本編


「もし、そこのお前さんや」

(SE:風に木々の揺れる音)


 あなたはどこからともなく声をかけられ、周囲を見渡した。だが、声の主は見つからない。

 周囲は太く背の高い木々が覆う、ここは伊勢の内宮……日本の神様の中で一番偉い、太陽を現わす神様である天照大神あまてらすおおみかみが住まう皇大神宮こうだいじんぐうから少し離れたところに有る、荒祭宮あらまつりのみやが見える場所。


「聞こえているんだろう? 人間というのは便利な物を作ったねぇ。その板っ切れを通せば、あっしの声も人に理解できるようになるんだろ? じゃあ、一つ……あっしからお節介ながら教えてあげたいことがあるんだ。いいだろう?」

(SE:鳥の声 ※ヒヨドリやカワセミ、メジロなどが伊勢神宮周辺には居るので、それらの鳴き声が良いでしょう)


 声の主に合わせてか、どこかで野鳥が鳴いた気がする。


「ああ、あっしを探しても無駄ですぜ。人間の目には、あっしの姿は野鳥にしか視えんでしょうから。そんなことより、皇大神宮には既に手は合わせましたかい? ……そら良かった。この国、日ノ本に居る限りは、かの大神様のご加護があるはずでさ」


「皇大神宮には、あくまで日頃の感謝をするのが良いと言われてましてね。しかしそうと知らずに、まさかまさかの天照大神に個人的な願い事をするような人が居るって話じゃあないですか。あんまり、神様たちに無茶言うもんじゃありやしませんぜ。皇大神宮に願いを言うならせいぜい、あー、『世界平和』とかですかね」


「神様の怒りを買うなんざ、碌な目に合わねぇ……へへっ」

(SE:カラスの鳴き声)


「でもぉ……個人的に願いたいこともある、ってんでしょ? 解りやす。人間は欲の深い生き物だ。あっしらはそれが大好物、っと。いえいえ、なんでも」


「それじゃあ、願い事を神様に届けるにはどうするかってぇと、ほら、皇大神宮より小ぶりな木造のお社があるでしょう? あれが荒祭宮。あそこにお願いなさいな。荒祭宮ってのは、天照大神の荒魂あらみたま、所謂荒ぶる部分を分けて祭ってある場所でさぁ。力強く勇猛果敢で物事を動かそうとする部分といえば聞こえはいいが、怒りっぽくて呪いも災害も放ってしまう部分とも言えまさぁな」

(SE:風に木々の揺れる音)


「そう、日ノ本で最も権威と力を持つ大神様の、怖いところ」


「でもまあ、大神様はやっちゃあいけないこと、タブーを起こさなけりゃいうほど怖くありやせん。怒らないように、って自分の怒りっぽいところを切り離しちまうような神様だ。日ノ本でこうして居られるってんなら、あなたもまた大神様の加護の内でしょう」


「あ、ところで、この内宮の中でも有名なタブーがあるのをご存知で?」

(SE:鳥の羽ばたく音)


「荒祭宮から降りる階段には、踏んではいけない敷石、通称『踏まぬ石』ってのがあるんでさ。見ればわかります。一つだけ、不気味に盛り上がった、割れている石があるんで」


「ところがこいつが実際に階段を下りてみると解るんですがね、下りながらだと見つけにくいのなんの……『踏まぬ石』と言われてる以上、踏んじゃいけないのに踏んじゃう人が居るんでさ」


「踏むと、どうなるかって? ……へへ」


「大神様は、タブーを嫌っておいでだ」


「踏むなという石を、大神様の怖い部分が見ている最中に踏む。それがどういう結果をもたらすか……言うまでもないでしょう?」


「ある人は足を折ったそうです」

(SE:何かが折れる音)


「ある人は大事な場面で足を踏み外した」

(SE:岩が転がる音)


「ある人は、二度と歩けぬようになったとか」

(SE:悲鳴)


「どうでしょう? 怖いですかな? 良いですなぁ、怖いということは、生きているということ……何? 言うほど怖くない? あっしの語りが怖くない? かぁ、最近の人間は恐怖慣れしてて詰まりませんなぁ」


「ま、脅しておいてなんですがね。『踏まぬ石』なんて、存在しないんですよ。ええ、周囲の人が勝手に作ったお話でさぁ。少なくとも、伊勢神宮側が『踏まぬ石』を踏むなというのは、せいぜい『踏むとバランスを崩して危ないですよ』ぐらいなもんで。そもそも、御懐の海原が如き広さを持つ慈愛深き大神様が、たかだかそんぐらいで呪うわけがないじゃありませんか」


「ちょ、あっしを探して睨みつけようとかせんでくださいよ。そういう噂があるってだけでさ」


「そもそも、伊勢神宮では片側通行。伊勢神宮に限らず、神社仏閣では中央は神様がお通りになる道。そこを人が通るわけにはいきません。『踏まぬ石』は階段の中央付近にあるんでさ。ちゃんと片側通行を守ってりゃ、踏むこたぁございやせん」


「ちなみに、内宮が右側通行、外宮が左側通行ですぜ」


「でもまあ……このままだとあっしらの悪戯心が満たされねぇ。怖がってもらってなんぼの化生、ならば一つ無駄な説をお唱えしましょうや」


「あっしは先ほど、『踏まぬ石』に呪いは無い、と言いましたな。あれ、半分正解で半分嘘でさぁ」

(SE:風に木々の揺れる音)


「ここは日ノ本の最も尊きおん大神住まう伊勢神宮が内宮。有象無象の人間あくた共がそろいもそろって積もり積もらせたる恩讐おんしゅう憎念ぞうねん数数多かずあまた。信奉の心を持ってして語り継ぐ想いが最も現実になりうる場所。それすなわち呪いを語る口有れば、呪いが現実になりうる場所」


「そう、荒魂が叶えてくれるでしょう。『踏まぬ石』があったら、呪いがあったら、怖くて……面白いなぁ……って願いすらも、ね」

(SE:カラスの泣き声)

(SE:鳥の羽ばたき)


 謎の声は聞こえなくなった。あの声は、望んでいるのだ。

 あなたが怖いと思う心があればあるほど、面白いと思う心が有ればあるほど、呪いは実現する。それを、待っているのだ。

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踏んではいけない 九十九 千尋 @tsukuhi

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