揺らす……!お前の脳みそ!

 僕より高く空を昇り、こちらを睨むドラゴン。


 地面に立つドラゴンと走るレベットを同じ視界に入れるために、かなりの高度で距離を取っていたが、それより上。天の霞が奴の翼にかかり、幻想感を漂わせている。


――グキャアアアアアアァァァァ!!!


 ドラゴンは太陽に向けて咆哮を飛ばす。


 奴は思惑は、まず俺を処理すること。戦闘中のストレスの原因だったのはもちろんだが、そんな直情的に僕を狙っているとも思えないのが、ドラゴンに対する僕の思い違い。


 動物も魔物も本能的に僕らの戦略を潰すことはあったが、その嗅覚に尊敬を抱くだけで、理性も知能も感じたことは無かった。相手が主にどんな動きをしてくるか、それが分かれば正直手のひらの上で転がせた。


 しかしこのドラゴン、さっきから本能の皮を被った理性が見え隠れする。


 もしこの僕狙いの空中戦が、怒り以外の感情、思考があるとするならば、図体だけと言ったのは撤回しなくてはいけない。


 例えば、さっきまでのブレス。撃ち直しは本能的なものだったのかもしれないが、段々とその二発目の精度が上がったように感じた。あのドラゴン、もしかしたら僕の転移魔法のことを頭に入れながら、自分の視界に常に僕がいることを考慮してブレスを撃っていた気がしたのだ。


 これも他の魔物とは違う、格別なドラゴンの本能、嗅覚だというのならそれでもいい。理性的な思考とほぼ同格の本能を持っているのは、すごく厄介だ。


 この戦闘の流れを作っているのが僕だと気づき、狙う。人と戦ったことないが、自分が、僕とレベットと相対した時、僕なら僕を狙う。その思考が奴にあるのかないのか。


 僕は息を吐き、余計な力みを消す。


 ごちゃごちゃ考えるのは、性に合わない。自分の感覚に任せて走るだけ。終着点だけ決めてある。


 ドラゴンは上から下へ、僕へ向けて滑空してくる。


「はは……」


 思わず引きつって笑う。


 こいつ、ブレスも吐かずに突進って――


「僕を噛み殺すってことですか!!」


 このドラゴンに本当に理性があるのか。ちゃんと怒っていました。


 僕は指を鳴らして向かってくるドラゴンの後ろへ転移する。


 目の前の獲物がいなくなった瞬間、ドラゴンも急停止。俺の気配を悟ってか、背中を反って一回転。そのまま体を翻しながら、輪郭の無い方のブレスを吐き、スピードを落とさずにこちらへ飛んでくる。


 このブレスもなかなか速いが、これは僕の進化した浮遊魔法で何とか避けられる。それでもギリギリだが、急降下の時のような忙しさはない。転移でも防御でも使えば、いなせる。


 体を揺らしながら、全方位にまき散らすようなブレス。僕は浮遊魔法で上下左右にうまく避けながら、第一目標であるこのドラゴンの高度を下げるために動いていた。


 方法は簡単だ。僕が徐々に高度を下げれば、ドラゴンはそれを追うだろう。


 ただ現実はそうも簡単じゃなく、このドラゴンもそう単純じゃない。


 あの輪郭の無いブレスは基本的に僕を直接的に狙ってくる。が、時々僕の進行方向を防ぐ、または僕の逃げ道を限定するようにブレスを吐いてくる。炎が散らばるような広範囲。当たらないようにするのは、この浮遊魔法に完全に慣れた僕にとって難しくはない。


「こいつ……!」


 僕は急停止、そしてドラゴンの身体の下に潜り込むように宙を滑り、大きな牙のギロチンを躱す。


 このドラゴンの勝利の道筋の終着点は、僕をあの牙で噛み殺す事。


 それを目指してブレスを吐き、僕を誘導して、チャンスが来たら頭を伸ばし、口を開けて閉じる。自分が獲物なら、獲物なりに捕食者を誘導できると思っていたが、積極的に攻撃できる捕食者の方が誘導の主導権を握るのは当然だ。


 だからこのドラゴンには動物にはない理性を持っていると感じるんだ。


「なん……!」


 ドラゴンの真下へ滑り込んだ僕に待っていたのは、振り上げた尻尾攻撃。俺に噛みついた瞬間に、顎を上げて、上に向けて大きく回転。勢いがついた尻尾がこちらに向かってくる。


 僕は指を鳴らして、自分の前に防御魔法を展開させる。


 その瞬間、一枚の淡く透明な壁にその尻尾が当たり、その衝撃で俺は数十メートル吹っ飛ばされる。


「くっ……」


 体にダメージも傷も負ってはいないが、自分の命の危機に心臓が激しく揺れる。


 ドラゴンは回転した勢いのまま、空中での姿勢が崩れたその隙をつくように、ブレスを吐いた。


 僕はそれをもう一度、防御魔法を展開しながら、その炎の波から逃れて飛行する。そこを狙うドラゴンのブレスは転移魔法で回避した。


 最初の尻尾攻撃から転移できていれば、こんなに追い詰めれらることはないのだが、防御魔法と転移魔法の使い分けの違いは、魔法を使う時の工程に関係する。


 防御魔法は感覚的に攻撃が来る方向へ壁を展開させるだけで工程はほぼ無い。しかし転移魔法は、どこに飛ぶかを決めないといけない。その一つの工程が魔法発動を遅らせる。基本的に転移魔法は行ったことのある場所であれば、どこでも飛べる。しかし早く転移するのであれば、視界に入っている場所、空間的に認識している場所である方が好ましい。


 なるべく下へ、下へ転移する。


 しかしドラゴンはレベットの介入を嫌ってか、僕の事を上へ上へと誘導してくる。この攻防戦、ややというか大分ドラゴンが主導権を握っている。


「どうにか打開しないと……」


 いつまでもギリギリの鬼ごっこをしていても仕方がない。まだ自分らの力がこのドラゴンにどう作用するのか、徐々にギアを上げる盤面だ。


 じゃあ、まずは――


「その理性を奪う」


 迫りくるブレスを防御魔法で防ぎつつ、そのブレスに紛れて飛び出してくるドラゴンの大きく広げられた口。


 その瞬間に僕は指を鳴らし、転移する。移動先は考える必要のないすぐ目の前。


「麻痺……!」


 僕はドラゴンの頭上。主張せずに滑らかに生えていた二本の角の間。大勢の整わないギリギリの転移から、体をひねり手を伸ばす。意外とデコボコしていた皮膚に手のひらの皺まで全てを付けて麻痺魔法を放つ。


 その口が閉じられる前に、ドラゴンから悲鳴が上がる。


「別に指鳴らさなくても魔法は使えるよ」


 ただの癖なだけなのと、ちょっと気合が入るだけ。


「さあ、集中を欠いて、僕に集中するがいい!!」


 そして僕はドラゴンの鼻の先を素通りしながら、角度をつけて急降下。ワンテンポ遅れてドラゴンが僕を追いかけて滑空し始める。


 どれだけ上へ上へと誘導されようと、さすがに僕たちの作戦は悟られない。僕が下に誘導できなくとも、角度や方向の誘導までは握らせない。ここが完璧なタイミング。


 急降下…!急降下…!それが終われば後は直線的に逃げるだけ。


 後ろからのブレスはもう視認せずに感覚で。こいつはもう怒りで僕しか見えていない。僕しか狙わない。誘導も何も考えずに、目の前で逃げる獲物を狩るのみ。ブレスを吐いたら、また吐くだけ。


 空を飛んでいる時は砲台ブレスは使えない。炎のブレスの間隔、タイミングはもう掴んでいる。体が勝手に動いてくれる。


 後ろの威圧はみるみる迫ってきているが、関係ない。ブレスを躱しながら、急降下。ドラゴンは最初の僕の意図通りに下へ誘導される。


 そして噛み砕かれそうになったその瞬間、僕は急降下を止め、地面と水平に爆速で飛ぶ。ドラゴンはそれに遅れて反応しながら、下から上へと僕を追いかける。


「もう少し……!」


 僕は前にあるドラゴンが寝ていたあの崖の側面を目指して飛ぶ。


 思わず笑う。


 この浮遊魔法っていうか飛行魔法、どんどん進化していく。この今という瞬間が、最高速度。目端から景色が消えるこの感覚……追いつかれる気がしない無敵感!


「でも……」


 このドラゴンは追いついてくる。気を抜いたら絶対に噛み砕かれる。そんな迫力がこいつにはある。


 もう少し、あと少し、崖は目の前。それはドラゴンも同じ。もう少し、あと少しで僕を殺せる。その思いでブレスを吐いてくる。ブレスの間隔は変わっていないが、僕への到達時間の短さが緊迫感で体が緊張する。


 手を伸ばせば届くと思ってしまう程の距離感。こんなの夜に見る星や月に思う感覚で、だから実際に手を伸ばしても届かない。


 勝ちは確信している。このままいけば、僕らの作戦は無事遂行される。これは多分、武者震い的なやつ。


 そう自分の胸に押し付けた後、僕は違和感――これは寒気?


 理解するのに致命的なコンマ何秒間を費やした。


 頭の中、いいや体で感じ取ったその答えは、後ろから僕を襲うドラゴンのブレスのタイミングが変わったこと。


「しまっ――」


 僕は急停止、そして迫りくるドラゴンへ振りながら防御魔法を展開する。


 思った以上に僕とドラゴンの距離の差はあった。それを見た時、僕はさっきまで焦りすぎたのかもしれない、と反省した。そしてそのせいで集中を欠いていたことをさらに反省する。


 ドラゴンの口を開いて炎が溜まるブレスの予兆。それが砲台ブレスだと判別したときには、僕の視界は淡い赤に染まっていく――


 勢いのついたブレスの芯を真正面から受けた僕はその激しい流動に押されるとともに、僕の身体を守る防御魔法がぺりぺりと剥がされるように、徐々に壊れていく……そう感じたのは多分僕だけで、このブレスで僕の防御魔法は一瞬で崩れた。


 痛みという感覚は無かった。ただそういうネガティブな感覚を強いてあげるとしたら、苦しいかな?


「……あ…ぁ」


 というより、そういう感覚を得られる前に僕は宙へ放り出されていた。


 微かな視界にはドラゴンの寝床である崖が崩れ落ち、ブレスの勢いによって散り散りに飛んでいた。


 自分の身体が今、どんな風に見えているのか分からない。僕も体の感覚……どこに腕が付いていたのか、自分に足が付いているのかも分からない。もしかしたら、僕の頭以外は取れて無くなっているかもしれないと思えるほどに。


 そんな身体的呆然自失の状態でも、僕はただ自分の身体に回復魔法を重ね続けた。重ねて、重ねて、重ねた。回復魔法の効果が切れる前に回復魔法をかける。回復魔法が重なり合う時間しかないくらいに回復魔法をかけ続ける。


 そうじゃないと、僕の身体は灰になってそよ風に飛ばされる予感がしたからだ。


「あぁ…ぁ…ぁぁ」


 呼吸もままならない。回復魔法を使い続けないと死んでしまう。


 それでも僕は崩れた崖の残骸に紛れた人影を見つけて、自分の役目、仕事を思い出す。


 その思いは僕の視界に自分の腕を、手を映す。その手の親指と中指をまるで自分ではない何かを操作するように擦り合わせて、そしてただ離した。


――衰弱。


 声も出ないその喉から、僕は確かにそう言った。


―――――――


 ドラゴンのブレスによって崩れた足場。そこはララによって命じられた俺の待機所。渾身の一撃を奴に与えるため、ただその時を待っていた。


 不安定な空中で、宙に散らばる大粒の破片。それをうまくつま先で蹴りながら、俺はただ奴だけを見ていた。確かにララはあのブレスに巻き込まれ、どこかに消えた。その事実だけを胸に入れて、俺は俺の役目、仕事に集中する。


 自分の標的を見失い、スピードを緩めた俺の標的。


「揺らす……!お前の脳みそ!」


 狙うは一点。


 奴の上品とも思えてしまう角の間。でっかい脳が詰まっていそうなあの頭。ドラゴンが飛んでくるそのスピードを読み、俺の剣が丁度その頭に当たる様に縦に振る。両手で!


 俺はそれを完全に掴み、この剣が当たると確信する。


 雄叫びに近い声を上げながら、俺は全身全霊を以てして剣を振った――


「完璧だ」


 幾度となく感じた魔物を殺す感覚。相手の中身がグチャグチャになったのが分かるあの感覚。


 ドラゴンのこの固い皮膚を貫通して、中の脳みそに俺の与えた衝撃が伝わったこの感覚。自分の脳内が興奮して、一度味わったら忘れられない感覚。


 気持ちが良い……!


 下へと落ちる最中、上を見るとドラゴンは体から力が入らなくなったかのように、自分が寝ていたであろうその崩落した崖に突っ込み、豪快に倒れていった。


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小さな村で埋もれていた原石の二人組が、世界に最強と認めさせるまで 葦澤 瑞来 @mzkysd_81

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