゃない。それが分かっているが、胸のどこかで痛みを感じるのはなぜだろうか。


 緩やかな坂道を登るために、俺はとがった岩々を踏み台にしながら跳ぶようにして走る。ララへの絶対的な信頼によって、自分は攻撃されないことを前提に、俺はドラゴンの狙うのかを考え、睨みつける。


「いち……にー……さん!!」


 うまく岩のジャンプ台を使いながら、リズムを刻んでドラゴンに向けて大きく跳躍する。


 普段魔物を倒すときや、村の仕事を手伝う時も、飛び跳ねることなんて無かったが、足腰は鍛え続けてきた。だが、自分がここまで跳躍できるとは思わなった。


 狙うはただただ真正面。ドラゴンの足や背面にある鱗が無い、すらっとした首の部分。あそこは皮が見えていて柔そうだと思って、狙った。俺が目標としたのは、腹に繋がる首の付け根の部分が妥当だと思ったが、なんとさらにその上、首の半分くらいを狙える高さまで飛んでしまった。


 自分の力を過信することなんてなかなかないが、この跳躍力に関しては世界一かもしれん。


 宙で片手で持っていた木の大剣を両手持ちに持ち替えて、できるだけこの状況でも力が伝わる様にする。足を地に着けて踏ん張ることができないのはもったいないが、この首の部分を狙うためには仕方のない事だ。


「はああああぁぁぁ!!!」


 できるだけ自分の腰をひねり回して、力を溜める。そして押し出すように、横に剣を振った。自分の可能性を秘めた跳躍から放たれたその剣は、ドラゴンの長い首にヒットする。


「硬……!」


 切れ味のないその剣はドラゴンの首を包むその硬い皮膚に弾かれる。ただ鈍い音がするだけで、他の魔物を倒すときに感じるあのめり込む感覚が無い。


「くっそ」


 これもまた自分を過信しているわけではなかったが、ここ数年でやっと自分の実力というものが実感できるようになり、この剛腕が、この剣の振りに自信が持てるようになったのに、ここでくる無力感。なんだかそれが懐かしく、俺は宙に放りだされながら自虐的な笑みを浮かべた。


 しかしそんな暇は無かった。


 ドラゴンだって生き物で、動かないただの的ではない。状況は俺が思っている以上に、早く動く。いくらその攻撃に効き目が無かったとしても、ドラゴンからすれば違和感になるくらいの接触だったのだろう。


 宙にいる俺の目の前で、のっそりと、でもものすごい速さでドラゴンの首が上へ上へと昇っていく。これはドラゴンの上体が起き上がっているのだと、俺でも分かった。その動きを察しても、宙にいる俺には何もできないが――


「ちっ……」


 思わず舌打ちをした。


 視界の端に違和感を覚えて向いてみれば、これものっそりと、でも目の前にしてみれば物凄い速さでドラゴンの大きな掌が俺に迫って来ていた。遠目に見れば、体の大きさと比べて小さな足だと思ったが、こんなに迫力があるとは。


 爪も輝くほど綺麗で、威圧感は感じないが、その鋭さに死を感じた。


 その手のひらがもう自分の目の前に差し迫った瞬間、俺の目の前の景色が切り替わった。


「転移魔法か……」


 俺が戻った場所はドラゴンへ攻撃に向かったスタート地点。奴の真正面。ドラゴンは俺の想像通り、上体を起こして地に着けていた前足を浮かべていた。


「ふーーーっ」


 俺はドラゴンへの攻撃、そして反撃という真実で大きく心拍する心臓を落ち着かせるために長く息を吐く。そして大きく口を開き、空気を食べるように吸って、俺はまたドラゴンへ向けて走り出した。


 それでいいんだろ?ララ。


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