草分けに最適な魔法を俺は知らない

 背の高い草むらをかき分けて僕らは山の中を進む。


 視界も悪ければ、足場も悪い。朝に村から出たとはいえ、これじゃあ目的地に着くまでに昼過ぎになってしまう。今回は目的地に着けばそれで終わりという訳ではないため、それを考えるだけで億劫だ。


 一昨日、僕とレベットは村長からこの村から下りて外の世界を見て来いというお達しが告げられ、反抗虚しく親とおばあちゃんの説得、最後には怒りに任せたレベットの英断により、僕らは村を出ることになった。


「ねえ、レベット。これは誰が悪いんだろうね」


 そう聞くと、さすがのレベットもイラついた声で、


「お前だろ」


 とムスッと言った。


「いいや、僕はレベットが悪いと思うね。そりゃ局地的に見れば、僕が悪いのかもしれないけれどね、全体的に見れば気味が悪いと思うんだ」


 僕はレベットが踏みしめた草を踏みしめて歩きながら、彼の言葉に首を振る。


 一昨日の夜、僕らは村を出ることに決めた。一度そう決めると、外ではどんなことがあるのだろうと、正直楽しみにもなった。しかし今、僕の中にそんな感情は一切ない。この一日の間に何があったのか。


 簡潔に説明するのなら「僕たちは今、山を下りるのではなく、山を登っている」ということだ。


 謎かけにもならないだろう?


 でも僕が特別にそういう言い方をするということは、いつもの魔物狩りに出かけている訳じゃあないのだ。もちろん、村から下りるために一時的に山を登らないといけない訳でもない。僕らの目的はこの山の頂上にある。


 さて、事情を説明しよう。 


 僕らが村から出ることを決心した次の日、つまり昨日。僕が寝不足でベッドの上から動けなかった日、目標ができて元気横溢なレベットは村長にある相談をされたそうだ。


 村長の家は、この村の中でも一番小さい。


 村の皆は大工のおっちゃんによって、生活がしやすい様に改装や、新しく建ててもらっていたが、村長は「過去の苦しさを忘れてはいけない」とおっちゃんの改装を拒んだそう。そこで村長とその息子が大喧嘩した話は、まあ今は関係ない。


 レベットはその家に、昨日僕が寝ている間に招かれたそう。


「お話があると聞きました。どうしましたか?」


 村長の家には足の長いテーブルが無く、丸い卓袱台しかない。そのため、レベットは座布団に正座をして村長と対峙したらしい。


「お前さんとライドが、私の勝手な提案を受けてくれたことは話に聞いている。まずは礼を言わせてほしい」


 そう言って村長はレベットに頭を下げたらしい。しかし僕には村長が礼をする意味が純粋に分からなかった。レベットもそう思ったそうだが、そこを話すとややこしくなることは明白だ。


 レベットは村長の言葉に、頭を下げて返したらしい。


「それで話というのはの、お前さんたちが村を去る前に頼みごとがあるからじゃ。本当に勝手な村長ですまない」


「頼みですか?なんでしょう?」


「私たちが住む隣の山に、このミネミ連峰のヌシがいることは知っているかの。村長として、この村の代表として頼みたいこととは、そのヌシの討伐じゃ」


「分かりました。全力で俺たちがその頼みを受けます」


 分かりました、じゃねーよ。


 この村の人々はレベットも含めて、当事者の相談が苦手なのかな?


 なんで僕がいない所で話が進んで、なんで僕がいない所で僕が損することになっているの?てか、村長も狙っていただろ。僕が寝てて動けなかったの関係なく、この話し合いには僕を呼ばなかったと思う。どうせ僕は嫌がるから。


 そりゃ、嫌がりますよ。


 だって隣の山の頂上に行かなくてはいけないのですよ。山を下りて麓の街に行くのとはわけが違う。僕らの住んでいるこの村はミネミ連峰の中でも、低い標高だ。それに比べて隣の山のガルガ岳は一番高い標高。そりゃ、ヌシも住みますわな。


 村のある山の標高が低いと言っても、頂上へ登るのに一苦労する。それより高いガルガ岳を登るのなんて、二苦労どころの騒ぎじゃない。あの村長、最後の最後にとんでもない頼み事しやがった。レベットもそんな苦労考えず、二つ返事したのだろう。


 あいつは頭がいいが、気が回らない。


 そして最後に今の状況を説明しようと思います。


 このガルガ岳登頂に向けて、レベットが言い出したことは「歩いていこう。その方が訓練になるだろう」だった。重い荷物を袋に入れず、山にして。こいつ全部僕の魔法で持たせようとしている。


 レベットに僕は言った。「バカか?」と。そりゃそうだ。ガルガ岳を登るのに、ここから何日かかると思っているのだ。せっかく村を出ようと決意したというのに、ヌシを倒すのに何日も使ってしまったら、僕は疲れて村を出ていきたくなくなってしまうだろう。


 だから僕は問答無用で指を鳴らして、転移魔法を使った。


 その結果が、これだ。


 僕の転移魔法は一度でも言ったことのある地点にまで一瞬で移動できるというもの。その距離は試したことは無いが、感覚的には無限大。実を言うと、この魔法があるから僕は村を下りることを承諾したところも多少はある。何かがあれば、いつでも帰れるから、まあいいかと。


 そして今いるここは、ガルガ岳の山頂付近だと思う。


 今日の朝に出発して、今日の昼過ぎに山頂につけるのは、僕の転移魔法があったからだ。


 僕らは以前、魔物狩りに出かけた時、このガルガ岳で遭難にあったことがある。「いやいや、転移魔法があるのに遭難なんかしないでしょ」と思うだろう。僕も思っていた。というか、僕一人なら絶対に遭難しない。しかしなぜかレベットと二人で行動すると、遭難という事態に高い確率で遭遇する。


 レベットは冒険者に憧れている。それ故に、なぜか未知の場所に行きたがる。僕は「それは冒険者じゃなく、探検家がすることだ」と説得したが、彼は「同じだ」と納得しなかった。


 僕はレベットのせいで探検家の真似事を何度もさせられる。魔法で帰ろうと言えば、「歩いて帰ろう。そっちの方が訓練になる」だ。僕は言った。「バカか?」と。


 そんなレベットのせいで、僕らはガルガ岳の中腹にまで転移魔法で一瞬で来られた。


 しかしそこで問題になったのが、転移する場所を僕らが言ったことのあるガルガ岳の最高点に設定したら、完全に山の中。山道ではない道なき道へと転移してしまったことだ。


 多分、ガルガ岳の山頂近く。感覚だが、どちらに行けば安全な山道があるかは分からない。だから僕たちは草を体でかき分けて、坂道を直線に登るしかなかったのだ。


「だからね。全体的というのは、この村長の頼みを快く受けたレベットが悪いし、こんな草が生い茂ってどこに進んでいいのか分からない所まで遭難した君も悪いということだ」


「そんなの知るか。ララが勝手に飛ばしたんだ。俺は堅実に登ろうとしていたのに」


「堅実?違うね、それはただの足踏みだ。近道する方法があるのなら使わない手はないんだよ」


「それでこうなっていることを頭に刻め。時間はかかるが、俺の方法なら快適に山登りができたんだ。これじゃあ、近道かもわからんし、かなり……不快だ」


 無骨なレベットも長時間草に視界を奪われていては、さすがにストレスも溜まるか。僕もこの長時間、レベットの背中に背負われた大剣を見ていたのでストレスが溜まっている。たまに二重に見えたし。


「ねえ、もう僕の魔法で頂上まで行こうよ。村からこの山の頂上までだと、さすがの僕も疲れるけどさ、ここから頂上までだったらすぐ行けるよ。こんな思いするのも嫌だろ?」


 そう提案すると、レベットは唸るだけ。さっきからずっとこれだ。


 レベットも小さいときは僕の魔法を便利だと思ってくれて、僕が使おうと言えば了承してくれた。てか、遊び心で使ってほしいとせがまれたくらいだ。


 しかしある時を境に、レベットは僕の魔法に頼ることは、ズルだと思い始めたのだ。今までは魔物を一通り倒したら、転移魔法で夕暮れ前に帰れていたのに、その頃から転移魔法は封印され、帰りはいつも日が落ちてから。


「じゃあ僕だけ魔法を使うよ。それで今、ここが山のどこらへんか調べてくるよ。近くに手ごろな山道があれば、そこまで案内できる。そうすれば快適に移動ができるよ」


「だめだ。そういうズルはしたくない。ここまで頑張ったのだから、これからも頑張れる」


「勘弁してくれよ、レベット。こんな時の魔法使いだよ。転移でこんな道に来ちゃったのは僕が悪かったと認めるよ。だから挽回のチャンスが欲しい。ね、いいだろ?」


「ならララが前を歩いてくれ。草が顔に触れて敵わん」


 やっぱりレベットが悪い。


 でもこれだけレベットがストレスで気苦労すると、ヌシとの戦いに響くかもしれない。僕だって悪魔じゃないし。僕は魔法使い。前線を張るのはレベットだ。相棒だし、仕方がないな。


「分かった、代わろう。でも草をかき分けるのに、魔法を使うのをズルとは言わないでくれよ」


「そんな草分けに最適な魔法を俺は知らん。こんな時のために用意したのか?だったら早く使え、バカ」


 やっぱり代わるのやめようかな。人の好意を無下にするのがうまい事で。


 レベットの魔法嫌いも今に始まったことじゃないし、遡ったら色々あるけど、今が最高潮に面倒臭い。これでもレベットは前に比べたら、僕の魔法を許容している。しかしその線引きがまあ難しい。いつも、「この魔法は使っていいのかい!」とツッコみたくなる。頂上へ登るために魔法を使うのがダメで、なんで草分けに魔法を使うのはいいんだよ。分からん。


 それに草分けのための魔法なんて、覚えるわけないだろ。


「応用って言葉を知らないみたいだね。いつも同じような戦い方をしているから、そういう思考にならないんだ。もう少し柔軟になってほしいものだ」


「余計なお世話だ」


「はいはい」


 そして僕とレベットは立ち位置を交換した。


 草の高さは葉先がレベットの顔に当たるくらい高い。僕くらいの身長では本当に草をかき分けないといけなくなる。腕を前へ伸ばして、両手を合わせて尖らせた後に、頭を下げて「しゅっぱーつ」と遊んでみてもいいのだが、後ろからのげんこつが怖いのでできない。


 僕は指を鳴らして、「防御」とため息交じりで呟くと、僕の前に攻撃を防ぐための硬い膜が生まれる。その膜は上手に草をかき分けて、簡単に草を踏ませてくれる。こんなことにこの魔法を使いたくないのだが、しょうがない。


「それが応用か……」


 珍しくレベットは僕の魔法に感心した。


 本当に応用の応用だよ、こんなの。二度と魔法をこんな使い方したくないものだ。


「そもそもね、魔法はズルじゃないと言いたいね。これは僕の努力の結晶でもあるわけで。そんなこと言ったら君が剣を振るのをズルだと僕が言っているのと同じさ。でもこの利便性に関して、ズルと言いたくなる君の気持ちも理解しているさ。僕は自分の魔法がズルだと言われて怒らないしね。じゃあ何に怒っているかといえば、君がそのズルを狡猾に使うことを覚えないからさ」


「ズルを狡猾……ズルはズルなんだから、使っちゃダメだ」


 うん、言いたいことは伝わらない。いつもの事だ。落ち着け、ララライド。


 分からないのなら、ちゃんと伝えなくちゃいけない。


「僕は君の戦闘スタイルを熟知して、それを活かせるように戦っている。でもそれが君にはできるのかって話さ。そんなにも僕の魔法を拒否していると、いざという時に僕の魔法に頼ることができるのかってことだよ」


 まあ前衛なんだから、そんなこと考えずに突っ走ることも大事だ。そのほうがフォローしやすいこともある。一概に言えないことが難しい。


「お前の魔法に頼るか……。俺はずっとそうしてきたつもりだった。どちらかと言えば、お前に甘えっぱなしだと。これ以上、何を頼ればいいのか……?」


「まあ、いつも僕は君の意固地に付き合っているのだから、僕に甘えているのは間違いないね」


「ふーむ……」


 僕は悩む声を出すレベットの顔を一瞥し、向き直る。


 村長がヌシの討伐を頼んだのは、ガルガ岳という広く高い山を独り占めするように住むヌシを倒すことによって、生活をするのに厄介な魔物たちの住処を分散するため。


 しかし僕たちにとってそれ以上に得られる成果があるかもしれない。


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