第26話 勇者ちゃん、不死王と対峙する
――時間は数時間前に遡る。
アズサは騎士団たちと共に『不朽の森』でモンスターと戦っていた。
「えいっ!」
「腐シャアアアアアアアアアアア~~……」
襲い掛かってきた樹のモンスターを細切れにする。
「ふぅ……この森、凄くモンスターが多いんですね。それにこんな積極的に人を襲って来るなんて……」
なんて危険な森だなとアズサは思った。
だが騎士団長はクスッと笑う。
「普段はモンスターも大人しいんですよ。ただ一定の条件を満たした時だけ活性化するんです」
「条件?」
「ええ、我々も全て把握しているわけじゃないのですが、二人以上の男性が森に入るとモンスター達が活性化するみたいなのです。……ただそれでも襲ってくることは滅多にないんですよね」
「え? でもこんなに凶悪なのに……?」
「はい。どうやら男性二人だけなら遠巻きに観察するだけのようなのですが、そこに女性が混ざると妙にモンスター達が殺気立つみたいで……」
「な、なんですかその変な条件……?」
「わかりません。この森のモンスターだけの独自の生態なのでしょう。でもその性質を利用すれば、こうして実戦訓練には事欠かない――っと訳です」
そう言いながら、騎士団長は襲ってきた茸のモンスターを真っ二つにする。
「……ホンモゥゥ~……」
茸のモンスターは何やら満足した様子で絶命した。
その奇妙な生態にアズサは首をかしげるばかりである。
「ダイ、ダィー」
するとダイ君がアズサの裾を引っ張る。何かを見つけたようだ。
「なに、ダイ君。あれって……木の実?」
「ダイー」
「アレは……ホモゥの実ですね。活力剤の材料になる木の実です。隣にはウッホの実もなっていますね。どちらも珍しい木の実です。よく見つけられましたね。普段は妙に存在感を無くす木の実なのに」
「素材……。あ、あの、私の友達が魔導具屋でバイトしてるんですけど、お土産に持って行っちゃ駄目ですかね?」
「勿論、構いませんよ。ホモゥもウッホも希少な材料ですから、お友達も喜ばれると思いますよ」
「わーい、ありがとうございます」
「ただし取り過ぎは厳禁です。森の生態系が崩れてしまいますから」
「はいっ」
ルンルンと嬉しそうに木の実を取るアズサ。
騎士団長たちも微笑ましそうに見守る。
「さて、今日はこの辺にしましょうか。勇者様、拠点へ戻りましょう」
「はい。あ、先に行っててください。もう少し木の実を取ってから行きますから」
「……わかりました。では女性の騎士を二名残していきます。何かあれば、彼女達に言ってください。女性だけならばモンスターもそこまで狂暴化しないでしょうし」
「ありがとうございます」
騎士団長の心遣いにアズサは素直に感謝した。
アズサが女性ということもあって、遠征のメンバーには女性の騎士も何名か派遣されている。
「……ん?」
ふと、アズサは鼻を鳴らす。すんすんと、何やら香ばしい香りが漂ってきた。
「……焼き魚の匂い?」
騎士団のテントとは全く別の方角、森の奥から漂ってくる。
誰かいるのかとアズサは匂いのした方へ行ってみた。
するとそこにはたき火で魚を焼いている不死王の姿があった。
「……えぇ?」
アズサが困惑したのも無理はないだろう。
「なんでアンデッドがたき火で魚を……? ていうか食べられるの?」
しかも不死王は枝や蔓で造った即席のハンモックの上に横になり、サングラスっぽい眼鏡をかけ、ローブではなくアズサの世界のアロハシャツのようなモノを着ている。脇にはトロピカルなジュースまで添えられている。まるでバカンスでも楽しんでいるかのような、あまりにも場違いな光景だった。
『ん……? 誰かいるのか?』
アンデッドもこちらに気付いたのか、サングラスを上げてアズサ達を見る。非常にシュールな光景だ。
「なっ!? アンデッド……! それもとんでもなく強大な……!」
「アズサ様! お下がりください!」
すぐに護衛の騎士二人が臨戦態勢に入る。目の前の意味不明な光景にも動顛せずに即座に気持ちを切り替えられるのは日頃からの訓練の賜物だろう。彼女達の練度の高さ、勤勉さがうかがえる。一方でアズサは剣も抜かず、首をかしげていた。
「……あれ? ひょっとして城の地下にいたガイコツ? 君、お城のギミックじゃなかったんだ」
すると不死王の方も声を上げる。
『おぉ、やはりあの時の小娘か。宝物庫の封印を解いてくれて助かったぞ。おかげで楽にこれを回収できた』
不死王は懐からペンダントを取りだした。
『――『不壊のペンダント』。かつて我が創った四つの魔倶の一つだ』
「魔倶……? 魔道具の事ですか?」
『……まあ、似たようなものだ』
「こんなところで何してるんですか?」
『見ての通りだ。体を休めている』
「見ての通りって……。アンデッドって体を休める必要あるんですか?」
アズサのアンデッドのイメージは主に夜に活動する不眠不休のモンスターだ。そしてそのイメージは決して間違っていない。アンデッドは肉体的な疲労感とは無縁であり、魔力さえあればどれだけ長時間でも活動を続けることが可能なのだ。
『……正直に言えば、我もこんな事をする必要などないと思っていたのだ。しかし主と出会い、眷属として活動を始めてから妙な気分になる事が多くてな……』
「妙な気分?」
『うむ。――働きたくないのだ』
「働きたくないって……えぇ?」
アズサは思わず耳を疑った。主とは誰だろうかと疑問に思ったが、とりあえず保留だ。不死王は至極真っ当な声で続ける。
『いや、やる気はあるのだ。現にお主と出会った時に城の悪政を布く王族やそれに連なる大臣を懲らしめて改心させたり、それに協力していた大規模な奴隷商会を壊滅させて真っ当な組織に更生させたり、大陸にまたがる暗殺ギルドを全滅させてメンバーをカタギに戻したりと、我なりに主の意を汲むために、色々と善行を積んでみたのだ。あ、勿論、命は殺めておらんぞ? しかし奇妙な事にそうしてはりきって行動すればするほどに『働きたくない』という想いが強くなっていってな。まるで変な魔力でも流れ込んでいるかのようだ』
それがアマネの魔力である事に不死王は気付いていない。というか気付かない方が本人のためだろう。色んな意味で。
「……よくわかんないですね。ていうか、ちょっと待ってください! 今、とんでもないイベントの数々が消化されたような気がするんですけど! それ普通、勇者が関わってレベルなりスキルなり習得するヤツじゃないですか! 奴隷少女とか暗殺少女とか異世界モノのテンプレ鉄板なんですから取っちゃ駄目ですよ!」
『そ、そうか? ……すまん。我も復活したてで色々加減がわからぬのだ。あ、そろそろ焼けたぞ? 一緒に食べるか? ほれ』
「そんな露骨に話を逸らされても……うわぁ、美味しそう……ごくっ」
ぷりぷりと怒るアズサだったが、焼き魚の香ばしい匂いに思わず喉を鳴らした。
「す、凄いアズサ様。あのとんでもないアンデッド相手に対等に話してる……」
「ああ、なんという胆力……あれが勇者の資質か」
一方で、アズサの肝の座りっぷりに護衛の騎士二人は感心していた。
『腹が減っておるのだろう? 食べなさい。そちらの二人の分もあるぞ?』
「お、美味しそう……」
不死王は手招きする。それが護衛の騎士二人には死の手招きに見えた。二人は慌ててアズサを止めにかかる。
「あ、アズサ様いけません! 奴はアンデッドです! 我々を謀るつもりですよ!」
「そうです! アズサ様はお下がりください! ……焼き魚の毒見役は私が引き受けます! ええ、決していい匂いがするからとか、お腹が減ったとかではなくアズサ様の安全のためにっ」
「おまっ! やめろ! 何考えてるんだ!? てか、食べる必要ないだろ!?」
ふらふらと騎士の一人が焼き魚へと吸い寄せられるように歩いてゆく。そして迷うことなく焼き魚を口に入れた。
「あぁ!?」
「はふっ……あっつ。ふっ、ふっ……。んぐ、うわっ、なにこれ? 皮はカリッとしてるのに、中の身はすっごいホクホクしてる……魚の臭みもなくて本当に美味しい」
ごくん、と飲み込み、ぷはっ、と息を吐く。吐いた息が、香ばしい焼き魚の香りがした。
「ほふぅ……こんな美味しい焼き魚食べたの生まれて初めてです……」
『くっくっく、まず一人。よく噛んで食べなさい。料理の神髄は火加減だ。ただ焼くだけという簡単な調理こそ料理人の腕前が試されるのだ』
「くっ……」
護衛を任されたというのに何たる体たらくだ。
後でアイツの減給を願おうと護衛の騎士その1は思った。
というかなんでアンデッドが料理の講釈を垂れているのか。色々、意味がわからなさすぎて情報処理が追いつかない。
「へぇー、これ、本当に美味しいですね。なんて魚なんですか?」
『シャケモドキアユという川魚だ。良質なコケだけを食べるから臭みもない。産卵期の今は卵がたっぷりと入っていて一番美味いぞ』
「へぇー。むぐむぐ。シャケと鮎の良いところどりしたみたいな魚ですねー。ホントに美味しいー♪」
「アズサ様ぁ!?」
いつの間にかアズサも普通に食べていた。
「ダイー、ダイー♪」
おまけにダイ君までご馳走になっている。いったいどうやって食べているのだろう? というかどこが口なのだろうか?
「ちょ、いや……アズサ様もアンヌもダイ君も! なんでみんな普通に食べてるんですか!? これ、私がおかしいんですか? あとダイ君どうやって食べてるんです? おかわりまでして!」
「ジュゼットも食べなよ。美味しいよ」
「そうですよ、ジュゼットさんも一緒に食べましょうよ」
今更だが護衛の騎士はジュゼットというらしい。
もう一人の先に食べだした方はアンヌだ。
『くっくっく。残るは貴様一人だ……。よいのか? これは焼き立てが一番美味いのだぞ?』
不死王は焼き魚を刺した串をこれ見よがしにジュゼットに見せつける。
涎がこみ上げてきた。ごくりと、生唾を吞んだ。だがそれでもジュゼットは負けない。
「ごくっ……。いや、駄目だ。私はハリボッテ王国第三騎士団女性騎士 ! そんな誘惑に屈するものか!」
『ならばバターを加えよう』
不死王はどこからともなく取りだしたバターをへらですくい焼き魚の上に落とす。身の上に堕ちた瞬間、バターが溶けて豊かな香りが広がる。
「なっ……!? ここに来て援軍だと!? 卑劣な……っ」
これが不死王の悪辣さなのだ。ジュゼットは戦慄した。
『更に香りづけにユズユズの果汁を垂らすとしようか……』
不死王はどこからともなく取りだしたピンポン玉程の柑橘系の果物を四分の一にカット。ささっと焼き魚に絞って垂らす。今度は清涼感のある良い香りがした。
誘惑には決して屈しない騎士ジュゼットに対し、不死王は畳み掛けるように手を繰り出す。
「ぐっ……かはっ……。こんな……こんな猛攻……悔しいっ。でも美味しそう……!」
「ほら、残り一本だぞ? いいのか? 要らぬのならこれはこの台座に――」
「頂きますっ!」
結局、ジュゼットも誘惑には勝てなかった。とても美味しかった。
「はぁー美味しかったです♪」
「ダイー♪」
「はぁー、満腹♪」
「くっ……私は騎士失格だ……。ご馳走様です」
『カカカ。お粗末様だ……』
その後、テントの戻った三人はお腹がいっぱいで夕食を満足に食べることができなかった。
結局、不死王がなぜ不朽の森にいたのかとか、不死の首飾りとはなんなのかとか、色々説明して貰いたいことがいくらでもあるのになに一つ、説明のないまま勇者と不死王の二度目の邂逅は幕を閉じた。
――その光景を、魔王軍密偵アイは見てしまった。
偶然だった。
アマネと出会い、その後ハリボッテ王国内での様々な諜報任務を終えた帰路の途中で彼女は偶然にもその光景を見つけてしまったのだ。
「う、嘘やろ……? 勇者と不死王が談笑しとる……?」
アイにしてみたら、それはまさしく悪夢のような光景だった。
「いや、そもそもいつの間に不死王の封印は解けてたんや……? アマネはんが嘘をついてたようには見えへんかったし、封印場所が違ってた? ウチらの情報が間違ってた? ともかくどエラい状況になってもうた……」
アマネやポアル、ミィの存在だけでも重要案件だったというのに、更に勇者と不死王が繋がっているだなんて魔王軍としては眼も覆いたくなるような案件だ。
アイは懐からある魔道具を取りだす。
――転移結晶。
使用者の魔力を込めれば、一瞬で指定した場所へテレポートできる代物だ。一度、アマネに阻止されたアイテムでもある。
「……緊急の時以外、使うなって言われてた転移魔石やけど、そうも言ってられへんな」
アイは急いで魔王城へと向かった。
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