第5話 竜王様、魔力を測定する

「それじゃまず私から……」


 アズサちゃんは興奮冷めやらぬままに水晶に手をかざす。

 すると水晶が淡く光りはじめた。青、黄、緑の三色の光を放っている。


「素晴らしい! アズサ様は風と土、そして光属性の魔力をお持ちです。それにこの強い光……保有する魔力量も現時点で並みの魔法使いを遥かに超えておられます。さすが勇者様です!」


 姫様、すっごく嬉しそう。どうやらアズサちゃんの結果は良好だったようだ。


「アマネさん、私凄い魔力みたいです! ふ、ふふ……異世界テンプレ気ん持ちいぃ……」


「あ、うん。よかったねー……」


 すっごい気持ちよさそうな顔してるし、もうそれでいいや。

 でもそれはどうでもいい。問題は私だ。私が触れたらこの水晶はどんな反応をするのか……。


「では、次にアマネ様、どうぞ」


 姫様が私の名を呼ぶ。


「あ、はい。……あの、つかぬ事をお聞きしますけど、これって仮に人間以外の生物が触れればどうなるんですか?」


「人間以外が触れれば、ですか……? まず種族によって水晶そのものの色が変わると言われています。人ならば水晶自体に変化はなく色のついた光のみが放たれ、魔族ならば水晶が黒くなり、鳥や動物ならば緑に、モンスターならば赤、アンデッド――不死の者が触れれば茶色になると言われています」


「へ、へぇ……。ちなみにドラゴンとかは?」


「ドラゴン……ですか?」


 私がそう訊ねると姫様は何故か目を丸くした後、クスクスと笑った。


「天音様は面白い事を仰りますね。ドラゴンなんてこの世界に居るわけないじゃないですか。蜥蜴族 リザードマンのような亜人種や サラマンダーのようなモンスターは居ても、ドラゴンなんて生物は物語の英雄譚にしか存在しませんよ」


「……そうなんですか?」


「はい。遥かな太古にはドラゴンも実在したと唱える研究者も居ますが、確たる証拠はありません。変異したリザードやサラマンダーの化石からそう推測したのでしょうね」


「……?」


 それを聞いて私は違和感を覚えた。

 ドラゴンが居ない……? 

 魔族やモンスターは居るのに、何故ドラゴンは居ないのだろう?

 というか私、そのドラゴンなんですけど。

 ほら、ここ。角生えてますよね?

 尻尾もありますよー? なんで見えないんですかー?


「さあ、水晶に手を」


「は、はぁ……」


 もうこうなればどうにでもなれだ。

 どこか釈然としない気持ちで私は水晶に手をかざそうとして――、


「ッ……」


 不意に、私の右目が痛んだ。




 ――水晶に魔力を込めた瞬間、水晶は粉々に砕け散った。


 解き放たれた魔力の塊は瞬く間に膨れ上がり、全てを破壊しつく暴虐の嵐へと変化する。


「な、なんだこれは!?」

「魔力が……! 水晶に込められた魔力が暴走しているのでは!?」

「なんだこの密度は……! これ程の魔力密度……! この辺り一帯が吹き飛ぶぞ!?」

「ど、どうしてこんなことが!?」

「いやあああああああああああああああああああああっ!」

「だ、誰か助けてくれええええええええええええええ!?」


 その場にいた人々は消し飛び、城は跡形もなく崩壊した。


 更に魔力の渦は広がりを続け、王都を飲み込み、国を飲み込み、やがて大陸を飲み込み、海を干上がらせ、空をかき消し、空間を砕き破壊してしまった。


 こうして――世界は滅んだ。 











「―――――――――――はっ」


 い、今の光景は一体……?

 私は周囲を見回す。

 目の前には水晶があり、アズサちゃんも、周りの人たちもちゃんと居る。


(ま、まさか今の光景は……私が見た未来?)


 正確には『竜皇の瞳』が見せた未来なのだろう。

 魔力を普通に込めた結果、私の魔力に世界が耐え切れず崩壊してしまったのだ。

 嘘でしょ。普通に魔力を込めただけで今の大惨事が起こるっていうの?

 信じられないが、右目が痛むのは未来を視た証拠だ。

 世界の危機に反応して、事前に私に知らせてくれたのだろう。


 ――竜王 わたしが普通に魔力を込めると世界が滅ぶ。


 流石にこれは想定外だった。

 だが仕方ない。であれば、込める魔力はほんの最小限に留めなくては。

 世界が滅ぶ。


「……あのどうしたんですかアマネさん。先程から右目を抑えて?」


「あ、いや、これはその……なんでもないです」


 いけない、アズサちゃんに余計な勘繰りをされてはマズイ。

 私はなんでもないと言い、再び水晶に魔力を込めた。



 ……ほんのちょっと。一割くらいで。

  ――右目が痛み、世界が滅ぶ未来が見えた。



 これでも駄目なのかい!

 じゃ、じゃあ更にその十分の一だ!

 私の魔力の1パーセント! これならどうだ!

  ――世界が滅んだ。




 でぇぇえい!じゃあ0.01 パーセント! これならどうだ!

  ――世界が滅んだ。



 じゃあこれなら! 

  ――世界が(以下略



 これくらいなら!



 これなら――。



 まだまだぁ!


 ――――……。



「はぁー……はぁー……うっぷ、うげぇ……」


 く、苦しい……。どんだけ込める魔力を制限しても世界が滅ぶ未来が見える。


「くっ……右目が……右目がうずく……っ」


 私は必死に自分の右目を抑えた。

 未来を視すぎたせいでズキズキとした痛む。


「あ、あのアマネ様、体調がすぐれないのであればまた後日でも――」


「黙っていて下さい! 今、集中してるんですから!」


「ひゃ、ひゃいっ」


 そうだ。私はこんなところで世界を滅ぼしている場合じゃないんだ。

 休暇……そう、久しぶりの休暇を満喫するためにこの世界の召喚に応じた。

 その世界を滅ぼす事などあってはならない。


「すぅー……はぁー……」


 私は息を深く吸い込み、かつてない程に集中する。


(極大弱化呪法発動……! 更に対竜神衰弱魔法、極大魔力減衰魔法、神術・削弱結界、魔力神経麻痺、肉体不全魔法、呪害黒術、不良呪術、不全法、消沈呪、盛衰魔法……!)


 ありとあらゆる弱化魔法、魔力制限魔法を重ね掛けるだけ重ね掛ける。

 普通の竜ならば生きているのも困難な程の弱体化。気息奄々たる状態。

 今の私は虫けら……そう、地を這う黒蟻に等しい存在となった。


「はぁぁぁぁああああああああああッ! これならどうだああああああ!」


 全ての力を弱さに変えて今、私は魔力水晶に挑む!


 私が手をかざすと水晶は――――何も反応しなかった。


 右目に反応は、ない。


 世界は――――滅びなかった。


「……………………やった」


 私は思わず拳を握りしめ涙を流す。

 勝った! 私はこの辛く厳しい試練に勝ったのだ!

 世界は滅びない。

 世界は美しい!

 休暇は私の物だ!


「やったあああああああああああああああああああああああっ!」

















 ――次の日、魔力無しと判定された私は城から追放された。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る